拒絶


 レヴィンはゴーレムに乗って少年少女、そしてゲルリッヒの元へと戻ってきた。


 巨大な牛を引きずって、存在しないはずのゴーレムがひょっこり現れたのだ。

 その姿は見た子供たちが騒ぎ出し、何事かと大騒ぎになった。


『みんな、おどろかせて済まない、俺だ、レヴィンだよ』


 そしてゴーレムから聞こえてくる声ときたら、死んだはずのレヴィンなのだ。

 騒ぐなという方が無理があった。


 動くゴーレムなど、誰もが見るのも初めてなのだ。

 またたく間にレヴィンは子供たちに取り囲まれてしまった。


『おいおい、皆前を開けてくれ。そうそう、そーら、お土産の山牛だぞ!』


 子供たちに前を開けさせると、ここまで引きずってきた山牛をレヴィンは転がしてみせた。あとは適当な部分を切り分けて、ここで食い、あとは皆で持ち帰るなどしてやればいいだろう。


 金にはならないが、大量の肉、食い物はそれだけで価値がある。


『さぁさぁ、今から捌いてやるからな』


 そういってレヴィンが山牛を切り分けようとしたその時だった。


「レヴィン、ゴーレムから降りろ。それは僕のだ」


 そう冷たく言い放ったのは、他の誰でもないゲルリッヒだった。

 形のいい眉は怒りに歪み、その視線には明確な敵意があった。


『ゲルリッヒ、死んだかもっていう人間に対して、言う言葉がそれかい?』


「あぁ、レヴィン! 良かった。これでいいかな? じゃあ降りてくれ」


 ゲルリッヒは何を考えているのだろうか? レヴィンはなんだかくらくらしてきた。

 きっとこれは草の効果が残っているせいではない。


 レヴィンが心からの悪党なら、ゲルリッヒはもちろん、子供たちを含めて殺してしまう事だって出来る。この強請ゆすりたかりは、それができないと解ってやっているのだろう。


 つまるところ、ゲルリッヒはレヴィンの事を「ナメている」のだ。


『オレ今、足が折れてるんだけど?』


「サラゴサ家に逆らう気か? 冒険者として活動が出来なくなるぞ? ギルドマスターにだって報告してやる。お前が正当な報酬をこの僕に渡さず、奪い取ったとな」


 よくいう。


 ギルドマスターか。

 何処のとはいってないが、漁師ギルドのマスターな訳はないな。


 ゲルリッヒが言っているのは冒険者ギルドのマスターの事だろう。


 冒険者ギルドっていうのは、要は冒険者の互助組織だ。

 一人ができることなど、たかが知れている。探索の為の仲間を集めたり、魔道具を鑑定したり、適切な値段をつける買い手を探してくれるのがギルドだ。


 そして、冒険者同士の争いの仲裁もする。


 あいつの働きに比べて、取り分が気にくわないとか、そういったトラブルを放っておくと、冒険者同士で勝手に殺し合いを始めるから、ギルドが介入するのだ。


 そしてギルドの裁判は、依怙贔屓えこひいきがひどいと評判なのだ。

 特にギルドマスターが絡む裁判は、公平でないことに定評がある。


 後で確実に奪われて、評判に傷がついてもいいのか?

 今渡した方がお得だよ?


 はっきりとは口に出さないが、ゲルリッヒは俺をおどしているのだ。


 しかしまぁ……こんな数の少年少女をどうやって集めたのかと思っていたが、この案件は、ギルドマスターもグルだったのか?


 いや、そんなことする必要あるか?

 ギルドが口減らしをする意味が解らないが、ともかく――


『わかった、降りるとするよ。だけど脚は本当に折れてるんだ』


 膝をついてゴーレムの胴鎧を開く。すると、男の子たちから歓声が上がる。

 わかる、わかるよ。俺もこれを見た時、ちょっと楽しくなって心が躍ったものだ。


 カシャカシャと金属が畳まれる音が終わって、俺の体がゴーレムの中からあらわになると、じろりとゲルリッヒが俺を睨んだ。


「すまん、二人とも、手を貸してくれ」


 俺が再度そう言うと、リケルとカレルの二人が両脇を抱えて、前の開いたゴーレムから降ろしてくれた。それを見るゲルリッヒは、俺の事をふんと鼻で笑っていた。


 どうやら手を貸すつもりはこれっぽっちも無いらしい。


「レヴィンさんの足、凄いれてますよ?」


「うへぇ、こりゃしばらく椅子から動けんな」


 俺の右脚の膝から下は、左足の倍くらいにふくれていて、見るからに痛々しい。そんな俺の足に、ゲルリッヒは自分の足を引っかけるようにして蹴飛ばした。


「――ツ!」


「おっと悪いなレヴィン。ゆるしてほしい」


 あまりの痛みで、レヴィンは悪口のひとつも思いつかなかった。

 ゲルリッヒはそのままゴーレムに飛び乗ると、カタカタと胴鎧を閉めた。


 ゴーレムの中に入ったゲルリッヒは、内心狂喜乱舞していた。

 伝説の存在が今まさに、自分のものになったのだから。


 しかしどうしたものだろうかとゲルリッヒは考えた。

 ”これ”は本来の予定に無かった。


(まあいいか。“本来の予定”とは違ったが、コイツを始末して、それを目撃した子供もまとめて始末するとしよう)


 ゴーレムを起き上がらせると、ゲルリッヒは銀の騎士の拳を振りかぶらせた。

 拳とその兜の向いている先は、明らかにレヴィンだった。


「何をするつもりなんだゲルリッヒ!」


『なにって、死んでもらうのさ。こいつはもう必要ない』


 ゲルリッヒは何のためらいもなく、拳を振り下ろした。

 そして――。



『なぜだ、なぜ止まる! なんで動かない!!』


 ゴーレムの拳は、レヴィンの頭上でピタリと止まっていた。

 ゲルリッヒが何かをわめくが、それ以上動くそぶりは見せない。


「どうやら彼女に嫌われたようだぞ」


『そんなバカな! ゴーレムは所詮モノだ。人間の通りにうごくモノのはずだ!』


『ええ、その通りに動きますが、人は選びます。どうぞお帰りください』


『――なッ?!』


 カシャカシャと胴鎧が開き、そのまま胴体を前に傾けたゴーレムに、ゲルリッヒは吐き出されるような形になった。


 のびたカエルのような姿勢で、石畳に体を打ち付けるゲルリッヒ。


 それでも乗ろうとするが、そのたびにペッと吐き出されるゲルリッヒの姿に、最初は冷たい視線を投げかけていた少年少女から、キャッキャと笑い声があがった。


 顔を真っ赤にしたゲルリッヒは、それでも乗り込もうとして、言葉にならない言葉を喚き散らすが、何を言っているのか定かではない。


「もうあきらめろゲルリッヒ。彼女が嫌がっている」


「ふざけるなッ! ふざけるなぁッ!! 僕はサラゴサ家の人間だぞ……! 遺跡から出るモノは、その全てが、本来は全てが僕のものなんだ!!」


「遺跡の中にあるものは、もはや誰のものでもないだろうが」


「お前たちにはわかるまい! もういい! 僕は帰る!!」


「ギルドマスターに言いつけなくていいのか?」


「……うるさい! うるさい!! うるさい!!!」


「そんな鉄くずはお前にくれてやる! 僕は、もっと崇高なものを探し求めているんだ! そんなガラクタじゃなくてな!!」


「そりゃ結構なことで……」


 怒り狂ったゲルリッヒは、そのまま血管が切れて倒れるのではないかと言った風で激怒したまま「王の廃墟」を去っていった。


 レヴィンたちはどうしたものかと思ったが、それよりも山牛の肉を全員分切り分けないといけないことに気がついて、その作業に取り掛かった。


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