黄金の玉座


 冒険者たちがテルマエを追い出されていた頃、一方のゲルリッヒは、古代王国の装束に身を包んで、黄金の玉座に座っていた。


 彼は玉座から立ち上がると、その室内を見る。

 部屋には朱に塗られた丸い柱が立ち並んでおり、その柱の間には、天井よりカーテンが垂れ下がっていた。地面にまで届く長大な布は、外から吹き込んでくる風によって、まるで波間のように揺れていた。


 ゲルリッヒはその波浪の間を音もなく歩き、真っ直ぐ前へと進んだ。

 彼が行くその先にあったのは、日光の入り込むテラスだ。


 テラスに出ると、彼はその手すりに手をかけて、外を眺める。


 まず目に入るのは、王城を取り囲む高い城壁だ。城壁は地面のほうが大きく、上へ行くに従ってその厚みは薄くなっている。城壁の整った表面は、まるで一枚の板から成っているような、整った色艶いろつやを返していた。城壁は淡黄色のレンガで作られていて、日光を受けて輝くさまは、まるで本物の黄金に見えた。

 

 ゲルリッヒは城壁をみる視点をその内側へと移した。

 城壁が取り囲んでいるのは、街だ。王都の姿がそこにあった。白から淡黄色、この街のほとんどは、この二色の間で塗り潰されている。

 

 この王都を一言で言えば、黄金郷だ。その全てが白と金の間だ。


 壁の外に広がる緑の森、黒々とした大地も、その奥の青い山々も、黄金色の建物が点々と存在し、壁の近くから、次第に金色に塗りつぶされている。

 まるでこの王国が、金一色で大地を飲み込もうとしているようだ。


 まさにこの王都そのものが、この国の弥栄いやさかたる繁栄を現している。


 そしてこれを成したのが、今まさに自分の足元を進んでいる存在だ。

 彼は眼下を行進していく、ゴーレムの姿を、目を細め、不満げに眺めていた。


「で、これはいつ手に入るんだ?」


 苛立ちの混じった声で、彼は誰に言うともなく、虚空に言葉を放った。

 するとそれを聞き取ったのか、ゲルリッヒの影から、ぬっと何かが這い出てきて、その傍らに立った。


 細いシルエットの人のようだが人ではない、不定形の存在だ。

 その存在は「確かこうだったかな?」と、何かを思い出したかのように傾げた体躯を振ると、次の瞬間、やせぎすの老人の姿に変わっていた。


 敵意すら感じる視線をそれに向けるゲルリッヒ。

 しかし現れた老人は、どこ吹く風といった感じで、その視線を受け流した。


「君はすぐそうやって不機嫌になるね」


「焦らすな、要点を言え」


「子どもたちを使うのは良いアイデアだった。しかし、現実的ではなかったね。次はうまくいくだろうさ。世間知らずの子供なら、冒険者の夢を見させて連れて行くことができる。だが、冒険者達となると、口先だけでは動かない。目に見える利益がないと。」


「だから実際に見せてみろというわけだな?――ゴーレムを。」


「そうとも。実際のところ、彼らには相当に効くだろう。ゴーレムの力を目の当たりにして、それを求めないものなど、いるはずがない。」


「ふん。それで次は冒険者たちを、お前たちの身体にするというわけだな? 家にあったガラクタから出てきたお前が、僕にしたように――」


「そうとも、君と私は特別な関係だが、彼らは別に喰ってもかまわないだろう?」


「――ふん、どうだか」


「私達オネイロイは、人の夢の中にしか存在できない。そのため人の心に住処を作る。だから君を食い尽くしたりはしないよ。君の欲望は実に良い。純粋で、強い。この街は君が作り出したものだ。その取っ掛かりは私の記憶なのは確かだが、それをここまで拡げたのは……間違いなく君の夢の力だ」


 黄金の太陽を背にした老人は、くつくつと笑い出す。


「言ってしまえば私は寄生虫だ。だからこんな素晴らしい宿主を食い殺したりはしない。そうとも、君の夢は有象無象の粗末な野望とは格が違う」


「――まさに王の資質だ」


「なら、その王のために、やれることをしたらどうなんだ?」


「君には見え透いた世辞は効かないね……まったく手厳しい。でも君の言うことも確かだ。なので、こういうのはどうだろう?」


 老人は「ゲルリッヒ」と彼の名前を耳打ちすると、愛しい人に秘密をささやくようにして続けた。


「新しい王が生まれる時、玉座に腰掛ける者が移り変わるというのは、何をきっかけにして起こると思う?」


「王が死に、王子が次に玉座に付くのではないか?」


嗚呼ああゲルリッヒ、それでは駄目だ、駄目なんだ。君の入る余地がないだろう? ――争いだよ。まずは争いさ。新しい王のためには、それに相応しい戦いが必要だ」


 老人は彼の懐に手を入れるフリをすると、スッとそこから手を抜き出し、その手に赤いイチジクの果実を持って、彼の目の高さまで持ってくる。


「ゲルリッヒ、一つの果実を盗めば泥棒かもしれない。でもその果実のなる木々、林、丘、そのすべてを奪ってしまえば、それは支配者だ」


 老人は彼の手にイチジクの実を渡すと、そう蛇のようにささやいた。


「君たちの住む国は、隣国と問題を抱えていなかったかな?」


「ああ、この街を支配する領主は、隣の街と、境界線の問題で揉めている。連中と来たら、勝手に麦を刈ったり、嫌がらせは尽きないらしいが……」


「その領主様が、君が遺跡から発掘したゴーレムを見たら、どう思うだろう?」


「そんなもの!……サラゴサ家はしょせん子爵家だ。街を持っている領主は伯爵家、僕みたいな者は、彼に良いように使われるだけだ」


「ゲルリッヒ、戦場では何が起こるかわからない。不幸が起きる。血みどろの、取り返しのつかない、不幸がね?」


「――なるほど」


「私たちは地上を自由に歩き、世界を見てみたかっただけなんだよ、ゲルリッヒ。でもそんな私達を、王国はゴーレムのはがねの身体を檻として、私たちの魂を縛ったんだ。そして今も囚われたままだ」


「君と私たちは似た者同士だ。為政者共に良いように使われる他ない。そんな君なら、私達の気持ちがわかるだろう?」


「まあな。しかし、お前たちが本当に僕の言いなりになるのか?」


「それはもう『信じて』としかいえないね。それでも君なら、私達オネイロイを自由にしてくれると、きっと信じているよ」


 ぬらりと影が彼の体を抱き、そして出てきたときと同じように消える。

 ゲルリッヒは手にしたイチジクをかじり、そして何を想ったのか。


 自分が立ち上がったその玉座の方を、彼はいつまでも眺めていた。


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