惨劇

(……色々疑問はありますがこの状況はよろしくないですね)


 マンションの共用部分で痴女みたいな恰好の美女が泣いているとかヤバいとしか言いようがない。

 姿を見せた以上、人払いはしているのだろうが私の精神衛生上よろしくない。


「と、とりあえず私の部屋に行きますよ」


 さめざめと泣くタナトスの手を引き自分の部屋へ。

 部屋に到着しても泣いているタナトスをソファに座らせ、私はとりあえずコーヒーを出した。


「…………タナトス、なんですよね?」

「…………はい」


 まだ泣いているが会話出来る程度には落ち着いてくれたようだ。

 コーヒーは偉大だ。開発者? 発見者? には心からの敬意を。


「一体何が……いや、それよりもその格好をどうにかしましょう」


 私は女なのでエロい格好に興奮するとかはない。

 が、それはそれとして精神衛生上よろしくないのは事実だ。

 知己の男が何でか女になってアホみたいな格好してるとか話に集中出来ない。


「とりあえず私の服を貸しますので」

「……無理です」

「はい?」


 何を言っているんだ? 困惑する私にタナトスは立ち上がり言った。


「……お嬢様。全力で私――いや、私のこの破廉恥なリボンに権能を用いて攻撃をしてみてください」

「は? いきなり何を……」

「……お願いします」


 有無を言わさぬ雰囲気に呑まれ私は頷く。

 ……部屋の中で全力で攻撃とかしたくはないが……まあ結界を張れば良いか。

 部屋を傷付けないよう準備をした上で私は再度、大鎌を召喚し切っ先に死の権能を乗せた。

 触れれば生き物なら即死し、無機物なら風化する絶死の刃。

 同じ死神であるタナトスであろうとやばいのだが……タナトスに触れないようリボンだけを斬り飛ばせば大丈夫、か?


「い、いきますよ?」

「……はい」


 大鎌を振るう。狙い違わずリボンに触れるが、


「――――は?」


 接触した瞬間に大鎌は根本から砕け散ってしまった。

 ヘファイストス神が手ずから鍛え、父ハデスが馴染ませた大鎌。

 それが冗談のように破壊されたのだ。唖然とする私にタナトスは言う。


「……見ての通りで御座います。これは、どうにもならないのです」

「な、何が起きているのですか……?」


 というか脱げないにしても上から何かを羽織ることは出来るのでは?

 最初、姿を現した時は外套で全身を覆ってたわけですし……。


「……とりあえずあの夜に何があったかお伝え致します。テレビをお借りしても?」

「え、ええ」


 タナトス(痴女のすがた)がさっと手を振るとテレビに映像が映し出される。


「あの夜の、記録に御座います」


 標的である佐藤英雄と見知らぬ女がタナトスら死神と対峙している。


『ぶわははははははははははははははははは!!!』


 心底人を見下しった態度で佐藤英雄が笑っている。


『何を嗤うッッ!?』

『嗤わずには居られるかよ。ぺらっぺらの嘘吐きやがってからに』


 ……見抜かれていたのか。

 佐藤英雄は理路整然とタナトスらの嘘を暴いていった。


(……何ともまあ)


 佐藤英雄はハデスという神をよく理解していた。

 何度もやり合ったからかその性格は完全に把握されているようだ。


(そして私……いや、後継者の存在も……)


 サーナ・ディアドコスがそうであるとは気付いていない。

 人間への偽装もそうだが可愛がっている子供の友達という立場が大きいのだろう。

 その立場ゆえ私は彼から庇護する存在だと認識されている。

 ……梨華さんに接触したのは間違いではないようだ。


「…………強い」


 画面の向こうでは若返った佐藤英雄たちとの戦いが始まっていた。

 見知らぬギャルもかなりの強者だが……やはり佐藤英雄。彼は別格だった。

 徒手空拳のみで相手取っているのだがその技量が尋常ではない。

 見れば分かる。女はともかく佐藤英雄は完全に遊んでいた。

 タナトスらを虚仮にすることしか考えていない。


「……」


 ちらっとタナトスを見やる。悔しそうに唇を噛んでいる。

 まあ、そうだろう。全霊を振り絞っても力を引き出すどころか攻撃を当てることすら出来ないのだから。

 戦いとも呼べぬそれは小一時間ほどで終わった。結局、タナトスたちは何の成果も上げられなかった。

 ……だが解せない点が一つ。


『な、何故殺さない!? ここで我らを見逃したところで決して諦めはせんぞ! 策を練り何度でも貴様に……!!』


 そう、そこだ。

 佐藤英雄はタナトスたちを殺さなかった。仲間の女が殺めそうになるのも止めていた。

 タナトスの問いに佐藤英雄は下卑た笑みを浮かべながら言った。


『へへへ……いやね? 新宿のアインシュタインとも言われる俺の高IQが導いちゃったのよ。殺すよりも面白いことをさ』

『ンなあだ名ねえだろ……で? 面白いことってあによ?』

『まあ見てな』


 両手をパンと合わせるや、


『――――TS神拳奥義“万拳豪雨”』


 空から無数の拳が降り注ぎ戦いに参加した死神全員を打ち抜いた。

 彼らはけたたましい悲鳴を上げドロドロに身体が溶け……どういう理屈か全員が女になっていた。

 全員が全員、人に近しい姿をしていたわけではない。

 中には異形の死神も居たはずなのに全員が人間に近しい姿になっている。


(……しかも、全員美女)


 女になったのはこれのせいか? しかし何のために……。


『ひひひ、よう死神くん。テメェら全員クッソ雑魚だったけどさぁ。まあ何? 雑魚にしては頑張った方だと思うんだよねえ』


 性格の悪さがこれでもかと滲みでた表情だ。

 ……いや彼からすれば楽しい旅行の最中にいきなり喧嘩を売られたわけで好意を抱く理由なぞ微塵もないのだが。


『だからさ。褒美をくれてやるよ。俺の力の一端を見せてやろうじゃん』


 子供たちを巻き込むことへの怒りも見せていたしその態度は正当なものだ。

 正当なもののはず、なんだけど……。


『呪術だ。俺は呪いが結構得意でな』


 黒い靄が佐藤英雄の身体から噴き出す。

 呪いだ。何て濃密な呪詛……あんな出力、見たこともない。


『即興で強力な呪いを編み上げることが出来る――――こんな風になァ!!!!』


 呪詛の触手がタナトスたちに絡みつくや全員の服が吹き飛んだ。

 だが呪いは止まらない。全裸になるや呪詛は形を変え様々な痴女ルックになったのだ。


『何だこれ!? く、クソ! 脱げない!!』

『どうなっている!?』

『あ、あ、あ……』


 絶望の帳が下りた。


『良かったなァ! お前ら立派に仕事果たしたぜェ!?』

『ケケケ! こりゃ傑作だ! 流石佐藤だぜ! 天井知らずの悪辣さだァ!!』

『酷いこと言うなよ。俺は圧倒的な力量差にもめげず戦い抜いた偉大な戦士に敬意を払っただけさ』

『それがこれかよ!?』

『ああそうさ』


 こ、これは……。


『ご主人様に見せ付けてやんなよ! その姿を! 仕事の成果をさァ! ギャハハハハハハハハハハ!!!』


 桃源にはあまりにも似つかわしくない悪魔の如き嘲笑。

 子供わたしたちに向ける気遣い溢れる姿を知っているだけにそのギャップでどうにかなってしまいそうだ。


『あー! 気分良いぜ~歌うか? 歌っちゃうか!?』

『歌っちゃえよォ!!』

『歌うかァ! タンバリンは任せた!!』


 花咲き風舞う楽園の中、どこからか取り出したマイクで熱唱し始める佐藤英雄。

 それに合わせて狂ったようにタンバリンをかき鳴らす謎の女。そして絶望に涙を流す死神たち。


(何ですかこの地獄絵図は……)


 そこで映像は終わった。


「……これが、事の始終にござ……ござい……御座います……ッッ!!」


 こ、言葉が見つからない……。

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