第62話 眠り姫

 翌日になっても、チェリシアは目が覚めなかった。さすがに厄災の暗龍との戦いで消耗しすぎたのだ。看病はペシエラに任せて、ロゼリアはプラウスと話をしている。

「……というわけなのです」

 ロゼリアは、事の経緯をプラウスに説明した。チェリシアとペシエラが同じ夢を見て、魔物氾濫を警戒してやって来た、という建前にして。

 時間遡行や転生の話なんてしても、頭おかしいと言われて終わりである。なので、予知夢という形に落ち着けたのだ。これにはプラウスも納得したようだ。

 ただ、この魔物氾濫には疑問が残る。今はまだ春の三の月の半ばである。本来は夏の一の月に起こる魔物氾濫。前回のペシエラチェリシアが鎮圧した日が第一日だったとしても、一週間程度のずれがあるのだ。ロゼリアの中では、これが大いに引っ掛かっている。

 疑問は疑問だが、今はそれどころではなかった。内陸のカイスの村は、そろそろ海からの風で大変な事になる。地形的には南側こそ急な崖が待ち構えているが、東の方は山に挟まれたなだらかな部分があり、そこから暖かく湿った風が登ってくるのだ。

 この熱波への対抗策を、ロゼリアはチェリシアが使った魔法を自分流にアレンジする事にした。どうせチェリシアが目覚めるまで移動ができないのだ。暇な時間は有効に使うべきである。

 ロゼリアの持つ魔法の属性では、チェリシアの使う防御壁の展開は再現できない。しかし、風に対して同じ風魔法ならどうだろうか。そう考えたロゼリアは、泊まっている家の庭で試行錯誤を始めた。

 実は村の仕事を手伝おうとしたのだが、プラウスと村人に断られた。客人にそんな事はさせられないというのが理由だった。というわけで、ロゼリアは絶賛暇をしている。

(チェリシアの防御壁を風魔法で再現する。ただ、風魔法だと内部の空気が希薄になる可能性もある。……チェリシアが言っていたわね)

 ロゼリアは、真剣な表情で風魔法を操っている。十歳という年齢ながらに、魔法の腕前は大人顔負けである。……逆行前を含めるのなら、十分大人ではあるが。

 ロゼリアが魔法を使っていると、村の子どもたちがじっと見ている事に気が付いた。

(興味ありげに凝視しているわね)

 それもそのはず。カイスのような辺鄙な村には魔法使いが居ない事が多い。居たとしてもこき使われる事もあるので黙っている事も多い。そのため、村ではほぼ初めて生で見る魔法使いのはずである。

 ロゼリアが視線だけでなく顔を子どもの方に向けると、子どもはパッと走り出していった。

(何なのかしら……?)

 ロゼリアは首を傾げた。

「……気を取り直して、もう一度」

 その後も、魔力が切れそうになるまで鍛錬を続けた。

(結局、人一人分程度の大きさまでしかできなかったわ。暗龍の顔を囲むくらいの風は起こせるのに、防御壁と意識した途端にこれでは……。明日も鍛錬あるのみね)

 がっかりした顔で、ロゼリアはチェリシアの眠る部屋へとやって来た。部屋ではペシエラがチェリシアの世話をしている。

「お疲れ様、ペシエラ。チェリシアの様子はどう?」

「まったく反応がありませんわね。呼吸はしているから、眠っているだけなのは分かるけれど、目が覚めるのか不安になりますわ……」

 ペシエラの顔色が悪かった。不眠不休でいるようだ。

「あなたまで倒れてしまったら、コーラル子爵様が狂いかねないわ。私が交代するから、少し休みなさい」

 ロゼリアがそう言うと、ペシエラはしばらく黙っていた。そして、

「そうね。お姉様が目覚めた時に、私が倒れてしまっていては意味がありませんものね。……お願いしますわ」

 納得したように、ペシエラは隣の部屋へ行き、そのまま爆睡した。前回の自分の事があるからなのだろう。

 ペシエラが部屋を出ていくのを確認したロゼリアは、チェリシアの横に椅子を置いて座る。厄災の暗龍を倒した安堵からか、顔は安らかである。

 呼吸に合わせて掛け布団が上下する。チェリシアは生きているのだ。

 しかし、魔力の使い過ぎで、丸一日も眠ったままである。ロゼリアは、寝ているチェリシアの左手を取って、強く握る。

「本当にあなたは大した人よ。自らの危険も顧みず、全力を尽くすなんて……」

 泣きそうな顔をしながら、ロゼリアはチェリシアの手に額を近付ける。

「早く目を覚ましなさいよ。みんなを大切に思っているなら、さっさと元気な姿を見せて安心させなさい」

 ロゼリアの手に、祈るように力が入るのだった。

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