嘆きの街角

 下心をメラつかせていた俺だが、先生の話が終わりいざ実践って段に入る頃にはすっかり消え失せていた。


「勝手なイメージだけど俺、チキンライスって手軽なもんだと思ってた」

「俺もです」

「だよな」


 テキトーに具材切ってフライパンにドーン!

 良い感じに炒めてからご飯投入してケチャップ絡めてはい出来上がり! みたいな?


「全然そんなことない……」


 今、俺はケチャップライスの素を仕込んでる。

 中火で植物油とにんにくを色がつかない程度に炒めて玉ねぎ、セロリ、人参を投下。

 しんなりするまで炒めたら……えっと、次はハム入れてブイヨンとトマトピューレ……。


「あ、佐藤さん強火にし忘れてます」

「げ……そうだったそうだった」


 トマトの酸味を飛ばすんだっけか?

 クッソ、めっちゃやること多いじゃん……ご飯に普通のケチャップドバー! じゃダメなのかよ……。


「まあ、これだけ丁寧にやるから美味しいものが出来るんでしょう」

「……そうだな」


 面倒は面倒だが、しかし美味いものを食べるための労力と思えば仕方のないことだ。

 ポジティブに考えよう。これはこれで楽しいじゃん、と。


「――――そろそろ良い感じですね。トマトケチャップを入れて沸かせましょう」

「あ、先生」


 ひょこっと俺の肩から顔を出した先生がアドバイスをくれる。

 えーっと、ケチャップケチャップ……こんなもんかな?


「ちなみにこれ、出来上がったソースはパスタなんかにも使えるので便利ですよ」

「ほうほう」


 今回はチキンライスに使う分だけだが家で作るなら多めに仕込んでおくのが吉ってことか。

 余剰分を冷凍しとけば次の日の献立が少し楽になると。


「確かにナポリタンのベースに使えそうだ」

「ナポリタンかぁ……オカンが作ってくれる手抜き感マシマシのが好きだったな」


 こういう本格的なソース作ったりとかじゃなくてさ。

 カットしたウィンナーと玉ねぎをテキトーに炒めてパスタ投入、目分量でケチャップドバー! な感じ。


「ふふ、舌に馴染んだご家庭の味は特別なものですよね」

「ええ」


 にしても……おぉぅ、鎮火していた下心がまたメラメラと……。

 俺は悪くねえよ。品のある笑顔でドキドキさせる先生が悪い。


「はいじゃあ火を弱めて時々かき混ぜながら十分ほど煮ましょう」

「「っす!」」

「良いお返事ですね。じゃ、私はこれで。何か分からないことがあったら遠慮なく聞いてくださいね」


 そう言って先生は他所のグループを見に行った。


「は~……ええわぁ……」

「佐藤さん。顔が尋常ではなくだらしないです」


 モチベーションという名の炎に更に薪がくべられたからだろう。

 面倒な作業も何のその。ルンルン気分で料理に取り組むことが出来た。

 そしていざ実食。俺と光くんは顔を見合わせスプーンでオムライスを掬って口に運び……カッと同時に目を見開く。


「美味ッ! めっちゃ美味い!!」

「苦労して作った甲斐ありますね!」

「ああ! これが手作りの醍醐味ってわけだな!!」


 これよりクオリティの高いプロのオムライスを食べたことはある。

 美味かったさ。味は断然、プロのが上だよ。

 しかしその時よりも満足感があった。光くんが言うように苦労して作ったからだろう。


「今度、母さんや妹たちにも作ってあげないと」

「俺も社長に作ってマウントを取らないと」


 そこからは俺も光くんも無言だった。無言でスプーンを走らせたよ。


「はー……食った食った」


 腹だけじゃない。心も満腹だ。


「うん?」


 さすさすと腹を撫でていると違和感を覚える。

 首を傾げながらエプロンのポケットに手を突っ込むとがさり紙の感触が。

 特に何も入れてなかったはずだが……。


「!?」


 それは一枚のメモ用紙だった。

 “もしよろしければ今夜、会えませんか?”という文言と共に連絡先が記されている。

 思わず目をかっ開き先生を見る俺。


「……」


 先生は微笑を浮かべ頷いた。

 俺は内心の動揺を悟られないよう鎮めつつ、了承の意と共に頷き返した。

 そして俺は何食わぬ顔でスマホを取り出し先ほど脳裏に焼き付けた連絡先を用いてメッセージを送る。

 二十時に×××でどうでしょう? とな。

 あちらも俺の意図を了解したのだろう。少しして「問題ありません」との返事が来た。


(――――来てる、来てるよ俺の時代が)


 この時代の名を佐藤と名付けても良いんじゃねえのか? そう思うぐらいビッグウェーブが来てる。


「光くん、この後暇かい?」

「大丈夫です」

「じゃあちょっと遊ぼうぜ」


 料理教室を後にした俺は光くんを伴って街へ遊びに出た。

 時間潰し、という面もあるがそれ以上に浮かれた気持ちを発散したかったのだ。

 一人でやってろよとお叱りを受けるかもだが一人じゃつまらない。

 なので光くんに付き合ってもらうことにしたのだ。


「あ、佐藤さん。後でで良いんですけど鍛錬に付き合ってもらったりとかは……」

「勿論構わないとも。それなら先に鍛錬の方が良いな。二、三時間ぐらいやってから軽く遊んで帰ろうぜ」

「ありがとうございます」

「何の何の」


 それから夕方の六時ぐらいまで特訓したり遊んだりで時間を消費。

 夕飯に誘われたが用事があるからと涙を呑んで断り、一時帰宅。

 シャワーを浴びて身を清め少し休憩してからビシっとキメて待ち合わせ場所へと向かった。


(……やっべ、待たせちまった!?)


 早め――二十分ぐらい余裕があったのだが先生は既に待ち合わせ場所に居た。

 しくった……! いやだが、ここからだ。ここから挽回すれば良いのだ。

 俺は即座に気持ちを切り替え、ゆっくりと歩き出す。

 するとあちらも俺に気づいたようでパっと顔を明るくしてこちらに向かって来た。


(むふふ……!!)


 止め処なく加速する下心。しかしそれを表には出さぬよう心の東京湾へ沈める。


「こんば」

「まさかあんな場所で君に会うとは思ってもみなかったよ」


 うん?


「久しぶりだね佐藤くん。元気そうで何よりだ」

「……はい?」

「え」

「え」


 キョトンと顔を見合わせる俺と先生。


「…………佐藤くん?」

「え、えっと……その、どこかで会いましたっけ?」


 俺がそう言うと先生は渋い顔になり深々と溜息を吐いた。

 そして、


「…………気づいてなかったのか。私――いや“僕”だよ僕。鈴木だよ」


 す、ず、き……?

 少しの時間をかけて脳がその言葉を理解し、


「あ、あ、あ」


 俺は膝から崩れ落ちた。

 そしてダン! と拳を地面に打ち付け叫んだ。


「お前……お前……鈴木かよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 き、期待させやがって! 期待させやがってェ!!

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