賢く無謀に

 確かに地下は探索が進んでいない。ゆえに良いものが見つかる可能性はある。

 しかしそれにはちゃんと理由があるのだ。


 暗い地下道は迷うのが当たり前だし、いつ気まぐれで落ちてくる石に頭を砕かれるかわからない。


 風が吹くように、さらりと命を奪ってくるのが遺跡だ。

 子供だろうが貴族だろうがお構いなし。彼にはソレがわからないのだろうか?


「ダメだ。探索の経験がない連中を、遺跡、それも地下に行かせる訳にはいかない」

「死ぬために行くようなもんだ」


 遺跡の危険を知っているレヴィンは、ゲルリッヒを止めにかかった。

 しかし――


「危険を冒さなければ手にはいる物も手に入らないでしょう?」

「レヴィンさんはそれでいいかもしれませんが、僕たちの仲間は違います」


 ゲルリッヒのやつ、自分ばかりか、人の命で博打ばくちを打つつもりか?

 進もうとする子供たちを、俺は止めようとするが、彼らは熱に浮かされたようになっていた。


 若く自信に満ち溢れたゲルリッヒの「行こう!」という言葉と、くたびれたオッサンの「行くな」という言葉。


 ああ、子供たちの目を見ればわかる。とても勝負にならない。


「そうです!」

「僕たちには夢があるんです!」


 オレの意見はゲルリッヒと子供たちの想いに押しつぶされるようにして無視された。しかしここでへそを曲げたり拗ねてもしようがない。


 子供たちを死なせるわけにはいかない。彼らが自分の事をどう思うと、言うべきこと、やるべきことはやろうと思った。


 ゲルリッヒが何と言おうと、これ以上無謀な事をさせるつもりは、オレには無かった。そんなに賭けがしたいなら、自分ひとりですれば良い。


「地下に降りる道をご存じですよね? もしよろしかったら、道を教えてほしいんですが」


 レヴィンに選択権を与えているようだが、そうではない。


 教えなかったら、もっと危険なことを始めるぞ?

 暗にそう言っているのだ。


 レヴィンの価値観をこれまでの行動で知った彼は、彼が断れないと知っている。

 これは「見せかけ」の交渉なのだ。

 

「わかった、こっちだ」


 気に障ったが、ここは言いなりになる事にした。

 オレは一行を知る限り最も安全な入口へと案内した。その入り口を見たゲルリッヒは、初めて表情を曇らせた。


「枯れ井戸ですか?」


「ああ、ここから降りていくんだ。ここが一番安全な入口だ」


「他には?」


「無い。当時の入り口は、ほとんどが風化して泥に埋まってるか、崩れている。ここが気に入らないなら、他にも場所があるぞ」


「ならそっちで――」


「崩壊しかけた場所で、降りるのに失敗すると三,四階下の石床にたたきつけられて、潰れたトマトになる。そっちは素早く深いところまで降りれるが、これまでに何人も死んでる」


「こっちにします」


「賢明な判断だ」


 オレはゲルリッヒの脇を通り抜け、井戸の底までロープをおろした。


「よし、一人一人降りかたを教えてやる」


 しかし、いざ本当の危険を目の前にすると、燃えたぎっていた情熱も消え入る。


 リケルとゲルリッヒは勇気を振り絞って降りたが、彼らに続こうとした少年少女たちは、枯れ井戸の中から下を見て首を横に振った。


 結局、井戸の底に降りる事が出来たのは、ゲルリッヒとリケル、そしてレヴィンの三人だけだった。


 レヴィンは火口箱で火種を作ると、カンテラに火を入れて前を照らす。

 地下街の浅い層は植物に浸食されていて、木の根に押された石壁が、生き物の腹のように膨らんで飛び出ていた。


 ゲルリッヒは魔道具の灯りを付ける。カンテラのオレンジ色と対照的な青白い光を放つそれを見たレヴィンは、流石は貴族様、我らと持ち物が違うと感心した。


「二人とも、俺から離れるな? はぐれたら探しには行かないぞ」


「はい」


「勘違いしないでください。リーダーは僕ですよ? レヴィンさんは、僕についてくるんです」


 ゲルリッヒは「僕」の部分にアクセントを強くして言った。

 ズブのド素人が先導だと?と訝しんだレヴィンだったが、ゲルリッヒが取り出したものを見て自分の目を疑った。


「それは、まさか、地下街の『地図』か?」


「はい、僕だってバカじゃありません。何も考えなしに地下へ行こうなんて言っていません。僕にはコレがあるので」


 そんなものをどこで?


 ゲルリッヒが持っているのは、真新しい手書きの地図だ。


 レヴィンはこれに違和感を感じた。マッピングには時間がかかる。普通だったら古いものと新しいものを組み合わせて、継ぎ当てだらけなのが普通なのだ。


 真新しい地図なんてのは、大体が偽物だ。


「偽物の地図でか? 地図なんてのは長年かけて地道に作るもんだ、そんな――」


「この先を右に三叉路、中央は行き止まり。右は上水道に続いていて、左は地下街へ。もっと言いましょうか?」


「……おどろいたな」


「わかっていただけましたか」


 意外にも地図が正しい。浅い層とはいえ、一体どこで手に入れた?


 疑問を持ちつつも、彼が出した地図に従って先へと進む。

 すると気味が悪いくらいに地図が正しかった。

 階下に降りても、その精度は変わらない。


 ゲルリッヒが歴史家のサラゴサ家の出身だというドミコフの話は本当なのだろう。

 きっと何かの古文書から、この地下街の見取り図を写したのかもしれない。


 やつの自信の裏付けはこれか。


 地図をもったゲルリッヒに従って下へ進み続けていると、ぴたっと全員の足が止まった。行き止まりに辿り着いたのだ。


「この先に通路があるはずなのですが……」


 ゲルリッヒの地図にはこの行き止まりはなかったらしい。見た感じ、もとからある壁ではない。


「どうやら崩落したみたいだな。下手に手を出すともっと派手に崩れる可能性がある。ここは引き返すのが得策だろう」


 ほっとした様子のリケルを見て、ゲルリッヒは怒気を飛ばした。


「何をしてるんだ! 掘り起こすんだ!」


 急に人が変わったようだった。彼はリケルの頬を張ると、瓦礫がれきを指さして指図する。俺はそれはあんまりだと言ったが、ゲルリッヒはそれに取り合う様子はない。


「手を出さない方が良い」


 ゲルリッヒは俺の言葉にさらに苛立って、手近にあった木の棒なんかの廃材を使って、崩落した壁を叩き始めた。


 するとその衝撃を受けてか、天井と地面が崩れはじめる。

 俺は不味いと思い、反射的に側にいたリケルを、遠くまで投げ飛ばした。


 彼をなんとか安全そうな場所まで避難させることができたが、今度はオレの足場が不確かになった。


 崩れる床に足を取られながら、掴んでくれとゲルリッヒに手を出す。


 しかし、奴は俺が出した手をはねのけた。


「くそジジイ! 死ぬなら一人で死ね!」


 野郎!と思ったその瞬間、やつの姿は急に小さくなっていった。

 バラバラに崩れて落ちる床と一緒に、オレも暗闇の中へ落ちていったからだ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 オレは叫ぶが、何かにぶつかって、意識はそこで途切れた――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る