深夜の来客
彼はガラテアに乗ったまま眠りこけていた。
どうやったのかまでは解らないが、彼女はレヴィンの足を締め上げて、その痛みで無理やりに彼を夢から引き戻したようだった。
――彼女は少しくらい、容赦というものを知らないのか?
痛みに顔をしかめながら前を向き、テルマエに土足で入り込んできた連中を見る。なるほど、彼女が自分を拷問してまで目を覚まさせたのも、道理だと思った。
雑多な武器と松明を手にした物々しい一団は、テルマエの入り口から中にまで入って来ていた。彼らの持つ松明の灯が揺れるたびに、丸い柱の影がせわしく動き回る。
テルマエの中は広いので、10人を超える無法者が入ってきても、それほど窮屈な感じはしない。むしろ彼らの姿は、テルマエの広さを、いっそう際立たせていた。
レイラを後ろ手に縛って盾のようにして突き出している連中は、どうみてもカタギのようには見えない。前に進み出ている連中は、手に丸や四角の形をした盾を持って並んでいて、その背後には、斧槍を持った連中が控えている。
ちょっとした傭兵団みたいだ。
しかし連中は、甲冑というほどの防具を身に着けているわけではない。
革のコートや※ギャンベゾンを着込み、布を覆面のように巻き付けている。
※ギャンベゾン:布鎧。キルティング(布地に綿などの詰物をして、布を被せるようにして縫製すること)がなされた上着のこと。この上に鎖鎧などを着る。
顔を隠すということは、おそらくこういった強盗を専門とする傭兵じゃないな。
連中は顔を隠すなんて繊細なことはしない。関係のない目撃者も必ず殺すからだ。
きっと冒険者だ。誰かに雇われたにちがいない……ゲルリッヒか?
「まだ営業を始めてないのに、ずいぶんと賑やかな客が来たもんだ」
「ジジィてめー、この状況がわかってんのか?!」
一人の無法者が、勇んで歩み出て、縛ったレイラの腕を締め上げた。
するとレイラは、その痛みで苦しげな声をあげる。
「まずはそのゴーレムから降りろ、そうしたらこの女は離してやる」
(なんでレイラが連中に捕まっているんだ?)
一体なぜレイラが?と思って、オレは「あっ」と気がついた。
きっとこいつらは、ゴーレムの足跡を追ってきたのだ!
体のすべてが金属製で、重量のあるゴーレムだ。その足跡は、石畳でもなんでも無い未舗装の土の上なら、バッチリと残る。
その足跡がレイラの小屋まで続いていたら、彼女とオレが親しい仲にあるなんて、どんなアホだって想像がつくじゃないか。
クソッ!彼女が巻き込まれたのは、オレのせいじゃないか。
自分の迂闊さに歯噛みする。
彼女を面倒事に巻き込みたくはなかったが、また巻き込んでしまった。そして今度は顔の傷だけではすまないかもしれない。彼女の命が危ない。
「なんとか言ったらどうなんだジジイ!」
ジジイ、ジジイとやかましい男だ。
オレはまだジジイと呼ばれるには早いと思うぞ。
気持ちはまだオッサンだ。
「待ってくれ、降りる。降りるがこれには時間がかかるんだ」
「そんならジジイ、オレが手伝ってやろうか?」
「そうだこうしよう、お前が遅れるたびに、女の耳や鼻が落ちる。これでどうだ」
レイラの後ろ手を掴んだ男は、腰に差していた大ぶりのナイフを抜くと、こちらに見せつけるようにして、彼女の耳にあてがった。
(クソッ! 外道め!)
レヴィンは見ることしかできなかった。
彼女の心境はどうなっているのか、それを考えると辛かった。
しかしそこまでされても、レイラは目を伏せ、恐怖で叫んだりはしなかった。
それは何故か?
彼女には、過去にレヴィンがしてくれたこと、それでもう十分であったからだ。
レヴィンという男は、今自分を縛っているような悪辣な冒険者に絡まれていた時、自らの危険を顧みず、必死で守ろうとしてくれた。しかしそれはうまくいかず、レイラの顔に消えない傷を残した。それが彼の罪の意識となって、自分に縛り付ける事になったのだ。
そんな彼だからこそ、気まぐれで手に入った、このゴーレムという強大な力を失ってほしくないとレイラは思ったのだ。
連中の手に渡るよりは、このゴーレムは彼の手にあった方がいい。
レイラはそう考えた。
だから彼に助けを求めることなく、沈黙を保っていたのだ。
しかし、彼女のそんな姿を見せつけられると、レヴィンの心が先に限界を迎えた。
「分かった、今すぐ降りる」
「ダメだよアンタ!殺されちまうよ!」
これまで沈黙を保っていたレイラは、その時初めて声を出した。
「最初からそうすりゃいいんだ、クソジジイッ!」
(レヴィン、危険です!)
(……ガラテア、聞くんだ。連中はお前がひとりでに動けることを、まだ知らない。連中の不意を打ってやるんだ)
(ですが――いえ、分かりました。でも危ないと思ったら、勝手に動きますよ!)
(ああ、それで良い)
中途半端に開いていたガラテアの胴体のパーツ、それがカタカタと動いて、前が完全に開いた。オレは足の痛みにうめきつつも、卵の殻のような胴体の縁にしがみつくと、そのまま踏ん張って、テルマエの硬い石床の上に身体を降ろした。
まったく、身体が自由にならないというのは辛いものだな。
オレは立つのも辛いので、そのまま座り込んだ。
「よし、弓手、前に出ろ、やっちまえ」
「――だと思ったよ」
連中の中からクロスボウを持ったやつが進み出て、オレに向かって弩の台座を構えた。台座の上には、甲冑の鉄板すら貫く、頑丈な太矢が載せられている。
普段のオレならともかく、身動きできない今、クロスボウから放たれる矢を避けることなど、できようはずもない。
「死ぬ前に教えてくれ。これを依頼したのは、ゲルリッヒか? お前ら、冒険者ギルドの連中なのか?」
「これから死人になるお前に、そんなのが必要か?」
「おい兄弟、化けて出る相手をお前にしたって良いんだぜ?」
「ハッ、ジジイのクセに、口の減らねぇやつだな」
「おい」
「別にいいだろ。どうせ死ぬんだし」
レイラを捕まえていた無法者は、鼻をすすって笑うと、こう続けた。
「おうよ、サラゴサ家は俺たちのお得意様よ。お前を始末したら、ションベンをかけたお前の死体の前で、この女と楽しんでやる。じゃーなジジイ」
髪の毛一本に至るまで、ぬかりのないゲス野郎だな。
コイツがオレと同業の冒険者かと思うと、正直吐き気がする。
「ああ、おさらばだな。お前とは来世でも会いたくない」
クロスボウの下から伸びる台座のレバーが押され、太矢が放たれる。
その矢じりは松明の光を受けて、橙色にきらめいたかと思うと、ひょうと風を切って、テルマエの闇の中を抜け、真っ直ぐこちらへと進んできた。
しかし太矢はオレの胸に突き立つことはなかった。
差し出された金属の板にぶち当たり、その軸から粉々に砕かれた。
背後にいたガラテアが手甲を差し出し、飛来してきた太矢からオレを守ったのだ。
そこでオレは、彼女に起きている異変に気がついた。彼女の兜の奥からみえる光、それが出会ったときの優しげな青色ではなく、真紅になっていたのだ。
「ゴーレムが動いた!」
「ウソだろ! 中に人が乗ってなくても動くのかよ!」
『あなた達がいると不愉快です、出て行きなさい!』
「待てガラテア、手加減を忘れるな。泥に加えて、血肉の掃除まではしたくない」
『――はい。』
ずんずんと前へ進む彼女に、10名以上もいるというのに、連中は動揺しはじめた。しかしそれを押し留めようとするものがいる、レイラを捕まえている男だ。
「まて! コイツがどうなっても良いのか?!」
レイラの首筋にナイフの刃を押し当て、脅す無法者。
ガラテアはそれを赤い光で照らすように見て、こう冷たく言い放った。
『彼女を傷つけた場合、あなたの排除手段はそれと同等になります。その意味を詳しく説明しましょうか?』
レヴィンであればその脅しは聞いたかもしれないが、ガラテアには通用しない。
圧倒的な武を背景にした彼女の言葉にすべてを諦めたのか、「カラン」と音をさせて、無法者は手に持っていたナイフを、石床の上に落とした。
ガラテアは猫をつまむようにして男を持ち上げると、そのまま振りかぶり、床と平行になるように、横手投げの要領で、テルマエの外までぶん投げた!
「オイ! オイ! ジジィ! なんとか、わぁあぁぁぁ――?!」
「逃げろぉーうひぃ!!」
逃げ出す連中の背中を持ち上げ、放り上げる銀色をした巨人の騎士。
完全に弱い者いじめか何かだが、その光景を見たオレは、あまりの不条理さに笑いがこみ上げてきそうだった。
『さぁさぁ! どんどんいきますよ!それそれ!』
ガラテアは腰を抜かしたもの、逃げる者の区別なく、つまんでは投げ、つまんでは外にぶん投げるということを繰り返した。
「なんか活き活きとしてるなぁ……」
『もう二度と来ないでください!』
外にぶん投げられて体を強く打った冒険者たちは、ほうほうの体で逃げ帰った。
テルマエに残されたのは、連中の持っていた武器のいくつかと盾、そして縛られていたレイラだった。レヴィンは足を引きずって彼女のところまで行くと、そのロープをほどいた。
彼女はよほど長いこと縛られていたのか、手首はすっかり赤くなってしまっている。その痛々しい姿を見ると、レヴィンは息が詰まりそうだった。
「すまん、オレのせいで巻き込んでしまって」
「何をいまさらだい。アタシがあんたのうっかりに巻き込まれるのは、コレが初めじゃないしさ……せっかく拾ったもんだ、アタシなんか無視してよかったのにさ」
「レイラ、オレは他人のものを奪ってまで、幸せに生きたいとは思わない。けど、奪われても良いなんてことは、これっぽっちも思っちゃいない」
「そうかい……」
「あぁ」
『やっぱりお二人はその……恋人同士だったんですね?』
その言葉のなにがレイラの勘気に触ったのか、彼女はさっきまでしおらしかったのがウソのように、ガラテアに拾い上げた円盾を投げつけた。
「鉄人形が、色気づくんじゃないよっ!」
『ひぇー!?』
「ええい! やめんか二人とも!」
そんな騒ぎの起きているテルマエの外では、放り投げられた冒険者たちが、それぞれ地面に打ち付けられた場所を、痛い痛いとさすって労りながら、どうしたものかと話し合っていた。
「クソッ! あんなのだったなんて、ゲルリッヒから聞いてねぇぞ!」
「あぁ、すげぇなゴーレムって」
「アレが俺たちにもありゃぁ……」
「バカ言ってんじゃねぇ、あんなのがゴロゴロあってたまるかよ」
「けどボーマンよう、ゲルリッヒなら何かしってんじゃねぇか?」
ボーマンと呼ばれた男は、レイラにナイフを突きつけていた男だ。
彼は手下の一人のその言葉を耳にすると、少し考え込む様子を見せた。
「かもしれねぇ、あの貴族の小僧を問い詰めてみるとしよう」
「さすがはボーマンだ、おまえさんの知恵なら間違ぇねぇ。今回は失敗したけどよ」
「うるせぇ」といって手下の尻を蹴り上げると、彼らは闇の中に消えていった。
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