ジェネレーションギャップ
「まさか鈴木くんとも再会してるなんて」
手酌で飲みながら一人ごちる。
梨華はまだ帰っていない。互助会の依頼でまた変態を相手取ることになったと愚痴っていた。
可哀そうだとは思うがあの手の輩は潰しても潰しても沸いて来るので頑張って欲しい。
まあ変態はともかく問題は高橋くんと鈴木くん……いや、今はもう“さん”付けで呼ぶべきなのかもしれない。
「気まずい……気まずいけどぉ……」
ヒロくんとこれからも関わっていくのならあの二人の問題は避けられない。
関係を絶つつもりは当然、ない。また出会えたのだ。今度こそ……ってまたずれてる。
それだけ罪悪感があるということなのだろう。
「はぁ……被害者加害者で言えば私は圧倒的に被害者なんだけど……」
私の身柄を確保する目論見はヒロくんが全て叩き潰してしまった。
柳や鬼咲に思うところはあれど割り切ることが出来たのはそれが一番の理由だ。
まだ顔は合わせていないが奴らと会うのなら別段、私も気まずくはない。
それは結局のところ奴らが敵以上の関係ではなかったからだ。
しかし高橋く……さんと鈴木さんは違う。二人は友達だった。
「女一人……ちょっと疎外感を覚えることもあったけど」
楽しい日常を過ごせた。
私が表の世界で過ごす日々に憧れた一番の理由はヒロくんだけどあの二人もそれを気付かせてくれた恩人だ。
そう、だからこそ許せなかった。ヒロくんを裏切ったことにもそりゃムカつきはした。
でもそれ以上に許せなかったのはキラキラ輝く
陽だまりの中で何不自由なく生きて来たくせに何故、それに泥を塗るような真似をするのか。
「当たり前に在ったからこそ、それの本当の価値に気付けなかった……」
というのも多分、ある。
でもヒロくんと一緒に馬鹿をしている高橋さんと鈴木さんは本当に楽しそうだった。
あの時間を大切にしていたじゃん。何でそれを裏切るの?
多分、私はある意味でヒロくんより二人に対して裏切られたという気持ちが大きかったように思う。
『この……裏切者! 短●! ▲茎! 早■! 屑! サゲ××!!』
『チカちゃん……?』
戦場で出くわす度、それは酷い罵倒を浴びせたものだ。
今思い出したのなんて序の口だ。口にするのも憚られることを散々にぶつけてやった。
ヒロくんは引いてた。何なら叱られた。女の子がそんなこと言っちゃダメだって。
でも当時の私の罵倒のレパートリーは全部、ヒロくんが使ってたものの再利用だ。
だからヒロくんには説教する資格はないと思う……まあ当時は言えなかったけど。
「……気まずい」
ただただ気まずい。
あっちは気にしてないらしいし何なら私を狙ってたことを申し訳なく思ってるそうだ。
でも結局実害は出てないわけでしょ? ヒロくんのお陰で私は常に勝者の位置に居られた。
対してあっちは最後の最後までヒロくんに目論見を邪魔され続けた挙句あんなことまでされた負け犬の中の負け犬。
勝者が敗者を恨むのは何か違うように思えてならないのだ。
「でも、このままじゃマズイわよねえ」
近く、ヒロくんの誕生日がある。
二人は当然、誘うだろう。私だって誘いたい。梨華とも密かに何をプレゼントするか話合っているのだ。
どちらかを選ばせるような真似なんてしたくない。
理想は皆でヒロくんをお祝いすること……だけど私はまだ踏ん切りをつけられずにいる。
「情けないわね。そりゃ梨華にも失望されるわ」
と、そこで梨華が帰宅した。スルメイカをガジガジと齧りながら。
お行儀が悪いと叱りたいが地蔵のような顔を見ると何も言えない。お疲れ様です。
「あれ? ママもう帰ってたの?」
「ええ、仕事も落ち着き始めたから」
お盆休みに向けようやっとクールダウンしてきたところだ。
「ふぅん? おつかれー」
「そっちもね。……ねえ梨華、ちょっと相談があるんだけど」
「? 珍しいじゃん。良いよ、言ってみ」
「友達と喧嘩しちゃって気まずい関係になったら……梨華ならどうする?」
子供は時に大人でさえハッとするような意見を言ってくれる。
我が子に相談というのは情けないが、もう既に情けないところは散々見せているので今更だろう。
「ふーむ」
梨華はスルメを口の中に放り込みもしゃもしゃと咀嚼しゴクリと飲み込む。
さてこの子は何を言ってくれ……うん?
とてとてと梨華が私の後ろに回り込んだ。何かしら? 肩でも揉んでくれるの?
仕事と人間関係で疲れてる母親を労うため? あらやだうれし――――
「~~~ッッ!?」
バチーン! と盛大に背中を叩かれた。
え、まさかのDV? 何で? 何で? 何でこの場面で? いやそれより叱らないと。
「梨華! いきなり何を……」
「これが私の答えだよ」
「は?」
「そんな質問してる時点でさ、もう腹は決まってるんでしょ? 大人なんだからどうすれば良いか分からないわけないじゃん」
それは……。
「ママは誰かに背中を押してもらいたいだけ。だから景気づけに一発キツイのあげたってわけ」
「――――」
「はい、これでもうママは大丈夫! 仲直り確定♪」
Vサインをして笑う梨華を見て心底、思った。
「……敵わないわね」
子供らしく未熟なところは多々ある。
でも母親の私が思う以上に梨華は成長してる。同じぐらいの頃の私よりよっぽど立派だわ。
「ありがとう。ママ、勇気もらったわ」
「そりゃ長城……何で良かったって時に万里の長城出るんだろね?」
……でも、もうちょっと勉強を頑張ってほしいかな。
「ってかさ。ママ、友達と喧嘩とかするんだね」
「そりゃあ……人間だもの。喧嘩の一つぐらいはするわよ」
「ふぅん? 原因何なの? あ、別に言いたくないなら言わなくていーよ?」
「平気平気。梨華が前に海で会った高橋く……さんって居るでしょ?」
「ああうん。あのエッロいチャンネーだね。あの人と喧嘩したの?」
エッロいチャンネーて……。
「そう、高橋さんともう一人の子ね」
「何したの? されたの? ママの口ぶり的にどっちにも非があるんでしょ?」
「ええ。あっちは私を拉致って生贄にして世界を滅茶苦茶にしようとしてたのよ」
「……はい?」
「それでまあ、色々ムカついて口には出来ないような悪口を散々……」
「ちょ、ちょ、ちょ……ちょっと待って?」
「? 何よ」
「何よじゃないよ! そんな晩御飯の献立答えるみたいなテンションでして良い話題じゃないでしょ!?」
喧嘩の理由が突然ワールドクラスじゃん! と叫ぶ梨華に私は苦笑を返す。
「生贄云々は結局何一つ上手くいかなかったから良いのよ」
「いや良くないでしょ」
「いやだって私を狙ってた連中、皆ヒロくんに散々な目に遭わされてるから」
「散々な目って……」
「そうねえ。今、デジタルタトゥーって言葉あるじゃない?」
「う、うん」
「あの頃は今ほどSNSは発達してなかったけど仮に今と同じような環境だったなら」
「だ、だったなら……?」
梨華が恐る恐るといった風に聞いて来る。
「ヒロくんは入れ墨職人になって沢山の敵に消えない入れ墨を刻んでいたでしょうねえ」
ヒロくんに敵対した混沌の軍勢と真世界に所属していた者らは心に消えない傷を負わされ舞台を去って行った。
最終決戦まで残ってるような筋金入りの狂信者とかは普通に殺されたけどライト勢は……。
「……敵ながらホントに同情するわ」
「そこまでなの!?」
そこまでよ。完全被害者の私がドン引きするぐらい酷かった。
何が酷いって鬼畜の所業を行った理由が私への愛ゆえとか深い怒りとかじゃないのが本当に酷い。
いや私を狙ってたことへの怒りもあるにはあったんだろうけど……あの人、ホント軽いノリで社会的に殺しに来るから。
高橋さんと鈴木さんが居なくなってコンビで活動し始めたけどヒロくんの提示するプランに大体ドン引きしてたっけ。
まあ私も良心回路としては機能しなかったから共犯なんだけど。
「それで高橋さんと鈴木さんもねえ。強制的に性転換させられちゃったし……」
「性転換!?」
「そう。手術とかじゃなくオカルトパワーを使った完璧なそれよ。思考まで男性のそれから女性に変わるんだって」
「オジサンそんなこと出来んの!?」
「んもう……梨華ってばさっきから騒ぎすぎ。もうちょっと淑やかになさいな」
「いやこれで落ち着いていられるの相当頭おかしい奴だよ!?」
ふぅ……年頃の娘って難しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます