ここは「王の廃墟」の遺跡の深部。それも、ゲルリッヒがちょっかいを出したために崩落し、レヴィンが真っ逆さまに奈落へ落ちていった、あの因縁の場所だ。


 この場所は、あの崩落事故によって、石材や土砂が降り注ぎ、完全に埋まってしまっている。とても人が立ち入れるような場所ではなくなってしまった。


 しかしこんな危険な場所にまでやってきて、このガレキ混じりの土砂を退かそうと試みている者たちがいた。あの夜、テルマエを襲った冒険者たちだ。


 彼らは黙々と瓦礫をどこかへ運び、封鎖された通路を切り拓こうとしていた。


「ボーマンの兄貴ィ、こんなトコに本当にあるんですかぁ?」


「ガタガタいってねぇで、手ェ動かせ!おめぇの尻を叩くのも、くたびれるんだ」


「へぇ、しかしあの坊っちゃんは?」


 そういってボーマンの舎弟が首を振った方向には、ゲルリッヒがいた。

 彼は両手で地図をひろげ、カンテラの灯を頼りに、それを覗き込んでいる。


「あの坊っちゃん、ここまで案内しといて、石の一つも運びやしやせんぜ」


「手を動かすしかできんおめーとは、出来がちがうんだ。あれが旦那の仕事よ」


「見てるだけでねぇですか?」


「まったく口の減らねぇやつだ!お前が埋まっても掘り起こさんからな?」


「堪忍してくだせぇ、ボーマンの兄ぃ」


 いつものようなやり取りをする、ボーマンとその舎弟。しかしここで、舎弟とボーマンの間に割ってきた者があった。舎弟より少し年嵩としかさの手下だ。


「しかしボーマンよぉ、本当にあの小僧を信用して良いもんかね?」


「地図は正しいようだが、モグラみたいに掘り始めて、もう2刻になるぞ」


「そんなら、もっと気張って働け! このまま日がくれちまうぞ」


「へぇへぇ」


 野郎ども、口では従って作業に戻ったが、その動きときたら、チンタラとしていてひどいもんだ。俺やゲルリッヒに対する不満を、まるで隠していない。


 まったく胸が悪くなるのは、ここの淀んだ空気のせいだけじゃねぇな。


 なぜ俺らが、いつ崩壊してもおかしくない、こんな危険な場所に来ているのか?

 その動機となったのは、あのジジイ、レヴィンの駆るゴーレムだ。


 ゴーレムの力に触れた俺らは、あれが欲しくなった。


 完全武装した俺らは、勝利を確信してあの場所に入った。

 しかし最初に感じていた自信は、ゴーレムを目にした瞬間、もろくも崩れ去る。

 それで鉄の腕で引っつかまれ、野良犬か何かのように外に放り投げられた。


 相手にしていたのは、俺たちの格下も格下、正直なところ以外、特に取り柄のない男、レヴィンだというのに、俺らは良いようにされるしかなかった。


 そう、本当なら決して負けようがない相手に、俺たちは負けた。

 しかし本当の意味で負けたわけじゃない。

 同じようにゴーレムがあれば、俺たちは絶対に負けない自信がある。


 あれ以来、酒を飲んだって、味も何もしやしない。この喉元に引っかかった苦味を消すためなら、なんだってしてやる。そんな思いを抱えたままでいる。


 この先死ぬしか未来のない、そんなジジイにコケにされて黙っていられるほど、俺は出来た人間じゃない。


 俺はギルドにいたゲルリッヒの野郎に、こう訴え出たのだ。

「もしアレが、ゴーレムが他にもあるなら、それを手に入れる為に何でもする」

 そう奴に話を持ちかけると、あの野郎は、その言葉を待っていたとばかりに、俺らをここまで導いた。


 それからずっと俺たちは、この行き止まりを掘り続けているのだ。

 この先に手つかずのゴーレムがあるという、奴の話、それだけを頼りにして。


 俺たちはまるで何かに取り憑かれたかのように、体を動かし続ける。

 すると、振り下ろすツルハシにいつも返ってくる、重い感覚がスッと消えた。


 鉄のツルハシ、その尖った先が、向こう側の空間に突き抜けたのだ。


 俺は周りの連中にそれを伝えると、慌てて広げて崩れ落ちないように、周囲を補強しながら、注意深く穴を大きくしていく。


 この先にあるものを想像して、俺の心臓の鼓動が早くなる。

 まだか、まだか、そう思いつつ、湿った土にまみれた石をどけていく。


 穴を人が通れるまでに広げるまでにかかった時間は、そう長くはかかっていないはずだが、俺にはそれがとても長く感じられた。


「兄貴、ようやくですね!」


「おう! 灯をもってこい、中を見に行くぞ」


 俺はツルハシを手にしたまま、ゲルリッヒの坊主よりも先に中に入った。

 石に腰掛け、温めているヤツに、ホイホイと取り分などくれてやるものか。


 ここまで連れてきてもらった恩は感じているが、それはそれ、これはこれだ。

 穴を掘り、ゴーレムを実際に手に入れる努力をしたのは俺たちだ。


 まあ俺も鬼じゃない。もし全員分のゴーレムがあれば、一つくらいやってもいいとは思うが、良いやつは早いもの勝ちだ。


 あの甲冑を着込んだような上等なゴーレムがあれば、それは俺のものだ。

 ジジイのゴーレムに負けないようなやつを見つけてやる。


 俺らは坊主を残し、急き立てられるかのように、穴の先へと進む。


 ガレキの先にあったのは、人間の何倍もの大きさがある、クソでかい扉だ。

 石で作られたそれを3人がかりで押し開け、俺らはその中に入ったのだが……。


「兄貴、兄貴! これ、一体ここは何ですかぁ?」


「――ああ、こりゃぁ、まるで……墓場だな」


 入った先にあったのは、石の壁に囲まれた、四角い、細長い空間だった。

 部屋の中には、大量のゴーレムが左右の壁に背を向けて並んでいる。そのゴーレム達は、天井から垂れ下がる木の根によって、縛り上げられたみたいになっていた。


 並んでいるゴーレム達は、あのジジイが乗っていたものに比べると、一段も二段も落ちる代物に見えた。何となく全体的な印象が安っぽい。


 しかし問題はこれじゃない。

 部屋の中に足を踏み入れた俺と舎弟は、すぐにこの空間の異常に気がついた。

 足元に転がっている。乾いた木の棒のようなもの。

 その全てが、バラバラになって混ぜられた、人の骨だ。


 ……一体ここで何があったんだ?

 俺の腹の底に、冷たいものが上がってきた。


「奥になにかあるな。見てこい」


「えっ」


「早くしろ、オレの手にはツルハシがあるんだぞ。尻にもう一つ穴が空くぞ」


「本当にひでぇんだからもう……」


「なにか言ったか?」


「行きますよぅ、行けば良いんでしょ、もう」


「……」


「……何かあったか?」


「兄貴、墓です。墓があります。でもなんか変ですよ、根っこみたいになってる」


「木の根に巻き付かれてるってことか?」


「よくわからんです。こんなの、見たことねぇや」


 先を歩かせ、罠がないのを確認した俺は、そこまで行くことにした。

 たしかにそこには、ふたが閉じられた、棺のようなものがあった。


 ――これは何だ?


 舎弟が言ったように、確かに何とも表現しようがない。


 上等な彫刻がされた石の棺に、木の根っこみたいな、節くれだって、ウネウネしたものがまとわりついている。石なのにまるで生き物のようだ。


 棺の前でこれをどうしたのものか、迷う俺たち。

 そこに後ろから声がかかった。


「どうした? 開けないのか?」


 ゲルリッヒの坊主だ。


 野郎、ゾッとするほど冷たい瞳で、俺たちの背中を射すくめている。その手に持ったカンテラの光を受けている奴の目は、どことなく赤く見えた。


「ゴーレムには『鍵』がある。それがないと動かせないんだ。きっとその箱の中に収められているんだろう。開けてみたらどうだ?」


 理由はわからない。だが、ジジイに対する怒りが凍りつくほどに、俺はすっかり震え上がっていた。目の前のゲルリッヒと、この棺の両方に恐怖しているのだ。


 開けたくない。開けるとなにか、とても悪いことが起きるのではないか?


 そんな気がして、暑くもないのに汗がドッと出てくる、ツルハシを何度も握りかえす自分の手は、しっとりと濡れていた。


「レヴィンはそれをしたからゴーレムを手に入れられた。君には無理か? 心の強さで負けているな」


 負ける? この俺がジジイに? あり得ない!


「……うるせぇ、今やるから、黙ってみていやがれ」


「そっちを持て、押すぞ」


「兄貴、本当にやるんですか?」


「ボーマン、よしたほうが……」


「うるせぇ! せーので押すぞ!!」


 背を向けた彼らを見るゲルリッヒの顔、もし彼らがそれを見たなら、その場から逃げ出していただろう。口端を人間とは思えないほどに吊り上げたは、棺の蓋が動く様子を、蛇のような目で見つめていた。


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