力試し
「変な事を言うようだけど、アンタにあの子が渡ってよかったよ」
「あの子って、ああゴーレムか……そうか?」
「もちろんさ。アンタならゴーレムなんてものを手に入れても、悪さに使ったりしない。――そう信じられるからね」
「オレって、小心者だからね」
「ぜひそのままでいてもらいたいね。世の中には、借り物の力で威張り散らすやつが多いんだ。アンタにはそうなってもらいたくないから」
レヴィンは恥ずかしさを紛らわすためか、山牛の肉を持って台所に向かった。
肉を置くためという理由づけで、彼女から顔をそらしたのだ。
「やれやれだね。で、俺たちが住める場所に心当たりはあるか?」
「そうだね、力試しする気はあるかい?」
「力試し?」
「そうさ、アンタの連れ合いでも体を伸ばせそうな、デカい建物があるにはあるんだけど……思いつかないかい? 川近くのアレさ」
「――あっ、あれか!」
レヴィンにはその建物に心当たりがあった。
街から外れた場所には、王国の旧い廃墟がいくつかある。
そのうちのひとつが、「テルマエ」と呼ばれる、古代の大衆浴場だ。
しかし川に近いことが災いして、建物が土砂に埋まってしまっているのだ。
「どうやら思い出したみたいだね。あのゴーレムを使えば、建物の入り口は掘り起こせるんじゃないかい?」
「たしかにあそこなら、俺たちが住み着いたとしても、家賃の請求に来る奴はいなさそうだな……よし、やってみるか」
「風呂に入れるようになったら呼んでおくれよ。背中の一つくらいは流してやるよ」
「はは、そいつは良い。冒険者の代わりに、風呂屋にでもなるか?」
「最初の客はアタシだからね」
「おう、楽しみに待ってな」
レヴィンは杖をとってレイラの小屋を出ると、表で行儀よく膝を抱えるようにして座って待っていたゴーレムに話しかけた。
「よっお待たせ。お前さんが入っても大丈夫そうな場所が見つかったぞ」
『本当ですか?』
「ああ、ゴーレム、いや、うーん?」
『どうしました?』
「なんだその、お前さんをどうやって呼ぼうかなと、ふと思ってだな……いつまでもゴーレムだと不便じゃないか?」
『あぁたしかに……それなら、私の事は「ガラテア」と呼んでください』
「ガラテアか、うん。よろしくな、ガラテア」
『はい、あなたの名前は、レヴィンでいいんですよね?』
「ああ」
『ではよろしく、レヴィン』
俺の名を呼んだガラテアは、カタカタと音を立てて胴鎧を開いた。
彼女の手の助けを借りて、俺はその中に滑り込む。そして使い物にならない自分の足の代わりに、彼女の鋼の足で立ち上がると、目的の場所へと向かうことにした。
「王国の遺跡が川の近くにあるんだ。テルマエって、ガラテアにわかるか?」
『はい、この周囲の様子はすっかり変わっていますが、川の形はほとんど変わっていませんから、そこならわかりますよ』
「そうか、お前さんにしたら数百年ぶりの外の世界だったな」
『えぇ、久しぶりの世界は、木も土も、水も変わりましたね。私の知る木々はもっと高かったですし、土は黒く、水は青かったです』
「そうなのか?」
『はい。土地がとても痩せていますね。衰弱しています』
俺は目の前に広がる風景を見る。
木々は若く、低い。街に近い森の木は、手当たり次第に
そして土は乾いて黄色くなっていて、川の水は灰色に近い緑色をしている。
これが当たり前の光景だった。
ガラテアの知っているこの土地は、一体どのような場所だったのだろう?
彼らから受け継いだ土地を、自分たちの祖先はだいぶ粗末に扱ってきたようだ。
「ゴーレムを使わなくなって久しいからか?」
『かもしれません。すみません、あなた達を責めても仕方がありませんね』
「俺にはよくわからんが、お前が言うなら、その通りなんだろう。少しづつ変えていこう。奪うんじゃなくて、与えてやるんだ」
『……はい!』
薄汚れたオレンジ色の屋根を持つテルマエまで、俺たちは辿り着いた。
その入り口はすっかり埋まってカチコチになってしまっている。
これを人の手で掘り起こすのは大変そうだな。
「完全に埋まっているな。掘り起こすのに、うまい方法はあるかな?」
『手でやればいつかは終わるでしょうが……』
うぅむと悩むが、俺はこういった土木工事に詳しいわけでは無い。
考えるフリ以上の事はできず、なかなか良い知恵は出ない。
「当時にあったもので、使えそうなものとかあるかな?」
『――それです!テルマエがあるなら、近くに水を引き込むための、水道があるはずです!それを探しましょう』
「水道? それを使ってどうするんだ?テルマエがここまで埋まっているなら、水道に水なんて流れないんじゃないか?」
『いいえ、そうとは限りません。とにかく行ってみましょう。場所はお教えします』
俺は半信半疑になりながら、ガラテアの言う水道とやらを探しに行く。
結果から言うと、その水道とやらは案外近い場所にあった。
テルマエに水を供給していたという水道は、テルマエの近くにある丘の上、いくつものアーチが連なった水道橋にあったようだ。
しかしこの橋は何処の水源にもつながっていない。水道橋だけがぽつんと陸の上に取り残された様になっているのだ。
ガラテアは一体これで、どうしろと言うんだ?
「おいガラテア、何も水源なんかないぞ?」
『ええ、それもそのはずです。水源はこの橋そのものなのですから』
水源がこの橋? 無から有を生み出すなんて、そんなことができる代物は――
「なるほど、魔道具か?」
『そうです。きっと破壊を恐れて、誰かが稼働を止めたのでしょう。一見壊れたように見せかければ、それ以上壊そうとする者はいないでしょうから』
「破壊? だれが水道を壊すというんだ? 自分たちの喉を乾かせるだけじゃないか」
『……人ならばあり得ません。それをしたのは、水を必要としない存在です。つまり、ゴーレムです』
「おい待てよ、それはつまり……」
『はい。王国は、自分たちの使役していた、ゴーレムによって破壊されたのです』
「そりゃ一体もゴーレムが残ってないし、使い方も伝えないわけだよ!」
とても有用そうなゴーレムの技術が、今の時代に伝わらなかった原因は非常に妥当な理由だった。そりゃ消えるわ、必死になって消すわとレヴィンは思った。
『……レヴィンは怖がらないんですか?――私も、ゴーレムなんですよ?』
「あー、ガラテアがオレを信用したように、オレもお前を信用しているからな」
「そもそも、そいつらとガラテアが同じだったら、そんな都合が悪いこと、わざわざ言うか?俺だったら黙ってるな」
『――ありがとうございます』
「王国の歴史についてはひとまず置いておいて、さしあたり、この水道橋を叩き起こさないといけないわけだな?」
『ええ、ここはひとつ、力試しと行きましょう』
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