山牛と銀騎士
ナイフを抜いたリケルは、怪物と向き合ってその姿を見る。
目の前にいたのは巨大な猛牛、「マウンテンブル」だった。
山牛とも言われるコイツは、古代王国の家畜が野生化したものと言われている。
名前こそウシだが、その体躯は異常に大きい。
背中の高さは家の屋根くらいにあって、それを支えている4肢は非常に筋肉質だ。
頭部は人の胴体ほどもあり、耳の近くには大きな角が生えている。
そいつがミミとカレルが登った壁に頭突きをすれば、積み木細工のように壁が崩れ落ちるだろう。そうなれば二人はぺしゃんこだ。
「おい、こっちだ!」
リケルは声を張り上げ、山牛の注意を引く。
そしてこちらに向き直ったヤツに、抜いたナイフを向けた。
取り出したナイフは日用品が少し大きくなったものだ。
リケルにとってはそれでも大きいが、山牛と比べれば、あまりにも頼りない。
「リケルにーちゃん!」
「あぶないよ!」
「何してるんだ!早く逃げるんだ!」
こちらに向かって心配そうな声をかける二人に、リケルは叫んだ。
気を引いているうちに、逃げてもらいたかったが、彼らは恐怖で動けないようだ。
一方、マウンテンブルは、地べたにいる新しい獲物に狙いを定めたようだった。
姿勢を低くして頭を下げると、こちらに向かって突進してきた!
――右だ!!
リケルは膝を曲げた姿勢になると、山牛を引き付ける。そして轢かれる寸前に膝を伸ばして、ためた力を解き放った。彼は転がるようにして、なんとか突進を避けた。
<ドガァ!!>
山牛はさっきまでリケルのいた場所を踏み荒らして、遺跡の壁の残骸を蹴散らす。
崩れて飛び散った石材が、まるで弾丸のようにリケルの周囲に撒き散らされた。
あそこに居たら確実に死んでいた。
そうでなくても、気まぐれに飛び散った石に当たらなかったのは奇跡だ。
リケルの身体から血の気が引いて、指先が冷たくなる。
彼はへなへなと力が抜けて、遺跡の地面に座り込んでしまった。
死の恐怖を感じてしまったのだ。
恐怖が彼から戦う意欲を奪った。
山牛は腰が抜けた彼に向かって、生臭い息を吹きかける。
もうだめかと思った時、銀色の何かが、リケルと山牛の間に割り込んできた。
「――騎士?」
乱入してきたそれを見たリケルは、無意識にそうつぶやいていた。
マウンテンブルを押し返しているのは、太陽の光を反射する金属の巨人だった。
まるで騎士のようなその姿にリケルは度肝を抜かれた。
そしてこの存在に、リケルは心当たりがあった。
「まさか、ゴーレム?!」
しかし無事なゴーレムなんて存在しないはず。
これは一体なんだ? 困惑している彼を更に混乱させることが次に起きる。
『すまんなリケル、遅れた。』
ゴーレムから聴こえてくる声。その声には聞き覚えがあった。
「レヴィンさん、レヴィンさんなんですか?!」
『ああ、ちょっとワケありでな。ひとまずこいつを何とかしよう』
「ンモゥォォォゥ!!」
遺跡全体に響きそうな大きな声で山牛がいななくと、後ろ足を蹴り出した。
その力は凄まじく、ゴーレムの手から関節へと順々に伝わっていき、金属の体が高い音を鳴らした。
<ガキィン! ズ、ズズ……>
少しずつ金属製のゴーレムが後ろへと押されていく。
へたり込んでいるリケルに、そのにゴーレムの
彼はハッとなると、立ち上がってその場を離れた。
ここに自分がいるから、あのゴーレムは自由に動けないのだということに気がついたのだ。
リケルが離れたのを確認して、レヴィンは動く。
『猪突猛進ってやつか? いやアレはイノシシだったな』
押し込んでくる山牛の動きをいなすようにして、レヴィンが動かすゴーレムは立ち回る。ゴーレムの胴を突こうとした頭突きをかわすと、その首に手刀をつきこむ。
「グモォォォゥ!」
山牛の頭は愚鈍だが、痛みのほうはしっかりと感じているようだった。怒り狂った山牛は大きく後ろにさがると、リケルにやったように渾身の突進をしてくる。
レヴィンは慌てず、それに冷静に対応した。
ゴーレムの手でその角を掴むと、マウントブルの突進の力を利用して思いっきり奥側へとねじりこんだのだ。すると牛の首は上下逆さまになって、その頭蓋を支えていた脊髄がへし折れた。
首の骨を破壊された山牛は息が詰まり、痙攣しながら地面に倒れ込んでいる。
レヴィンはとどめの一撃となる拳を山牛の額に撃ち込み、その苦痛を終わらせた。
『終わりましたね』
『あぁ』
「あれ? 中にレヴィンさんの他に、もう一人いるんですか?」
彼とは違う女性の声がゴーレムからしたので、リケルは中に二人の人間が入っているのかと思ったのだ。
『ああ、いや、いるのか? どうなんだ?』
『いるとも言えますし、いないとも言えますね』
『……お前さんの言う事は難解だ』
「えっと、どういう事です?」
『ああ、この声は、こいつ、つまりゴーレム自体の声だ』
『はい、そうですね』
「ゴーレムって生きているんですか!?」
『それもまた何とも言えませんね』
『まったく、小難しい話が始まりそうだからこれくらいにしよう。リケル?』
「あっはい?! 何でしょう!」
『肉、腹いっぱい食ったことないだろ? 行こう。』
レヴィンはミミとカレルを壁からおろすと、ゴーレムの肩に乗せる。
そしてマウンテンブルを引っ張って、そもまま皆のところに戻ることにした。
「すげーや!」
「あはは! グラグラしてたのしー!」
『こら、落ちるなよ?お兄ちゃんは妹をよく見張っておけよ?』
「うん!」
「レヴィンさん、僕はてっきり……」
『いや、いいんだ。俺だってお前の立場なら、死んだと思っていたさ』
「でも、ゲルリッヒが――」
そこまで言って、言葉が
それはミミとカレルがいることに気付いたからだ。彼らはあの時あったことをまだ知らないし、ゲルリッヒの嘘の説明も聞いていないはずだ。
本当にこれを話しても大丈夫だろうか?
「どーしたの? リケルのおにーちゃん?」
「いや、レヴィンさんは、地下に行って、それで崩落が起きて、そこで死んだことになってるんだ」
『なるほど、ゲルリッヒがあることないこと言ったか?』
「はい……」
『ゲルリッヒという人物が、あなた達のリーダーなのですね?』
「うん。でも、僕はもう、彼をリーダーとは認めないよ」
『それは何故です?』
「それは、彼が身勝手すぎるからだよ。レヴィンさんの事もそうだし、それ以外にも――あれだけ冒険者の夢を語っていたのに、今の彼は全く僕たちに興味を無くしたみたいなんだ」
『なるほどな。しかしゲルリッヒは、そう簡単に心が折れるタイプには見えないが……リケル、地上に戻って来てから、彼は何をしていたんだ?』
「地図を眺めて、何かぶつぶつと言っていただけだよ。僕らなんか視界に入ってなかった」
『ふーむ……まさかとは思うが、あの地図には、このゴーレムのことが書いてあったんじゃないか?』
「あっ、そうか……だからゲルリッヒはあんなに人が変わったように……? レヴィンさんの言う通りかもしれません」
『だとするとこのまま帰っても、厄介なことになりそうだな』
「きっとゲルリッヒは、あなたからゴーレムを奪おうとするかも」
『――私に考えがあるのですが、よろしいですか?』
『聞こうじゃないか』
彼女から「ある提案」を聞いたレヴィンは、少し考えてから「よし」といった。
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