佐藤の枕Lv70

「「洗脳じゃん」」

「洗脳じゃねえよ」


 授業を終えて会長室に戻った途端、これである。


「どう考えても悪質な洗脳だろ」

「下手なマルチより恐ろしいよね」


 失礼な奴らだな……。

 何でディスる? むしろさぁ、俺の手腕を褒め称えるべき場面だろ。


「互助会の手間を省いてやっただけじゃん」


 バッキバキに圧し折った後でフォローを入れると会長は言っていた。

 だが俺は営業マン。それもかなり出来る営業マンだ。

 だから顧客の要望以上の仕事をしてみせたのよ。ケアの手間が省けてラッキーじゃん。


「いや、あれはあれで何か怖いんですけど……」

「まあ言いたいことは分かる。変な風に燃えちゃった結果、やらかした馬鹿がここに二人も居るからな」


 情熱を拗らせたら面倒だ。


「別に一回で済ませるわけじゃねえんだ。今回の授業は種まきみたいなもんよ」


 後々の授業で別に裏に居ることが偉いわけじゃない。

 普通に暮らして普通に天寿を全うすることも素晴らしいみてえな具合に吹き込むつもりだ。


「咲いた花は良い具合に剪定してやっからさ。まあ見てなよ」

「そこまで考えてのことでしたら」

「んじゃ、俺はそろそろ行くが良いよな? これから二人と飲み行くんだよ」

「ええ。今日はありがとうございました」

「うぃー」


 二人を伴って互助会の施設を後にする。


「どこ行くよ?」

「んー、あたしはどこでも。特にこだわりがあるわけでもねえし」

「私も、これと言って希望はないかな。佐藤くんが選ぶ店なら外れはなさそうだし」

「はー……主張出来ない十代ですか貴様ら?」


 だがまあ良い。


「リクねえんなら俺の希望通させてもらうぜ?」

「「どうぞどうぞ」」

「じゃ、宅飲み! 鈴木んちにいきた~い!!」

「は? 私の家?」


 忘れたのか鈴木? 俺をこんなにしちまったのはお前なんだぜ。


「だってさ。舌が完全に親子丼のになっちゃってるんだもん」

「あ? 親子丼?」

「おう。お前が来る前、鈴木と駄弁ってたんだが今日は生徒さんに美味しい親子丼の作り方を教授してたらしいのよ」


 正直な話をしよう。ガキどもの指導してる間も頭の中は親子丼のことでいっぱいだった。

 無理無理。親子丼食べないと今日はもう眠れない。


「お前はリーマンの貴重な睡眠時間を奪うつもりなのか?」

「何その斬新な脅迫。というか奪ったところでまるで私に痛手がないんだけど?」

「人の心とかないんか?」

「というか君なら一年ぐらい寝なくても全然大丈夫だろ」

「やだやだ! 親子丼! 親子丼た~べ~る~の~!!」


 切り札。その場で駄々をこねるを発動!


「こ、コイツ……! うちで面倒見てる子供らのがまだお行儀良いぞ!?」

「何て見苦しい……分かった分かった。でもそういうことなら」

「おう。金は全部俺持ちで良いぜ。ガンガン高いの買ってくれ……いや買え」


 高級食材も俺じゃ潜在能力を活かしてやれねえが鈴木は違う。

 プロの手で調理されるならその潜在能力を余すことなく発揮出来る。


「っかし、また宅飲みか」

「また?」

「ああ、こないだコイツのマンションで飲んだんだよ」

「……佐藤くんの家で?」

「おう。まあつまみは出来合いのもんだけだったがな。でも今回は期待出来そうだ」

「……」

「そういや高橋。テメェが寝ゲロしたせいで俺の枕がまだ臭いんだが?」

「買い替えろ。金は腐るほどあんだろ」

「バッカおめー、使い慣れた枕の良さを知らんのか」


 あの枕はレベル70ぐらいまで育てた枕なんだよ。

 新しいの買ったらまた育成のやり直しじゃねえか。


「加齢臭くせえ枕なんだ。早晩ダメになってたろ。買い替え時だ」

「こ、コイツ……!」


 まるで悪びれてねえ!?


「……予定変更」

「「あん?」」

「やっぱ佐藤くんの家にしよう」

「あ~? 俺っとこは最低限の調理器具しかねえぞ? お前ん家のが……」

「よくよく考えたら家、人を招けるほど綺麗にしてないんだよ。私の家はまた今度で良いじゃないか」

「俺らがそんなん気にする間柄かよ」

「あのね、私は女になったんだよ? 変わってるところもあるんだ」


 それ言われたら何も言えねえじゃん。


「ついでだ。佐藤くんの家の調理器具もアップデートしよう」

「しても使わんわ」

「私が使えば良い。昔みたいな関係に戻ったんだから家に行くことも多くなるだろうしご飯ぐらいは作ってあげるよ」

「マジかお前」

「ああ、プロの腕を定期的にタダで使えるんだからそれぐらいの初期投資は安いもんだろ?」

「っし! 分かったそういうことなら異存はねえ!」


 ガンガン金使っちゃう。


「何ならキッチンそのものを大幅改修して良いぞ。あのー、俺さ。一回生でデッケエトラフグとか捌くとこ見てみたかったのね」

「ガンガン使おうとしてくるこの人……ってか賃貸でしょ君? そんな大きな改造出来るわけないだろ」

「そういやそうだ」


 ンならこの機に家を買うのも悪くねえか?

 今のマンション、独り立ちしてからずっと住んでるけど何となく決めただけだしな。

 良い機会だし俺の俺による俺のためだけのベストプレイスを建造するのも良いんじゃないの?


「思いつきで家買おうとするなよ」

「金の使い道がねえんだよ~お前にとっても悪い話じゃねえだろ~?」


 何せ他人の金で自分の好きなようにキッチン作れるんだからな。

 他人の金でする豪遊ほど楽しいものはない。

 思い出すな、若かりし日を……人間相手の討伐、捕縛依頼だと必ずカツアゲしてたっけ……ふふ、良い思い出。


「ああ、確かにそれは良い気分だ」

「……おい、話がまとまったんならさっさと行こうぜ。あたし腹減ったよ」

「お、そうだな。まあ家云々はまた今度しっかり考えるべ。高橋も何か希望考えとけよ~」

「……あたしも?」

「おう。どうせ俺が実家居た時みてえに溜まり場になるのは目に見えてんだからリクぐらい聞いてやるよ」

「へっ、そうかよ」

「……」

「じゃ、行くか!!」


 大型ショッピングセンターであれこれ買い込み、俺の家へ。

 家に着くと鈴木は早速、料理の準備を始めた。

 俺と高橋はその間、犬のように待てを決め込むことに。


「千佳さんも来れれば良かったんだがな~」


 プロの美味い飯をタダで食える良い機会なのにね。


「……西園寺さんか」

「……あたしらにあれこれ言ったの気まずく思ってるんだったか?」

「おう」

「西園寺さんは妙なとこで真面目だよね。確かにボロカス言われたけど……」

「普通に悪いのこっちだからな」


 まあね。拉致って生贄にしようとしてたんだから問答無用で加害者だよお前ら。


「佐藤くんの影響で表での暮らしに憧れ始めてたからね」

「だってのに自分や他の人のそれを踏み躙ろうってんだからキレて当然だ」

「今断罪されても不思議じゃないぐらいだよ」

「まあそこはほら、既に首魁二人を許した……ってか割り切ったしな」


 元は友人でもあった高橋と鈴木なら含むものは少ないだろう。


「……柳か」

「……鬼咲か」

「あん? 何だよ」

「いや……あの柳が……なあ?」

「あの鬼咲が……だもん」

「何だよお前らまだ気にしてんのか」

「「するだろ」」


 声を揃えるな。びっくりするだろ。


「かつて共に夢を追った同志がホームレスになってたんだぞ?」

「かつて共に夢を追った同志がオカマになってたんだよ?」

「どうリアクションすれば良いんだ……」

「どうリアクションすれば良いのさ……」


 項垂れる二人には悪いけど、


「ウケる」

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