トロピカルフェスへようこそ

惟風

トロピカルフェスへようこそ

「へえ、トロピカルフェスって言うんですかあ楽しそうだなあ」

 宿の女将さんが僕に見せてくれたチラシには、以前この村で開催されたと思しきフェスの写真が載っている。

 砂浜の特設ステージに立っているのは去年の紅白にも出場している有名バンドだ。観客もかなりの数集まっているのが見て取れた。

 本土から船で数時間かけて辿り着く離島、登呂輝とろひかる島の登呂輝とろひかる村に、僕は来ていた。

「ちょっと前まではただの秋祭りだったんだけどねえ、村おこしってやつよ。観光のウリにしようってなって、まず呼び名から変えようって若い衆から意見が出て」

 宿の女将さんは話し好きなようで、色々と村のことについて聞かせてくれる。

「若者の意見を取り込むのって大事ですよね」

「やっぱりアップデートしてかなきゃでしょ? アタシ等老いぼれが古い価値観に固執してたら、この村も過疎化が進むばっかで良いことなんて全然ないよねって」

 ひっつめ髪にムームーのようなワンピースを着た女将さんがにっこりと笑う。

「えー女将さんまだまだお若いじゃないですか」「嫌だあちょっと、お世辞なんか言ったって何も出ないわよお。これでもアタシ死んだ亭主に操立ててるんだから口説こうとしても無駄なんだからねっ」

「わっ、痛いいたいいたい」

 真っ赤になった女将さんはバシバシと僕の肩を叩いた。年は僕の母と変わらないくらいに見えるが、照れている姿は少女のようで可愛らしかった。

「フェスで歌うご当地アイドルとして『TPK88』ってアイドルグループもいたんだけどね、何せメンバーが高齢なもんですぐに卒業しちゃうから解散しちゃったのよ、残念」

「『88』ってもしかしてメンバーの平均年齢から取ってたりします?」

「一期生のセンターだったトメさんの卒コンに参列した時は泣いたわ」

「たぶん今どきの若者でも葬式のこと卒コンとは呼ばないと思いますよ」

 参加した卒コンのことを思い出したのか、女将さんは鼻を啜った。ころころ表情の変わる人だ。目鼻立ちも整っていて、若い頃はさぞかしモテただろう。

「それでフェスの目玉が無くなっちゃったから、初心に返って村の神様に生贄捧げちゃおっかって」

「あー、そういうノリで」

 思ってたより軽い感じの経緯なんだなあ。

 海岸ではりつけにされたままの格好で僕は、ボンヤリと思った。


 元妻がこの島で消息を断ったと聞いてはるばる探しにやってきた僕は、滞在二日目にしてあっさりと生贄に選ばれてしまった。折しもトロピカルフェス最終日。

 夕暮れ時、遠目に見えるステージでは、男性アーティストが有名なヒットソングを歌い上げている。会場の熱気は最高潮に高まっているようだ。

「神様も歌だけじゃなくて生きた血肉を捧げた方がやっぱり喜んでくれるみたいで、生贄システム復活させてからの方が魚は大漁だし作物の出来も良いのよね」

 僕の見張りをしている女将さんは目を細める。

 確かに、宿の食事は格別に美味しかった。旬の魚、季節の野菜にフルーツ、地酒までサービスでふるまってくれて最高の晩餐だった。

 ラストの曲が終わると、次は僕が磔にされたままあのステージに立つそうだ。緊張してきたなあ。

 出番を待つ間、女将さんは村の神様について語って聞かせてくれた。

「言い伝えによると、本州で悪さをしてた悪鬼が時の陰陽師に調伏されそうになって、この島まで渡ってきたらしいのね。それで、たまたま島の海岸近くを泳いでた神様と何故か融合しちゃったらしくて」

「神様もびっくりしたでしょうね」

「悪鬼は島でも悪さをしようとしてたみたいなんだけど、神様のパワーで抑えられてるんだって。で、そのパワーを維持するための祭りがこのフェスってワケ」

 女将さんはどこか誇らしげだ。

「神様のおかげで悪鬼が世に放たれることなく平和でいられるんですね、じゃあ大事な行事だ」

「私達は神様のことを親しみをこめてしゅきピ様って呼んでるわ」

「恋人並の親しみ」

「ボチボチ出番だよー」

 木でできた鬼のような仮面をつけた男性が近づいてきた。声からするに、大分老齢のようだ。

「村長、お疲れ様です」

 女将さんも似たような仮面を装着しながら挨拶した。村長と呼ばれた仮面の男は、両手に松明を持っている。

 村長の後ろには仮面の男達が数人いて、僕をステージに運ぶために近付いてきた。

「あのぉ、ずっと聞きそびれちゃってたんですけど」

 磔にされた状態で男達に担がれながら、女将さんに声をかける。僕を運ぶ列は村長を先頭に、女将さん、僕、と並んでいた。

「いいわよ、なあに?」

「先月くらいに、堂々不どうとうふ倫子りんこという女性がこの村を訪れたと思うんですが、もしかして生贄にされちゃったりしてます?」

「あー、あの女か。うん、あの女ならプレ生贄にしたね」

 女将さんでなく村長が答えてくれた。

「プレとかあるのかー」

「特設ステージ設置する前にちょっとした地鎮祭みたいなのするんだけど、その時にも生贄捧げるのよ。いつもは豚とか牛を使うんだけど、ちょうど良い雌豚だわあって」

 女将さんがくすくす笑いながら僕の顔を覗き込んだ。

「ワケアリって感じで一人でフラーってこの島に来たと思ったらさ、早々にウチの娘婿に色目使いだして。都会の女は怖いね」

 前を歩く村長がやれやれといった調子で首を振った。

「ならしょうがないですね」

 売れないバンドマンに入れあげて離婚を迫ってきた倫子らしい最期だな。

 周りの友人達に「失恋旅行行ってくる」とか言ってたらしいから、バンドマンにも振られたんだろう。


 ステージに上げられると、観客達の視線が自分に集中した。さっき歌っていたアーティストのバックバンドが、僕の後方でインストを奏でている。あ、これ僕の好きな曲だ。

 満点の星空の下、頬を撫でる海風が心地良い。

 僕を燃やすために男達が足元に薪を組み始めた。

「ちなみに、どんな神様を祀られてるんですか?」

 手持ち無沙汰だったので男の一人に質問する。

「アカシュモクザメ」

「アカシュモクザメ」

 ホオジロザメとかの方がかっこ良くて好きなのになあ、と思ったけど口には出さなかった。

 あっという間に準備は整い、男達は下がっていった。松明を持った村長と女将さんが僕の両脇に立つ。バンドの演奏が止み、静寂が訪れた。


「さあ皆様お待ちかね、」


 村長の口上の途中で、僕は右手を縄から抜いて隠し持ったナイフで女将さんの首を掻き切った。

 血しぶきがステージライトに照らされてキラキラと飛び散る。観客から悲鳴が上がった。

 目を白黒させている村長にも同様に斬りつける。男達が駆けつける前に身体中の縄を切り、自由を確保した。二人が落とした松明の火が、ステージに燃え広がる。バンドメンバー達が我先にとステージから逃げ出していく。

 煙と鉄錆の臭いが混ざって、僕の鼻腔をくすぐった。


 快楽殺人が僕のライフワークだ。

 娶った女を手に掛けるのが何より好きで、五人目の妻の倫子のこともどうやって料理しようか楽しみにしていたのに逃げられてしまった。

 欲求不満が溜まっていたから、こんな大観衆の前で殺人ショーを演じられるなんて何という僥倖だろう。

 一斉に飛びかかってくる男達を避けながら次の殺し方を考えていると、ステージに大きく影が差した。

 僕も男達も、観客すら驚いて上空を見上げる。


 そこには、特徴的な頭部をした巨大アカシュモクザメの姿があった。こちらに向かって飛んできている。僕は咄嗟に横に飛び退いた。

 男達を巨体の下敷きにしながら、しゅきピ様は着地した。

 逃げ惑う観客達の悲鳴と怒号が響き渡る。


「人間の血肉が好きなモノ同士、遊びますか」


 僕はナイフを構えた。

 熱いフェスの夜は、まだまだ終わらない。




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