策謀

 一方その頃、ゲルリッヒは冒険者ギルドを訪れていた。

 ここはギルドの奥にある一室、ギルドマスターの部屋だ。


 遺跡での一件の怒りがまだ冷めていないのか、彼の発する言葉は荒々しい。

 不機嫌さを隠そうとしないゲルリッヒに対して、相対する中年の男が言う。


「ジジイにイラついたってしょうがないだろう。首尾が良くないなんてのは、この業界でよくあることだ。そうカリカリするなぁ」


 間延びした声をかけたのは、冒険者ギルドのマスターの、「マチウス」という。

 彼がギルドを率いるようになってから、ギルドの評判はあまりよくない。


 なぜかというと、彼がマスターになってからというもの、冒険者が発掘した魔道具がギルドに取り上げられたり、魔道具の売上の支払いが遅れるということが多発しているからだ。


 そして冒険者のトラブルを解決する裁判も、とにかく評判が悪い。

 主張の正当性よりも、彼にどれだけワイロを渡したか?それが裁判の結果を左右すると、冒険者たちには言われている。


 しかしその程度の不正は、彼の本性に比べたら、まだかわいいものだ。


「マチウス、依頼を出したい」


「そいつは冒険者ギルドとして受けていいやつかぁ? それとも――」


「サラゴサ家のゲルリッヒではなく僕個人としてだ」


「なるほど、じゃあ『友人』として話を聞こうじゃないかぇ」


 マチウスがマスターになってから、冒険者ギルドはサラゴサ家を始めとした、一癖も二癖もある連中から、「裏の依頼」も引き受けるようになったのだ。


 裏の依頼とはなにか? それは文字のとおり、表立って依頼として取り扱うことができないような、魔道具に関係する汚い仕事だ。


 そもそも遺跡から発掘される魔道具は、今より減りはするが、勝手に増えたりしない。王国は滅んで久しい。魔道具は今ある以上に増えないのだ。


 そうなってくると、冒険者ギルドとしても、遺跡の探索はどんどん割に合わなくなる。適当に送り込んで、宝物を持ち帰った時代はとうの昔に過ぎたのだ。


 冒険者に必要とされる質や、遺跡の難易度はどんどん上がっているが、反対に得られるモノはどんどん少なくなってくる。


 ようは冒険者ギルドにはもう未来がない。先がないのだ。


 ……しかし視点を少し変えてみればどうだろう?


 考えてみれば、魔道具は案外、身近なところにあるではないか。

 そう、ギルドから魔道具を買った人間の手元にある。


 冒険者ギルドには、魔道具を買った人間の情報とリストがある。

 そしてギルドには、魔道具を求める人間が来る。


 この二つがあれば、マチウスが邪悪なビジネスをひらめき、それに手を染めるのに、時間はかからなかった。彼の子飼いの者たちが、魔道具に関係する違法取引や、強奪に手を染めることになったのだ。


 彼は「裏の依頼」を受けて、収集家から魔道具を奪うなど、汚い仕事をするようになる。そしてこれの後ろ盾になっているのが、サラゴサ家を始めとする貴族たちだった。つまりゲルリッヒも「こちら側」である。


 権力者たちにとって、魔道具は喉から手が出るほど欲しいものだ。すこし「誠意」を見せさえすれば、貴族はマチウスのすることに見て見ぬふりをするようになった。


 これは彼がマスターになってから生まれた、冒険者ギルドの闇の部分だ。


 冒険者ギルドでは古株にあたるレヴィンは、これについては一切知らない。


 そもそも、素行の良いレヴィンを使うなら、誰もがやらないような依頼を押し付けた方がいい。だから彼にこういった依頼の話がいくことは、一切なかった。


「マチウス、僕はレヴィンとかいう、あのジジイをぶっ殺したいんだ」


 そういう彼の目は、レヴィンに対する憎しみに燃えていた。

 もはや彼は、なりふりかまっていない様子だった。


 冒険者としての野望を語るときのゲルリッヒとは、また違う瞳の輝きだった。

 ギラギラとしている瞳だが、その奥にとてつもない暗さを秘めている。


「おいおい、待ちなよゲルリッヒィ、うちはアサシンギルドじゃない。殺しってのはやらないんだよぉ?」

「どういったスジを通してくれるんだい?」


 マチウスは意外にも最初は断った。しかしこれは彼が道徳的な理由から、殺しをやめろといっているわけではない。それをするメリットは何か? といっているのだ。


 その仕事に何かしら旨みはないのか?

 奪えるものはないか?そういうことを聞いているのだ。


 例えば、彼の持ち物などに――


「あのジジイは、稼働するゴーレムを遺跡から持ち出した。そして今はそれを持ち歩いている、いや、勝手に歩くからそうじゃないな……一緒にいる」


「動くゴーレムなんて初耳だ。冗談じゃないんだねぇ?」


「僕のこの目で見た。そして触りもしたさ。行きているかのように動いていた」


「おいおい、それは本当か? それなら話は変わってくるなぁ? ……しかしゴーレムとなると、チト高く付くぞ?」


「マチウス、稼働するゴーレムに、どれだけの値段がつくと思う?話を持っていこうとしている相手は、お前だけじゃないぞ?」


「わしを値踏みしようっていうのかい、ゲルリッヒィ?」


「やるのかやらないのか――どうなんだ?」


「ふむぅ、長物もちを2人、盾持ちを4人でどうだ?」


 盾持ちは文字通り、盾を持った前衛の戦士を指す。

 一方の長物持ちとは、ハルバードやブージといった、軍用の長柄武器を獲物に持った冒険者のことだ。彼はレヴィンたちに、完全に武装した集団を送りつけようとしていた。


「話にならないな。その数の倍を出した方がいい。ゲルリッヒのジジイが連れているゴーレムは、遺跡に現れたマウンテンブルを始末したんだ。つまりそれ以上の力があるはずだ」


「なるほどねぇ、3倍だ。長持ち6人、盾持ちを12人、それと、矢を使えるやつも2人だそう」


「決まりだな」


「それで、いつ動く? 連中を集めるにしても、夜になるぞ」


「いや、夜までに集まるなら問題ない。仕掛けるのは、今夜だ――」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る