第4話 水の星の記憶

 「RUBY、地球は今どうなってるの?」葉子が質問すると、中空にスクリーンが浮かび上がり、そこに映像が映し出された。


 水の星と呼ばれた青い球体が段々ズームアップされ、どこかの海辺が現れた。

 葉子が空中で画像をスワイプして四方の風景を確かめる。

 「モルディブかしら」

 「モルディブはかなり前に水没したはずだ」と宏樹。

 「残念ながら、温暖化の影響を食い止めることはできませんでした」RUBYが答える。

 「じゃ、ここはどこなの?」葉子がたずねると

 「日本の海辺です」とRUBY。


 宏樹がカメラの視点を鳥瞰モードにして高度を上げると、ちらほらと高層ビルの残骸らしきものが見えるだけで、あとは青い海と綠の森林ばかりだった。


 「アニメで見たような光景だな」と言う宏樹に葉子がつぶやく。

 「思っていたよりも美しい風景ね」

 「汚染された空気は見えませんから。ただ、人間がいなくなってから少しずつ改善はしていますが」とRUBY。


 放射性物質の消失には、その環境半減期を考えると、100年単位の時間がかかることだろう。海の汚染についても、豊かな生態系を取り戻すには長い時間を要するか、場合によってはもう元に戻らないのかもしれない。宏樹がそんなことを考えていると

 「人間がいなくなると美しくなるなんて、神さまの皮肉みたい」と葉子。

 「それは地球にいた頃から感じていたよ、天の警告みたいなものは」

 「みなさんが自覚しながら何もできないままに地球を放置せざるを得なかったのは残念です」RUBYがAGIとしての見解を述べる。


 カメラの視点が更に上がり、海ばかりが見える地点で止まった。

 「地球の30%は陸地だったはずだけど」と宏樹が首を傾げる。

 「これは海の割合が一番大きく見える「水球」の視点です」とRUBYが教えてくれる。

 「まるで生まれたての地球のようだ」

 「イザナギとイザナミが国造りをしたときもこんな風に見えたのね」

 女性の空想は一気に飛ぶものだ。宏樹もその跳躍に追いつくべく話を合わせる。

 「2柱の神さまがほこであの海をかき混ぜると、そのしずくから日本の島々ができるというわけか」

 「わたしたちもかき混ぜてみましょう」葉子が言うと、画面にそれらしい矛が現れた。RUBYのシャレたシワザだ。


 ふたりがスクリーンの方に手を伸ばすと、それぞれがホログラムの人物となり金色の矛をつかんだ。

 矛を海に浸けるとその先から水がしたたり落ち、島ができた。

 「それがオノコロ島、後の淡路島です」とRUBY。


 そして、次々と島を産み出してゆき、ふたりは日本列島を完成させた。

 「ゲームみたい」と葉子。

 「次はどうする?」宏樹がたずねると

 「わたしたちが出会った場所を訪ねてみましょうよ」と楽し気に答える。


 ネットの地図を開くように本州の該当する辺りをズームアップしてゆき、あれこれ位置と時間の調整をしながら、ふたりはようやく目的の場所にたどり着いた。


 「ほんとうにここ?」と葉子が疑問に思うくらい、そこには昔の面影はなかった。 無機質な瓦礫を木々と雑草の緑が覆い尽くそうとしているばかりだった。

 「あれから人の手が入らずに50年も経てばこんなものだろう」少なからず受けたショックをクールな言葉で隠しながら宏樹が言う。


 「ふたりが出会った街には、もう二度と戻れないのね」葉子がつぶやくと

 「戻れますよ」

 RUBYのその一言でスクリーンの映像が高速で変化し始めた。

 「今、おふたりの脳内記憶データを収集し、過去へと遡っています」



 高層ビルに囲まれた広い交差点を行き交う人々に夏の明るい日差しが降っていた。

 その人並みにカメラの視線が近づき、一人一人の顔が識別できるまでになったとき、葉子がスクリーンの中に宏樹をみつけた。


 「ここで出会ったのよね」


 交差点の真ん中辺りでふたりがすれ違い、気づいた葉子が声を掛け、宏樹が振り向いた瞬間だった。




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