第60話 お父様は心配性
時間は遡る事、五日前。
プラウス・コーラルは視察の仕事を終えて、シェリアの子爵邸で収支報告書を眺めていた。
お昼にはシェリアで定番化した煮魚料理を食べており、プラウスは大変満足していた。
コーラル子爵領は、マゼンダ侯爵家令嬢ロゼリアの助けもあって、海岸部を中心に盛り上がりを見せている。
塩の精製、漁業、そしてオリーブの活用。今までに無かった産業が起こり、財政は少しずつ持ち直し始めていた。
しかし、課題はまだ山積みである。
内陸部の塩害と熱波だ。農地が使えない上に作物が育たない。これが大問題だった。
このままでは沿岸部と内陸部の貧富の差が拡大する一方。内陸部の領民から不満が出てこないとは限らなかった。
しかし、プラウスには別の心配もあった。娘たちがどこで得た知識なのかとても聡明だったからだ。姉のチェリシアに至っては、見せてもらった魔法も、目覚めたてにしてはレベルが高すぎた。いくら王子の婚約者候補になっているからとはいっても、油断をすればあちこちから婚約を申し込まれることは間違い無いだろう。
しかし、コーラル子爵家には跡取りが居ない。娘二人が嫁ぐ事になれば、長年続いた当家が滅んでしまう。さまざまな問題に、プラウスは胃を痛めるような日々を送っていた。
翌日の事、王都の子爵邸から早馬が着いた。血相を変えて飛び込んできた使用人が、とんでもない情報をもたらして、プラウスの胃に穴が開きそうになった。
「チェリシアお嬢様もペシエラお嬢様も、このような書き置きを残されていました!」
「なんだと?!」
渡されたメモを見て、プラウスは血の気が引いて倒れそうになった。
『カイスの村まで出掛けてきます』
カイスはコーラル子爵領の内陸部の高台にある村だ。東の海からの風と北の山の風がぶつかり、内陸ながらにして気温が年間通じてやや高めの不毛の地である。
シェリアの街からも馬車で十日もかかるような場所だ。そんな所まで子どもたちだけで向かう。プラウスの血の気は最高に引いた。
次の瞬間、プラウスは部下数名を連れて、馬でカイスまで向かっていた。馬車なら十日だが、馬なら半分弱の四日ほどだ。天才的な魔法の才能のある娘たちなら、もう現地に着いているかも知れない、プラウスの勘だった。
途中で雨に降られはしたが、四日後、プラウスはカイスの村に到着した。目の前に広がるのはのんびりとした雰囲気の村だが、娘が心配なプラウスは、その村に声を上げながら突撃していく。
ただならぬ雰囲気の領主の登場に、村人は困惑していた。どうしていいのか分からず、ただただお嬢様は見ていないと返すだけの村人とプラウスの間で、押し問答が延々と繰り返された。
その最中だった。
突然大きな揺れと共に、とんでもない魔力波が伝わった。魔法の行使はできないが、魔力なら多少感知できるプラウスは、その大元となる方向へ振り向いた。
「な、なんだあれは!」
ドス黒い瘴気が弾けたかと思えば、そこから現れたのは禍々しいまでの龍。鋭い二本の角にゴツゴツとした背中。プラウスもその姿を文献で見た事があった。
「厄災の暗龍……」
過去幾度となく現れ、一帯を灰塵に帰してきた厄災である。その姿にプラウスは、コーラル子爵領の終了のお知らせを受け取ったような表情を見せた。
ところが、突如として厄災の暗龍が光に包まれる。周りを囲むように光魔法が展開されたのだ。その中には厄災の暗龍の姿が黒く浮かび上がっている。
次の瞬間、厄災の暗龍の頭部の影が消える。そして、間髪入れずに大きな音を立てて、その巨躯が地面へと倒れていった。
プラウスは何が起きたのか全く分からなかった。同じように村人たちも目を白黒させている。
「お前たち、ここは任せた」
「プラウス様、どちらへ?!」
馬を走らせようとするプラウスに、部下が戸惑う。
「娘たちがあそこに居る気がする。お前たちは待っておれ」
「なんですと?!」
慌ててプラウスについて行こうとする部下。だが、
「いいか、動くな。村を守れ!」
「はっ! どうかご無事で!」
プラウスに一喝され、部下はその場に留まった。
その光景を背に、プラウスは馬を走らせたのだった。
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