リケルの疑念
一方そのころ。
崩壊した区画から逃げ延びたゲルリッヒとリケルは、地図とランタンの灯を頼りに、地上へと向かっていた。
普段であれば、何かと話しかけてくる彼だったが、二人の間に会話はなかった。
その原因は、レヴィンを喪った時のゲルリッヒの振る舞いにあった。
リケルは彼に対して、疑いの気持ちを持ち始めている。
その気持ちは「このまま彼についていって良いのか?」といったものだ。
親切だったレヴィンを助けるどころか、口汚い言葉を浴びせかけたゲルリッヒ。
リケルは彼に対して、危ういものを感じ始めていた。
次は「自分」ではないだろうか?そういった危うさを――。
「リケル?」
「あっはい、なん、でしょう?」
急に話しかけられたリケルは、いつものように口が回らなかった。
やはりショックだったのだ。
先程まで自分の世話を親身にみてくれて、冗談まで交わしたレヴィンが死んだ。
こんなにもあっさりと人が死ぬとは、リケルは思っても見なかったのだ。
レヴィンの振る舞いは、あまりにも遺跡に対して慎重すぎるように見えた。
モンスターどころか、イノシシのような獣すら居ないこの場所をなぜそこまで恐れるのか?
彼のうだつの上がらなさは、その臆病さにあると、リケルは考えていた。
しかしその振る舞いの本当の意味を、彼はレヴィンの喪失で知った。
彼は冒険者でありながら、あの年まで生きている。
その事実が彼の有能さを示していたのだ。
「レヴィンは事故で死んだ。いいな?」
「それは――」
「いいな?この話はこれでおしまいだ」
「はい……」
涸れ井戸の底に垂らされていたロープで地上に上がった二人は、待ち受けていた少年少女たちに囲まれる。
ずっと待っていて不安だったのだろう。ゲルリッヒの顔をみた彼らの顔は、ぱぁっと明るくなった。
「あれ? レヴィンさんは?」と、少年少女のうちの誰かが言った。その声を受けたゲルリッヒは、鎮痛な面持ちでレヴィンの最期を語った。
「地下街で崩落に巻き込まれたんだ。助けようとしたが、あまりにも崩落が早くて無理だった」
「ゲルリッヒ?」
彼は言うべきことを言っていない。レヴィンが死んだのは、彼が壁を崩し始めたからなのに。
「……そうだよな?リケル」
ゲルリッヒの念を押すかのような声に、リケルは何も言えなかった。
そのまま黙っていると、ゲルリッヒの何処にそんな力があったのかと思うほどの力で、肩を掴まれた。
「う、うん」
リケルはなんとか声を絞り出すと、万力のように肩を掴んでいたゲルリッヒの手が離れていった。
ぞっとした。自分たちはとんだ怪物を慕っているのではないだろうか?そんな予感は確信に変わった。
しかしどうすればいいのか?相談ができそうなレヴィンはもういないのだ。
「リケル、もう昼だし、火を起こしてご飯の準備をしよう」
「そうだね」
リケルは子どもたちに指示して、簡単なカマドを作らせることにした。
火さえ使えれば食べられるものが作れるからだ。
しかしこれがよくなかった。農村生まれの子どもたちはともかく、街で生まれ育った子どもたちは火の起こし方すら知らない。ささいなことからケンカが始まってしまった。
「やめるんだ!」
レヴィンが居たときは問題なんか起きなかったのに。
そうリケルは思っていたが、実際には起きる前に、何事にも先手を打っていたのだ。
彼がいなくなったことで、ゲルリッヒのパーティにはボロボロとほころびが出始める。
少年少女のなかに、迷子になるものまで出てきた。
「リケル兄ちゃん、ミミとカレルがどっかに行っちゃったよ!」
「なんだって?!」
リケルは彼らのことを記憶の中から手繰り寄せる。
ミミとカレルは12と13の兄妹だった。ミミが妹で、カレルが兄。
彼らはどこかの村から来たそうだが、ひどくみすぼらしい格好だったのを覚えている。
きっと、少しでも金目になるものがないか、二人で探しに行ったのだろう。
こんな状況にもかかわらず、ゲルリッヒは出発前、あれだけ冒険について熱く語っているのが嘘のように、皆に興味をなくしてしまっていた。
座り込み、地下通路の地図を見ながら、彼は何かをブツブツとつぶやいている。
リケルは彼に話しかけるのをためらった。
今度は殴られるのではないか? そう思ったからだった。
「今話しかけてもいいかな? ミミとカレルがいなくなったんだけど――」
探しに行ってもいいか? と聞く前に、ゲルリッヒからは「ああ、頼む」と返事が飛んできた。
もうその言葉に、かつての熱っぽさは感じられなかった。
彼はすっかり冷めきってしまっていた。
自分は何のためにここまで来たのだろうか?
冒険者になる夢を託す相手を間違えたのではないか?リケルはそう思い始めていた。
レヴィンさんなら、僕たちをちゃんと見てくれていたのに……。
責任逃れをするばかりか、自分たちに向き合おうとしないゲルリッヒ。
それを見たリケルの心は、すでに彼から離れていた。
彼をおいて、自分だけでミミとカレルを探しに行くことにしたのだ。
遺跡の事がわからないのは彼らも同じだ、きっとそう遠くへは行っていないだろう。幅広のナイフをベルトに差して、リケルは足早に遺跡の奥へ向かった。
彼らは幼いが、きっと目印くらいは残すはず――あった。
色の付いた石だ。これを置いて、回収しながら戻るつもりだったのだろう。
石の近くには矢印が書かれている。この方向に向かったということか?
頭の良い子たちだ。ちゃんと考えて行動している。
しかしどうしたものだろう? これに手を付けると彼らが迷ってしまう。
そして行き違いになっていたら、今度は自分が迷う。まずいなとリケルは思った。
彼らを心配するあまり、勢いに任せて飛び出したが、失敗したかなと思った。
いや、そんなことはないと、恐怖と一緒に襲ってきたその考えを振り払う。
昼時になっても帰ってこないのは、きっと何かがその身にあったからだ。
置かれた石を頼りに、リケルはいくつもの辻を曲がって追いかける。
そして手持ちの石が尽きたのか、ぷつりとそれがなくなり、残されたのは矢印だけとなった。
その時だった。石壁の崩れるような音と共に、甲高い悲鳴が聞こえた。
「――ッ! 二人に何かあったのか?!」
声がした方に、リケルは走った。崩れた壁を飛び越え、草をかき分けて急いだ。
すると彼の目の前には、巨大な怪物と、それから逃れようと必死で壁を登る、2人の子供の姿があった。
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