遺された騎士


 どれだけの時間が過ぎたのだろう。


 ぽつんぽつんと頬を叩く水の雫で俺は目を覚ました。そのままひざに力を入れて起き上がろうとするが、激痛にうめいて動けなかった。


 ひざすねかわからないが、右足の膝から下が猛烈に痛い。どうやらどこか折れているようだ。まるで身動きが取れない。


「こんな地の底で足が折れたか。いよいよ俺も終わりか」


 絶望的な状況だが、妙な気分だった。

 レヴィンの中で、興奮と落ち着きが同居していた。

 

 命に係わる大ケガをすると、すぐには痛みを感じないというが、これはそれだろうかと、彼は思った。


 ふと気が付くと、自分が乗っている折り重なった石の中から、青白い光がれている。レヴィンは不思議に思って、石のブロックをどけてみる。そこから現れたのはゲルリッヒが持っていたあの魔道具のランタンだった。


「あいつの落とし物か? 駄賃にしてはいいモノをもらった」


 まあ死体を照らされても意味はないが。

 自嘲じちょう気味に笑ったレヴィンは、ランタンを高く持ち上げて周りを見る。


「……おどろいたな、先客がいたのか」


 彼は息をのんだ。レヴィンが照らして見た先には、人の3倍位の大きさのゴーレムが居たのだ。


 しかしそれは遺跡の外にありふれた、ボロボロのものではない。

 全ての手足が揃った、完璧な姿のゴーレムがそこに居たのだ。


 ひざをついたゴーレムの姿は、甲冑を着込んだ騎士にも似ていた。

 もしかしてこいつは、戦闘用なのだろうか?


 自分が落ちた場所は、相当な最深部だとは思う。

 まさかリケルにした与太話よたばなしの通りになるとは思っていなかった。


「どうも、新入りだが優しくしてくれ。今はうるさいけど、そのうち骨になるから」


 ふぅと息を吐くが、レヴィンは次第に強くなっていく痛みに顔をしかめた。


 彼は荷物を探ると、「夢見草」という薬草を取り出した。

 この薬草は痛みを取ってくれるが、副作用として眠りに落ちてしてしまうものだ。


 どうせ死ぬなら思った彼は、少し多めにそれを噛むことにした。

 すぐに夢見心地になれるだろう。


 薬草を噛んだ彼は、目の前で佇むゴーレムを見つめながら、彼はこれまでの人生を思い返していた。


 ――オレは冒険者として生きてきた。正直者とは言われるが、成功者ではない。

 いや、貴重な魔道具を見つけ、成功と言える結果を得たことはある。


 しかし、酒場で注文する酒と料理が増える以上の事は起きなかった。


 貴重な魔道具を掘り起こしたとしても、ほんの一部の分け前で満足した。いや、満足しようとした。

 

 影ではバカなやつと言われただろう。

 でもそれには理由がある。オレは悪意がはびこる世界に生きたくなかった。


 価値あるものを握りしめれば、次にはそれを奪われる立場になる。

 オレにはそれが怖かったのだ。


「なぁ、なんだろうな?」


 レヴィンは目の前のゴーレムに話しかけた。どうしてそうしたのかはわからない。

 誰かに聞いてほしかったのかもしれない。


「オレは今まで冒険者をやってきて、色々見てきたよ。『やぁ、俺たちは違う。信用してくれ』なんて言っても、椅子に腰掛ければ、それを引いて転ばそうとするやつばかりだ」


「同じ将来を夢見た兄弟が、魔道具ひとつで殺し合う姿も見た。信頼できる仲間も、輝く財宝を目にすればきっと裏切る。自分一人の力に頼ったとしても、老いてしまえば結局奪われる」


「なんのためだ? なんのために、危険を犯して、歯を食いしばってまで頑張る?」


「奪われるものに努力するなら、それになんの意味があるんだ? 頑張る意味なんて無い。そう思ってできることだけをやろうとした。求めるものを少なくして、生きようとした」


「だけど、心の奥底でそうじゃないだろ? って、そう言うやつがいるんだ」


「オレは……間違えたのか? ゲルリッヒの生き方のほうが正しかったのか? 奪う側に立ち続けたほうが、良かったのか?」


 レヴィンの頭の中は、諦めと悔恨、悲しみ、色んな感情でぐちゃぐちゃになってきた。もはや思考はまとまらない。これは噛んだ草の効果だけではなかった。


 握りしめた手に水気を感じる。泣いているのだ。


「何もわからない、オレの生き方が間違いだなんて、そんなこと解ってる! でも……ゲルリッヒのほうが正しいなんて、そんなことは認めたく、思いたくない!」


「オレはヤツのために死にたくない。生きたい、まだ生きたいんだよ――ッ!!」


『なら、私があなたの力になります』


 レヴィンはハッと前を見上げる。

 自分に声をかけた、その声の主を探したのだ。


 声の主は、白銀の騎士の姿をした、目の前のゴーレムだった。

 それは兜の奥から優しげな声を放つ。


『あなたが奪うのが嫌なら、逆に皆に与えましょう。その力は――私が貸します』


「まさか生きているゴーレムがいるなんて……ウソだろ」


『いえ、先程までは本当に死んでいました。ですが、あなたの言葉を聞いて、まどろみから引き戻され、目覚めたのです』


 全部聞かれていたのかと思うと、レヴィンは気恥ずかしくなった。

 いい歳をして、子供のようにわめいていたのを、このゴーレムに聞かれてしまっていたとは。


『あなたが生きたいというのなら、私を使ってください。私にはそれだけの力があります』


「関係ないお前が、オレに対してそこまでするんだ?」


『何故でしょう……きっとあなたの奪いたくないという気持ち、それが伝わったからでしょうか』


「どういうことだ?」


『私達ゴーレムは、最初は工事や農業に使われていたのです。しかし……ある時を境に、戦争に使われるようになりました。』


「だろうな。お前を見て勝てる気はしない」


『えぇ、私たちを使った人々は、別の人々から奪い、奪いつくしました。ちょうど今あなたが言ったように』


『私は疑問に思い――逃げました。今のあなたと同じように。そして自ら封印されたのです』


「それで気が遠くなるほどの年月、ここに居たのか?」


『「はい」であり「いいえ」です。私に変化はなく、故に時間の感覚もありません。当時のこともまるで先日あったことのように思い出せます』


「ややこしいことを言う。つまりお前さんの言い分は?」


『……あなたなら私を正しく使ってくれる。そんな気がしたのです』


「でもどうすれば良いんだ?オレは足を折っていて、身動きできないんだ」


 ゴーレムは、カタカタと音をさせると、何枚もの装甲を動かして、胴体を開く。

 するとそこには、ちょうど人一人が入れそうな空間があった。


「まさか、この中に入れっていうのか?」


『はい、中にはいっていただければ、私はあなたの手足のように動かせます』


 普段のレヴィンならば入ったりはしないだろう。

 しかし今の彼は大ケガをして、このままでは死ぬ運命にある。


 なら、他の選択肢はない。彼は夢見心地のまま、ゴーレムの中へ入り込んだ。


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