第3話 夢の外へ
先に目覚めた
人工のクモの糸で織られた保護服はシアーな質感で、
この旅に出る前、地球で生活していた頃は、あんなに自由に触れ合えたのに…宏樹は思う。
勝手に心の壁をつくって、臆病になって、目の前に居るのに素直に触れることができないこともあった。
今から考えると贅沢な日々だった…
隣のカプセルで葉子が目を覚ました気配がした。
「何年ぶりかのおはよう」葉子がカプセル内で半身を起こし、宏樹を見た。
「ふたりをエデンの園に送るって、
RUBYとは、今ふたりが搭乗している宇宙船のAGI(汎用人工知能)の名前である。
「葉子が
葉子があわてて保護服の透明度を下げる。すると、半透明からマットな薄いラベンダー色に変わった。
「ここはふたりだけなんだから、恥ずかしがることもないだろう」
「宏樹が無駄に欲情しないように」と葉子が笑う。
目的地に着くまでは、複雑な個人設定がなされた各々のカプセルから出ることはできない。
地球を発ってから幾度睡眠状態になり、何回夢を見たのだろう。
ここでは、RUBYがすべてをコントロールしている。宇宙空間で進むべきコースを決定するのもRUBYだ。
「RUBY、あと何回夢を見ればいい?」宏樹が質問すると
「前回の夢は地球時間に換算して10年でした。同じような長編の夢を後3回見ていただく予定です」とRUBYがよどみなく答える。
「夢での出来事はほんのひとときだったのに、もう10年経ったのか」誰に言うともなく宏樹がつぶやいた。
RUBYによると、この未知の空間には時間を逆走するルートというものもあるらしく、目的地に着く時の年齢を想定して順走と逆走のタイミングとルートが決められるのだという。
「わたしたち、地球時間で言えばもう50年は旅している計算になるわね」と葉子。
「RUBYが綿密にルート計算してくれているから、お互いほぼ出発時点の年齢のままだ」
「このままずっと年を取らないっていうのもいいかも」
「でも、カプセルに入ったままで触れ合うことができないよ」
宏樹が自分のカプセルの側面に手を置くと、30cmほど離れたカプセルに入っている葉子も同じ高さに手を置いた。
お互いに目を閉じて想像する。
宏樹が葉子の腰に手を回し、片手で彼女の保護服のフックを外す。
サラサラと肩から
「宏樹も早くアダムになりなさい」微笑しながら葉子が言う。
そこでRUBYが無情に割り込んできた。
「ふたりとも心拍数が上がり過ぎています」
こうやって長年RUBYはふたりの健康と精神のバランス維持に努めてきたのだ。文句を言う筋合いはない。そのうえ人間の心理を読む才にも長けている。
「こんどは充分官能的な設定の夢をセレクトしましょう。そこで自由に愛し合ってください」と付け加える。
「それは楽しみだ」宏樹が言うと
「このカプセルから出られるまで
「ボクは感情が吐き出せる夢の時間がなければ、狂いそうだよ」
葉子がニヤリと笑った。
「またRUBYに注意されそう」
「今回の覚醒時メンテナンスの所要時間は船内時間であと3時間です」RUBYはこれからの予定を淡々と説明する。
「酸素21%、窒素79%で空調はOKです。あとは血液のモニタリングによって必要な栄養素の計算および不足要素の供給を行います。銀河宇宙線や放射線の船内モニタリングにも多少時間がかかります」
RUBYの報告はさらに続く。
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