逃散


「王国って?」「古代王国の?」「ウッソだろ?」

 ガラテアのハッタリを聞いた兵士たちの間に、どよめきが広がった。


 しかしそれを一声「静まれ!」と息巻いて止めるものがいた。

 ボールのような身体を弾ませ、腕を振って風を切り歩く、バッフート伯爵だ。彼はガラテアの身体の大きさにも負けない大声を張り上げて、彼女の言葉を打ち消した。


「滅び去った王国の主が※なんするものぞ! 今やこの地を差配するは、このわし、バッフート伯爵ぞ!」


なんするものぞ:漢語表現。元は「どういった人物なのか」という意味だが、現代ではそれが転じて、大したことはない、何ができるのか? の意味になった。


『笑止! 我が土地を簒奪さんだつし、枯らしておいてなにが差配か! 生え揃わぬ草を抜く貴様より、何もせぬ草木のほうが、そなたより達者であろう』


「抜かしたな!! 貴様を墓場に送り返してくれるわ!」


 伯爵はスラリと見事な細工のされた長剣を抜き放った。しかし細身の剣身は、彼の身体と対比されると、まるで団子に刺さった爪楊枝のようだ。


 ガラテアはそれに気づき、つい吹き出しそうになる。だが必死にそれを押し殺して、次の言葉を紡いだ。しかしそれでも笑いをこらえきれず、最後の方は声が上ずってしまった。そのおかげで、彼女の吐いた言葉はえらく不敵な感じになった。


『ならば来たりて取るが良い。己が手で、この首取ってみよ!ククク!』


「ええい! ものどもかかれ!!」


 伯爵は檄を飛ばす。しかし、兵士たちは動かない。


 当たり前だ。


 自分の三倍は背丈のある、山牛を抱えた来た騎士に対して、手に持った剣や槍だけで歯向かおうなんて言う、無謀な愚か者がここに居るはずがない。


 兵士らは農民が相手だから強気に出れていただけだ。明らかに自分以上の存在を目にすると、たちまちにその勇気はしおれて、枯れてしまった。


 周りの兵士より豪華な甲冑を着込んだ、護衛の※内陣騎士が伯爵に耳打ちする。


※内陣騎士:戦場で騎士たちを率いる幹部クラスの騎士を指す。内陣とは(Inner Circle)の意で、軍議に使う円卓に座れる身分であることを指す。


「閣下、ここは街に戻り、体制を立て直すのがよろしいかと」


「……ふん、鉄人形め、命を拾ったな」


 手勢の威勢が消え、明らかな不利を見て取った伯爵は、そう捨てぜりふを吐くと、自身の乗騎に小走りで駆け寄り、鞍にまたがった。


『逃げ帰り、真の王が帰ったことを、皆に知らしめるが良い』


「ぬかせ!いまに貴様の首をもぎっとって、鍋にでもしてくれるわ」


『討ち果たせるものならな!』

 

 ガラテアはその拳同士をぶつけ、村じゅうに響きわたる、大きな音を立てた。


 すると伯爵が乗った馬は、火が付いた雄ヤギのように跳ね回り、ボールのような腹をしたブッフ―ト伯爵を地面に真っ逆さまに落とした。伯爵はもがくが、馬具に彼の足が絡まったまま外れない。


 それを見たガラテアはちょっとした思いつきを実行した。その大きな指を弾いて、馬の尻を叩いたのだ!すると馬は大きくいなないて、伯爵を地面に引きずったまま、どこかへ走っていった。


 これに慌てたのは兵士と護衛たちだ。


 彼らはこれ幸いと、ゴーレムを相手すること無く、伯爵と馬を追いかけた。その兵士たちの中には、カレルを踏みつけていた兵士も混じっていた。


 胸の泥をはたき、憎々しげに連中を見送るカレルだが、そんなことよりも、彼の心の中は現れたゴーレムに対しての喜びでいっぱいだった。


 ガラテアは歩みを進め、村をとりかこんでいた辻道から、村の中へと入った。


 するとミミとカレルの両親は、まるで王に対してやるように、地に頭をつけ、彼女の前にひれ伏した。


 彼らは動くゴーレムなんて見たこと無いし、それが王を名乗る意味も分からなかった。だがとにかく、目の前の存在にひれ伏すしか無いと思ったのだ。


 生まれてこの方、彼らは自分たち以上に強い存在にあった時、ひれ伏す以外の方法を知らない。頭を下げる以外に彼らは、何をしたら良いかわからないのだ。


 しかし、目の前の銀色の巨人は何も語らない。


 「お、王様! な、なにか……!」


 「ちがうよ!レヴィンのおじちゃんだよ!」


 「ミミ! ああ! 戻りなさい!」


 ミミの母親が鉄人形に駆け寄る我が子を止めようとしたその時、ゴーレムの胴鎧が開いた。するとそこから冴えない壮年の男性、つまりレヴィンが露わになったではないか。王を名乗ったゴーレムから想像もできない貧相な人物が現れたことに人々は驚き、目を丸くした。


「あー、その、何だ……どうも、レヴィンです」


 そこからはひどく説明に苦労した。

 レヴィンはガラテアのこと、子どもたちのことを伝え、自分たちはゴーレムを使って、彼らを助けに来たことも話した。しかし――


「レヴィンとかいったか、あんたがいう事ばわかる。でもよぉ、この村は両方の国から搾り取られるトコでさぁ、あんたがなにしたってよぉ」


「だよなぁ……」


 この村のある場所は凄まじく立地が悪い。うまいこと村の生活を立て直したとしても、両国がいがみ合ってる間は、両方から焼かれ、奪われるのだ。


 しかしここでガラテアが、とんでもないことを言い出した。


『そうですね。ここにいたらまた同じことになります。ですから、逃げましょう!! 別のところに行くんです!』


「そりゃぁ、村を捨てて逃げるってことか?」


「んだ、だめだぁ。したら、生活も何もあったもんじゃないずら」


「そうだよガラテアさん、何処に行けばいいっていうんだ。これから冬だし、今から移動したも、みんな行き倒れちまう……いや、それはここにいても同じか」


 どうにも解決策が思いつかず、頭をかくレヴィン。

 そんな彼に、ガラテアは朗らかに提案した。


『ほらレヴィンさん、私達が直した水道橋と、テルマエがあるじゃないですか!』


「水道橋はともかく、テルマエはただの風呂だろう?」


『いいえ、実はアレの副産物、それのちょっとした使い方があるんです。テルマエを使っていた王国の人は、それを使って、あることをしていたんです』


「あること?」


『はい、「温室」です!』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る