レイラの小屋


 俺はリケルや少年少女たちに、大量の山牛の肉を持たせて別れた。


 魔道具は見つからなかったが、この肉だって大した収穫といっていいだろう。

 換金に時間のかかる魔道具なんかより、むしろこっちのほうが、彼らの家族に喜ばれるかもしれない。


 それはそうと、リケルはゲルリッヒのパーティを抜ける意志を固めたようだった。

 まあ、あんなことがあったなら当然だろう。


 しばらくは、少年少女にも声をかけて回るそうだ。


 問題はオレたちだ。オレというのは何か?

 もちろんゴーレムも含んでのことだ。


 問題と言うのは、この超絶デッカイ彼女が中心になって巻き起こっている。

 そう、つまり――


「お前をどこにしまうかだよなー? しばらくは人目を避けないとな」


 俺は山牛の肉を乗り込んだゴーレムに担がせ、人気のない街の外れを歩いている。


 なにせ実物のゴーレムを見た人間なんかこの世にいない。


 何も事情を知らなかったら、ゴーレムは鉄のバケモノにしか見えない。

 だから、街に入っていいかどうかすらもわからないのだ。


『あなたの家ではいけないのですか?』


「オレ、家ねぇんだわ。その日その日の宿暮らしでな」


『レヴィンは浮浪者でしたか』


「わりとズケズケものを言うね、お前?」


『ゴーレムですので』


「まあこういう時は、知り合いの多い奴、顔の広い奴に聞くのがはやいな」


 俺は甲冑の内側から外を見る。

 俺の体はこいつの鉄の体で覆われているはずなのに、不思議と目の前が見える。


 それも自分がいる高さとは違う、より高い位置の視点で見える。

 つまりは、このゴーレムの視界が、俺の頭の中に直接入って来ているのだ。


 最初はこの感覚に慣れなかった。目をそらしても他人の目でモノを見ている感覚というのだろうか?それがひどく気持ち悪かった。


 しかし慣れてしまえばどうってことはない。

 遠くを見つめることができるので、むしろ便利に感じ始めていた。


 俺の視線の先には、夕闇の中にポツンと佇む小さな小屋が見える。俺はその小屋に向かって鉄の足を前に踏み出した。


 あの小屋に住んでいるのは、レイラという女性だ。

 その昔、ある「トラブル」があってから、懇意こんいにしている。 

 俺が街の外で会える人間と言えば、彼女しか思い浮かばなかったのだ。


 できるだけゴーレムの足音を忍ばせて、その小屋の近くまで寄ると、俺は杖を片手に、銀の騎士の腹から地面に降り立った。


「ちょっと説明してくる。その辺のものを拾って食わないようにな?」


『犬か何かみたいに言わないでください』


「悪い悪い。実際お前って何か食ったりしないの?」


 俺は手土産の山牛の肉を彼女から受け取り、興味本位に聞いてみた。


『難しい話ですね。強いて言えば、「夢」でしょうか?』


「夢?っていうと、眠っている時に見るアレか? それとも普段俺がするヨタ話か?」


『夢のような話ではなく、夢。つまりは前者ですね。あなたが眠りに落ちていた時に見る夢、それが私達の食事ともいえるものです』


 彼女の言葉に、思いあたるものがあった。

 遺跡の地下で彼女と出会ったその時に、オレは「夢見草」を噛んでいた。

 あれが彼女の食事になったのだろうか?


「しかし夢をどうやって食うんだ? ホイと手渡すわけにもいかないだろう」


『その通りです。ですので縁を結んだ貴方とは、同じ夢を今後見ることになります』


「オレが悪夢を見たらどうするんだ?」


『……できるだけ楽しい夢を見てください』


「なるほどね」


 彼女は俺の夢の中に入って、それで何かするらしい。恐ろしい気もするが、夢の中に知り合いが来るというのは、すこし楽しみな気もする。


「面白そうだ。今日寝るのが楽しみになって来た」


 その時どさり、と背後で何か音がしたので振り返る。

 見ると小屋の主のレイラが目を丸くして、俺と彼女、ゴーレムを見上げていた。


 彼女は30代初めの女性で、深いスリットの入った露出の多い、薄い布地のドレスを着て、顔の片側を隠す長い髪型をしている。格好で分かる通り、彼女は娼婦だ。


 そして彼女の足元には、洗濯ものだろうか、白いシーツが地面に落ちている。

 地面に落ちたせいで、その布地は泥でがっつり汚れている。

 これは後で怒られそうだな。


「……どう切り出したものかと悩んでいたんだが、その必要はなさそうだな」


「いったいこれはどういう事か、説明してくれるんだろうねぇ?」


「まぁ、話せば長くなるんだが……」


 俺は土産にもってきた山牛の肉を押し付けると、ゴーレムを手に入れるまでの経緯をレイラに説明した。


 彼女は最初のうちは黙って聞いていたが、ゲルリッヒの振る舞いの段になると、まるでわが身に起きた身のように怒ってくれた。


 それが俺にはちょっぴり嬉しかった。


「で、街に入ることができないからって、ウチに寄ったっていう訳だね?」


「そういうわけだ。実際お手上げって感じなんだけど」


「ったく、客が寄り付かなくなっちまうよ、まあいいや中に入んな」


『私はどうしましょう』


「本当に喋ったよ……まあ、軒先でじっとしといてくれ」


『はぁ』


 レヴィンはレイラに招かれて、彼女の小屋の中へと入った。

 小屋の中はこざっぱりとしていて、大した家具はない。


 二人並んで寝れる大きなベッドと、こまごまとした日用品があるだけだ。

 とりたてて何があるという訳でもない。


「それで?」


「あのデカブツをしまえるような場所を知らないか? 町の外だと助かるんだが」


『しまうとか言わないでください。モノ扱いは不愉快です』


 どうやらゴーレムの耳は良いようだった。


「とまぁそんな感じなんだが……」


「おとぎ話のゴーレムが、あんな風にしゃべるだなんてねぇ?」


「話だけじゃ信じられんが、実際いるんだからしょうがない。この肉に免じて、心当たりを教えてくれないか?」


「まぁ、あんたと私の仲だし、教えてやっても構わないよ」


 レイラの降ろした髪の影となっている方からは、ちらりと生々しい傷跡が見える。その顔の傷は彼女とレヴィンが関係するもとになったものだ。


「傷はどうだ?」


「よくもなく、悪くもならないって感じだね」


「すまんな」


「気にしすぎだよ、アンタは。自惚うぬぼれんのも大概にしな」


「わかったよ、でもまた見に来るからな」


「ああ」


 彼女がこんなへんぴな場所に住むようになったきっかけは、その顔の傷だ。

 そしてその傷がついた事件とは、レヴィンがある冒険者といさかいを起こしたことから始まる。


 10年以上前まだ40台、体が今よりも動いたころ、レイラをめぐってある冒険者と争いになったのだ。口論はやがて刃傷沙汰になり、彼女がその冒険者に襲われた。


 レヴィンはその身を挺して彼女を守ろうとしたが、ほんのわずかに遅かった。

 彼女の美しかった顔には、深い傷跡が残ってしまったのだ。


 二人の間に広がる重い沈黙。

 それを割って入ったのは、どこか間の抜けた、女の声だった。


『あのー、お邪魔でしたら、どこか他所に行きましょうか?』


「鉄の塊が、変な気を利かすんじゃないよ!」


『す、すみません』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る