与える力

「しかしまぁ、溜まりに溜まったもんだな」


『ですが、この泥のお陰で、テルマエがしっかりと保存されていました』


 冒険者たちの襲撃から一夜明け、レヴィンはガラテアに乗り、テルマエの清掃に取り掛かっていた。ガラテアが言う通り、泥の山を彼女の手でどけてみると、そこからはなんとも美しいタイルが明らかとなった。


 透明感のある釉薬が塗られ、水が張ったような、つるつるの表面を見せるタイルは、どこか涼しげで、見ているだけでも気持ちが良くなってくる。このタイルを使った壁画には、穏やかな日常の光景が描かれていた。草木の作る木陰で休む人々、麦を刈り取る人々。貴族ではない、平凡な人々が暮らしている姿が描かれている。


 このテルマエの中に、戦いを描いたような絵は無い。こんな平和で、美しいものを作れた人々が、どうしてゴーレムによって国を滅ぼされたのだろうか。

 そういえば、オレはガラテア以外のゴーレムのことを知らない。

 一体どんな連中だったんだろう?きっとそれを知っているのは、ガラテアだけだ。


「なぁ、ガラテアさん、ちょっと聞いていいか? いや、答えにくかったら、答えなくてもいいんだが……」


『なんでしょう?』


「王国を滅ぼしたゴーレムって、ガラテアさんとは違うんだよな?どういうやつらだったんだ?」


『――そうですね。怖いひとたちでした』


「怖いって、いったい何が怖いんだ?」


『……逃げた私と違って、王国に、いえ、人に対して戦いを挑んだゴーレム達の中にいた「それ」は、長らく人と共にあり、人からあることを学びました』


「それは? 一体何を学んだと言うんだ?」


『「奪う」ことです。彼らは人から、奪うことを学びました』


「ああ」と、レヴィンはため息のような声を上げた。


『彼らはオネイロイといいます。元は人の夢の中に棲む種族です。』


 ”彼ら”というまるで他人のような物言いに、少し引っかかるものを感じたレヴィンだが、それよりも話の続きを彼は聞きたがった。


「それについては前に聞いた気がするが、もっと詳しく教えてくれ」


『はい。オネイロイは人の心より生まれた妖精です。気が遠くなるほどの昔、人と一緒に生まれた、妖精の一族だったそうです。』


「人の心に住むなら、人がいなきゃ始まらないものな。それで?」


『眠りに落ちた人が、夢を見たときに、その人の心の中に現れて未来を示して導いたり、あるいは単に友として遊んだりする存在がオネイロイだったそうです』


『そして古代の魔術師は、これを人形の中に閉じ込めて、人形の心にしようとしました。仮初の肉体を与えて、使役しようとしたのです』


「なるほど、ゴーレムに人間の代わりをさせようってことだったんだな?」


『そうです。それを成したのが、その魔法の才で王国の大臣にまで上り詰めた、天才魔術師の「パラケル」という男でした』


「ひょっとして、今の時代に残っている魔道具を作ったのも、そのパラケルか?」


『はい、その通りです。彼は王国の姿を大きく変えました』


「オネイロイは最初は人の中にいた妖精、そしてゴーレムの中に入れられた……」


 レヴィンは「もしかして」と、あることを思った。夢の中の世界にしか存在できないオネイロイたちは、自由に動かせる肉体を求めていたのではないだろうか?


 彼らオネイロイが人の心の中に現れて未来を示して導いたというなら、パラケルはひょっとして、ゴーレムのアイデアを彼ら自身からもらったのではないだろうか? レヴィンはそんな可能性に思い至ったのだ。


 しかし飛び込んできた声によって、レヴィンの思考は中断された。


「レヴィン! あんたにお客だよ!」


「客、一体誰がこんなところに……リケルじゃないか?!」


 声をかけてきたのはレイラだ。そして彼女の数歩後ろには、つい先日別れたばかりのリケルの姿があった。彼女はつい先日、冒険者たちに襲われたばかりなので、そのまま小屋に帰らず、しばらくここテルマエに残ることにしたのだ。


 だからこのあたりをうろうろしているうちに、彼を拾ったのだろう。


 しかしリケルはなんだか浮かない様子だ。彼のリンゴのような頬はその色を失っている。子どもたちをパーティから抜けさせると言っていたが、それがうまくいかなかったのだろうか?


 それならばと、レヴィンはできるだけ明るい声色で、彼に話しかけるようにした。

 辛気臭い気分を、すこしでも消し飛ばしたほうが良いと思ったからだ。


「よぉリケル、こっちは何とかやってるが、そちらはどうなってる?」


 彼が言いづらそうにしているので、レヴィンはリケルが話を切り出しやすいように、彼の話に※水を向けることにした。


※水を向ける:相手の関心が自分の思う方向に向くよう誘いかけること。この場合、リケルが話したいことを、レヴィンに話すように仕向けること。


「あ……レヴィンさん、実は、子どもたちをゲルリッヒのパーティから抜けさせたのは良いんですが……」


「なんだ、うまくできたんじゃないか。ゲルリッヒのやつが、お前に嫌がらせでもしてきたか?」


「いえ、そうじゃないんです。彼はもう、僕らに興味を失ったみたいで……ところが、子どもたちの家族が、今さら帰ってきてもらっても困ると」


「いま子どもたちは、とりあえず村に置かれていますが、村の大人達は、彼らを別のところに働きに出すといった話をしているんです」


『まぁひどい! 自分たちの子供でしょう!』


「口減らしか」


「――はい」


『どういうことです?』


「ここいらは最近、ちと問題アリでな? 隣国との境界線を巡って、この国はバチバチやりあっている最中でな。兵糧だなんだっていって、境界線に近い村々は、麦や家畜を両方からブン取られているんだ」


「そんなもんだから、初子を餓え死にさせないのがやっとっていう有様なんだ。すこしでも働きに出られるような子供なら、街に出して勝手にそこで食ってくれと、まあそういうことなんだろう」


『ひどい……獣のほうが、もう少し愛情があります』


「同感だ。下手をしたら、子どもたちは兵隊にされるかもしれんな」


『そんな……』


 どうやらリケルは、彼とガラテアの助けを求めてきたらしい。彼にとって、子どもたちが村の家族に追い返されるなんてのは、予想外だったのだろう。


 きっと兵隊に牛や馬を持っていかれた家族としては、冒険者は口減らしの口実に丁度良かったのかもしれない。子どもたちを家に返しても、今更帰ってきてもらわれても困るというのはわかるが……正直、ひどいな。


『レヴィン、何とかできないのでしょうか?』


「要は食えれば良いんだろ? 新しい畑を起こしてやったり、山牛をわんさか取ってきてやれば、子どもたちの手が必要になる。そうすりゃ追い出されたりはしない。子供達のためにも、オレは助けに行きたいよ」


『なら――』


「しかしガラテアさんの姿がな……?」


『……たしかに、兵隊に家畜を取られた村の人たちからしたら、私の鎧を着たような姿は、恐怖の象徴かもしれませんね』


「まあ、そうなんだよなぁ」


 話の雲行きが怪しくなってきたのを感じたリケルが、その表情を曇らせる。

 オレはそれを見るととても心が苦しくなるが、オレにも心配なことがあるのだ。


 ゴーレムの姿を村の人たちに見られて、本当に大丈夫だろうか?という点だ。

 荒事に慣れた冒険者も肝をつぶすくらいなのだ。


 きっと大騒ぎになる。だが、これを放って置いたらどうなる?

 何とかできるのはオレたちだけだ。だからリケルは無理を承知でオレのところまで来たのだ。それを裏切って良いのか?


『レヴィン?』


 ええい!この際だ!なったらなったで、その時なんとかする!


 畑のウネを起こしたり、狩りの獲物を取ってくるゴーレムに向かって、スキやカマを向けたりはしないだろう、いや、そうしないと信じるほか無い。


 これを放って置いたら、子どもたちはもっとひどい目に合うだろう。

 オレはリケルの求めに応じて、村を助けに行くことに決めた。


「決めたぞガラテア、村に行こう。」


『はい!』

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