ひとりじゃできないもん!

 善は急げ。俺はその言葉に従い高橋と飲んだ翌日、お料理教室について調べ始めた。

 善は急げって良いことは躊躇せずやれって意味だけどよ~。急げって急かされるの何かモヤらね?

 こう、宿題やろうとしてたとこでオカンからさっさと宿題せえや! って言われるのに似てる。

 何で急かすんだろうなって考えて思ったんだが……多分、アレだ。

 良いことだと分かってても日々の忙しさで後回しにしてたら結局やんなくなるからだろ。

 人間って昔からそういう生態なんじゃないかと――――話がずれたな。


 まあそういうわけで俺は評判の良さそうなお料理教室を調べ幾つか候補を見つけた。

 んでその内の一つで直近、八月一日に体験教室みたいなのをやってるらしく丁度休みだったので即申し込みをした。

 参加費もクッソ安かったしまずは雰囲気を知りたかったから渡りに船だ。

 とは言え一人じゃ不安だったので……。


「光くぅうううん! ホント、ありがとねぇええええええええええええ!!」

「いえいえ、俺も興味ありましたしむしろ誘ってくれてありがとうございます」


 光くんに着いて来てもらうことにした。

 申し込みする前に電話して聞いてみたんだが快諾だったよ。

 待ち合わせ場所でも俺より早く来てるし、つくづく気遣いの男やでえ。


「これからは光くんのこと快男児光って呼ぶよ……」

「それはやめてください」

「あ、はい」


 バッサリだった。

 何はともあれ強力な仲間が一緒なんだ。恐れるもんは何もねえ。

 ちなみに社長を誘わなかったのは忙しいから気を遣ったとかじゃない。マウントが鬱陶しいから排除したのだ。

 だってさ。俺がお料理教室に興味あるとか言ったら絶対……。

 「おやおやおや~? 興味なさそうだったのに。何だい何だい、結局やるのかい?」とか言うもん。

 その後で「でも良いことだ。僕としても啓蒙した甲斐があったよ」ってドヤる。


(ククク、お料理スキルを磨いてマウントを取るのは俺だってことを思い知らせてやるぜ……!!)


 え? 俺より早く料理習ってたのにまだそのレベルなんですか?

 あれだけ大口叩いていたわりに……まいったな。勧めてくれた上司より上手くなっちゃうとか気まずいな~。

 溢れる自分の才能が今だけは憎いっすわー。あ、これからは手を抜きますぅ?

 ってな感じでな。


「佐藤さん佐藤さん、何かすっごく悪い顔になってますよ」

「気のせいさぁ」

「う゛すっごく胡散臭い笑顔……」

「ま、それはさておきそろそろ行こうか」

「はい」


 お料理教室が開かれるビルへと歩き出す。

 駅からそこそこ距離あるのが微妙に不便だが、それでも評判良いんだから期待出来るってもんよ。

 講師の人に対する好意的なコメントが特に多かったな。優しい、教え方が丁寧とかな。

 MIO先生って人で写真なんかは載ってなかったが……俺の勘では多分、美人だ。そこも期待してる。


「ところで佐藤さん」

「うん?」

「この前、吉野さんから佐藤さんが駆け出しの頃の話を聞いたんですけど」

「パイセンから? ……まいったな。あの頃の俺は自分で言うのも何だが殆どヤカラみてえなもんだったし」


 誰に対してもそうだったわけじゃないが……。


『佐藤くんってさ。悪人になら何しても良いと思ってない?』


 そこまで仲が深まってない頃の千佳さんにそんな苦言を呈されるほどだったからな。

 そして困ったことに指摘通り、本当にそう思ってたんだよね。いや今も思ってる節がある。


「じゃあ、やっぱり放火したのも……」

「放火? ごめん。焼き討ちは両手の指じゃ足りねえぐらいやったからどれのことかわかんない」

「そんなにやってたんですか!?」

「うん」


 別に火を見るのが好きってわけじゃ……いやうん、それもある。

 キャンプファイヤー然り、盛大に燃えてる炎ってそれだけでテンション上がるよね。


「まあでも、真面目な話をすると火って結構有効な手段だったりするのよ」


 あの頃の俺は今みたいに強くはなかった。

 弱さを補うためにはあれこれ考えて立ち回る必要があったからな。

 焼き討ちは趣味もあるが弱さを補う策の一つでもあったわけだ。


「そう、なんですか?」

「ああ」


 本能的なものだ。超人と呼ばれる人種であっても人間の枠からは抜けられない。

 強い奴の中にはその手の本能を捻じ伏せられたり、ハナからネジが外れてるイカレた奴も居るが……。

 まあそういうのは少数派だ。大多数の奴らは人間の本能に縛り付けられてる。


「論より証拠だな」


 ポケットの中に入れていた100円ライターを軽く弄って改造ライターにする。

 そして光くんの顔の近くで着火。


「うわ!?」


 立ち上る炎。咄嗟に距離を取る光くん。

 ちなみに認識阻害を発動しているのですれ違う人々はまるで気にしていない。


「つまりはまあ、そういうことよ」


 今の光くんなら仮に直撃してても何てことはない。

 にも関わらず彼は咄嗟に距離を取った。それは何故か? 炎を恐れる根源的な性ゆえだ。


「この手の反射的な行動は訓練で押さえつけたりは出来るが、それでも完全にってのは無理だ」


 そして訓練してる奴であっても不意打ちでやられると訓練の成果を十全に発揮するのは難しい。

 だから俺は相手の思考を乱し狭める手段として焼き討ちを多用していたのだ。


「……なるほど」

「とは言え、だ。昔は今より裏の民度がクソだったから過激な手段に出てた面もある」


 だから真似しろと言うつもりはない。

 光くんの性格的にこの手のやり方は向いてないだろうしな。

 向いてないことを無理にやらせても逆に足を引っ張るだけだし。


「っと、そうこうしてる内に着いたな。光くん、覚悟は良いかい? 俺はまだちょっと不安」

「……平然と港に火を点けられるのに何でお料理教室にビビっちゃうんですか」


 中に入ると……まあ予想通り女性が多い。三十人ぐらいか?

 男も料理する時代だっつってたけど俺らを含めて四人しか居ないじゃん。

 エプロンに着替え、手洗いを済ませ授業が始まるのを待つ。

 五分ほどで先生がやって来たのだが……。


(――――やっぱ美人!!)


 茶髪をウェービーボブにしたすらっとした感じの美人さんだ。

 良い、良いねえ。高橋みたいなムッチムッチボディも素晴らしいが清楚系スレンダーも好きよあたし。


「……今日はオムライスみたいですね」

「……体験教室だからまずは簡単なのってことだろうな」


 ああでも良いじゃん。オムレツをパカって割って作るふわふわオムライス。

 あれを家で……自分の手で作れるってのはかなりテンション上がる。


「……佐藤さん、どうしましょう。先生の話聞いてるとお腹空いてきました」

「……ああ、俺もだ」


 やっべえぞこれ……あ、先生と目が合った。

 何やら驚いている様子。まあ傍から見れば俺と光くん、親子みてえだしな。

 父親が息子とお料理教室行くとか物珍しい目で見てしまうのは当然だろう。

 とりあえず俺は渾身のスマイルを返した。

 いやね、別にそういうつもりがあるわけじゃないけど……ほら、ワンチャン……ね?


(! これ、手ごたえありか!?)


 先生は一瞬ポカンとしたが直ぐに顔を赤くして俺から目を逸らした。


(うっひっひ、楽しい一日になりそうだぜ!!)

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