第2話 原初の星

 宇宙船の窓から見えていたのは、ただの映像だったのだろうか…ヒロキが考えていると

 「息ができる」とヨーコが深呼吸する。

 「最初から地球だったのかもしれないよ」とヒロキ。

 「じゃ、ここはどこ?」ヨーコが宇宙船を振り返った後、ヒロキを見た。

 「地球に似た星かもしれないし、パラレルワールドかもしれない」適当に答えると

 「そうね」気が抜けるほどヨーコは素直に納得した。


 「それにしても何かしら違和感のある光景だな」ヒロキが言うと

 「あの森へ行ってみましょうよ、何かあるかもしれない」と意外に積極的なヨーコ。

 「何かいるかもしれないよ」

 「夢の中だから大丈夫」

 理性的な男より直感を信じる女の方が未知の旅には向いているのかもしれない。そう思いながらヒロキはヨーコの手を引いて森を目指した。


 「シュヴァルツヴァルトみたい」ヨーコが高い木々を仰ぎながら言う。

 ドイツの南部にある「黒い森」と呼ばれるシュヴァルツヴァルトは、常緑針葉樹のモミとトウヒが密に茂り、その名の通りの暗い森なのだという。

 「狼が出てきてもおかしくない雰囲気じゃないか」気づけば丸腰のふたりだ。危険な生物が突然目の前に現れたらなす術もない。

 「大丈夫よ。そんな場面になると突然手元に武器が現れたりするのよ」

 ヒロキの心臓は明らかに心拍数が上がっているというのに、ヨーコはゲーム感覚で楽しんでいるようだ。


 そのうち視界が開けてふたりは大きな川のほとりへとやって来た。

 水は清らかで数羽の白鳥が浮かび、魚が泳いでいる。


 「これは何の木だろう、丸い実が10個っている」川のそばにある不思議な形をした樹を見上げてヒロキが言った。丸い実は全部色が違っていて硬い人工物のようにも見える。

 「やっぱり、ここは地球じゃないな」とヒロキ。

 ヨーコは黄色い実に触れてみた。

 そして「これはセフィラかしら」とつぶやく。


 旧約聖書には、セフィロト(生命の樹)に生る実をセフィラと言い、透明な実を含めると合計で11個の実が生っていると記されている。

 「これがセフィロトだとしたら、生命の起源の星にやって来たということになるのだけど」とヨーコ。

 「なら、ここはエデンの園で、ボクらがアダムとイブ?」

 「アダムとイブはこの楽園を追い出されたわ」ヨーコもヒロキと同じことを考えていたようだ。

 何で追い出されたのだったか…ヒロキが考えていると

 「あの知恵の樹の実を食べたからよ」ヨーコが指さす樹には大きな灰色のヘビが巻きついていた。

 爬虫類が苦手なヒロキが思わず声を上げて一歩退くと、ヘビがうごめいて舌を出した。


 「あの実を食べなければ、追い出されはしないわ」特にヘビを怖がるふうでもなく、毅然としてヨーコが言う。

 多分、夢の出来事と思い込んでいるからあれほど勇敢になれるのだろう。けれども、ボクには無理だ。

 ヒロキはとにかくヘビから遠ざかりたい一心でヨーコの手を引いた。


 「でもね」ヨーコが振り返ってヒロキを見る。何となく微笑んでいるようにも見える。

 「生命の樹と知恵の樹の両方の実を食べたら永遠の命と尽きない知恵を持つ神になれるの」

 ヘビが鎌首をもたげてふたりを見た。

 その瞬間、ヒロキは有無を言わさずヨーコの腕をつかみ、もと来た道を夢中で走った。


 宇宙船に戻ると、ヒロキは荒い息を鎮めるためにドアにもたれて深呼吸した。ヨーコもコックピットの椅子に腰かけて肩で息をしている。


 「神になるってどういうことかわかる?」

 「すべてを支配することでしょ」ヨーコがそばにきたヒロキを見上げて言った。

 「すべてを愛することだよ…」

 そして少し間をおいて、「そうゴッホが言っていた」とヒロキ。


 ヨーコは有名なひまわりの絵を思い浮かべて微笑した。

 激しいタッチの絵からは想像できない誠実で繊細なゴッホの物語を思い出した。


 すると、機内のスクリーンに、あの絵画が映し出された。

 生命力あふれる黄色い花が揺れていた。


 ふたりは、懐かしい絵を眺めながら地球に居る気分を味わった。


 「あの邪悪なヘビは、原初から人間の心に棲みついているのかもしれない」ヨーコは思った。悲しい結末となった画家の人生を想いながら。

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