第61話 労い

 魔物氾濫を抑え、ロゼリアたちはその場に座り込んだままだ。気を失ったチェリシアも、今は静かに寝息を立てている。

「ああ、前回の私と一緒。あの時の私も、魔物氾濫を抑えた後、こうやって気を失っていたもの。起きたのは一週間後でしたわ」

 ペシエラはチェリシアを膝枕して、静かに語った。

「貧乏以外にも苦労していたのね」

 ロゼリアはペシエラのそばに寄って、スッと頭を撫でる。ペシエラは黙って頭を撫でられている。前回を思えば、あり得ない光景だ。

 しばらくは静かな時間が過ぎると思われたが、それはすぐに終わりを迎える。

「チェリシア! ペシエラ! 無事か?」

 突然、男の声が聞こえてきた。プラウスである。どういうわけか、娘たちの名前を叫びながら近付いてくる。まるで、そこに居る事を確信しているようである。

「お父様?!」

 ペシエラは思わず反応してしまう。

「おお、そこに居たのか」

 馬に乗ったプラウスは、ゆっくりと近付いてくる。そして、眠っているチェリシアを見つけると、馬から降りて近付いた。

「魔物氾濫を抑えたのか。まったく無茶をしおって。……ロゼリア嬢も、感謝する」

 ロゼリアは何も言えずにいた。

「厄災の暗龍の姿を見た。もううちの領地は終わりかと思ったが、いい娘たちを持ったものだ。私は幸せ者だな」

 プラウスの言葉に、ロゼリアとペシエラはほっと胸を撫で下ろした。……のも束の間。

「だが、王都から勝手に居なくなって、みんなに心配を掛けた事は見過ごせないな。チェリシアが目覚めてからにするが、罰を覚悟しておきなさい。ロゼリア嬢もな」

 プラウスは笑顔で怒っている。これにはロゼリアたちも「はい……」と返事をせざるを得なかった。

「さて、どうやって村まで運ぶかだが……」

 プラウスは悩んだ。

 人手を連れて来ようにも、ロゼリアたちをここに残していくのは気が引ける。部下たちを村に残してきた事を後悔した。

 プラウスが悩んでいると、ロゼリアが口を開いた。

「あの、私たちがここまで来た手段を、私の手で再現してみます」

 プラウスは、ロゼリアの言った意味が分からず、首を傾げた。

 次の瞬間、ロゼリアが魔力を込めると、目の前に空気の塊が現れた。

「なんだ、これは!」

 奇妙に渦巻く空気の塊に、プラウスは驚く。

「エアリアルボードですわ。私たちはチェリシアさんが生み出したこの魔法で、ここまでやって来たのです」

 プラウスは開いた口が塞がらなかった。エアリアルボードの魔法の仕組みが分からないから仕方がない。

 しかし、そのエアリアルボードを小規模ながら再現してみせたロゼリアも、魔法のセンスが高いのだろう。プラウスは唸っていた。

「チェリシアさんが展開したものよりも小さいですが、カイスの村まで移動するには十分でしょう」

 抜けていた腰も回復し始め、ロゼリアとペシエラはエアリアルボードに乗り込む。気を失っているチェリシアは、プラウスが抱きかかえてエアリアルボードに乗せた。

 ゆっくりとカイスの村へと戻っていくロゼリアたち。魔物の処理はしたいところだが、ロゼリアたちの消耗が激しいので、まずは休ませねばならない。

「プラウス様! ご無事でしたか」

 部下の一人が声を掛ける。

「ああ、無事だ。やはり娘たちが居たのだが、娘たちが魔物氾濫を抑えてくれたようだ」

「なんですと!」

 プラウスの言葉に、部下は驚きを隠し切れなかった。

「だが、討伐した魔物はそのままになっている。お前たちは村人を連れて魔石と素材の回収、それと討伐した魔物の処理を頼む」

「はっ、畏まりました!」

 プラウスは部下の反応は気にせず、すぐさま部下へと指示を出す。すると、プラウスの部下は慌てた様子で腕っ節のいい村人を十数名連れて、魔物氾濫のあった場所へと向かっていった。

 プラウスは村長に話をつけると、ロゼリアたちを空いた小屋で休ませる事にしたのだった。

「よく頑張ったな。さすがは自慢の娘とその友人だ。だが、マゼンダ侯爵には弁明をせねばならぬな」

 プラウスは父親の顔をしながら、娘たちの奮闘を労うのだった。

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