悪童跋扈

 夏真っ盛り。

 大人はともかく子供にとってはボーナスタイムのようなもの。

 理性を溶かして夏を謳歌している者が多いだろう。

 しかし、西園寺梨華と暁光は学生ではあるものの夏を楽しんでばかりはいられなかった。


「ッ……!?」


 佐藤が社長にマウントを取られている頃、光と梨華はある街の外れに建つ廃墟の中で異形を相手取っていた。

 異形が振るった爪を間一髪で回避するが、完全には避け切れなかったらしい。

 光の頬からつぅ、と血が垂れる。迂闊には近づけない。

 光が攻めあぐねていると、


「暁くん! 頭ァ!!」

「!」


 光は反射的にその場で思いっきりしゃがんだ。

 それとほぼ同時に光の背後に回っていた梨華が風を放ち異形を吹き飛ばした。

 ガンガンガンと壁を破壊しながら吹き飛ぶ異形だが……死んではいない。


「めっちゃタフ……!!」

「……ああ、どうしたものか」


 敵は兎に角硬かった。そして動きも中々に速い。

 こちらの攻撃はロクに効いていないのにあちらの攻撃は一発で致命傷になりかねない。

 そのプレッシャーは中々のもので二人は暑さからではない汗を額に浮かべている。


「オジサンならあんなのデコピンで消し飛ばしちゃうんだろうけど……あーあ、私もオジサンぐらい強かったらなぁ!!」

「佐藤さんだって最初から強かったわけじゃないさ。きっとこんなピンチを何度も潜り抜けてあそこまで強くなったんだ」

「ごめん、ちょっと愚痴っただ……あ」

「?」

「オジサンだよオジサン!」

「あ!」


 そこで光も思い出す。

 時折、二人は佐藤に鍛錬をつけてもらっている。その際、彼は子供らが動けなくなると休憩がてら色々な話をする。

 その中に硬い敵への対処法について語っていたことを二人は思い出したのだ。


『硬いつっても色々ある。まずはそいつがどういうタイプなのかだな』


 鎧や外殻を纏った結果、硬くなっているのか。そういうのは特になく肉が硬いのか。


「「あれは……肉!!」」


 相手取っている異形は筋肉が硬いタイプだ。


『そういう手合いは外殻タイプと違って動きが阻害されることもねえからなぁ。

速かったりもしてわりと厄介だが……じゃあ対処法がないかって言えばそうでもねえ。

料理と同じさ。ほら、よく言うだろ? 肉は叩いて柔らかくするってよぉ』


 それを実践してやれば良いのだと佐藤は言った。


『ダメージ与えるとかそういうことは考えなくて良い。とりあえず数だ。数ぶちこめ。

一点集中じゃダメだ。全身に満遍なく叩き込むのが大切だ。そうすりゃ力んで硬くなっていた肉が疲労で徐々にやわこくなってくからよぉ。

ああでも目とか柔らかそうな部分はいきなり狙わんのがおススメ。一気に尻に火が点いて抵抗が激しくなるからな』


 二人は顔を見合わせ、頷き駆け出した。


『んでこれは別に硬い奴だけってわけじゃねえがよ。イケるなこれって思ったら調子ぶっこいちゃえ。

もう勝負はついた。テメェに勝ち目はねえ。所詮貴様はじわじわ嬲り殺されるだけの哀れな生き物でしかねえ!

ってな。メンタルが上向くと身体のキレも良くなるからよ。ああでも、油断しろってわけじゃねえからそこは気を付けてな』


 風で、拳打で。足を止めず只管に肉を叩いていく。

 いける、やれる、既に勝利の道は定まった。

 勢いそのままに駆け抜け十数分後、二人は異形を討伐し戦いを終えた。


「ふぅー……暁くん、お疲れ」

「西園寺さんも……しかし、最近依頼のレベル上ってるよね」

「次のステップ進んだってことでしょ」

「……どれぐらいのレベルなんだろうね、今回の敵は」


 そんな話をしていると、


「ルーキーにはかなり危ない。そこそこ慣れた奴にはちょっと危険。ベテランからすれば雑魚ってとこかな」

「「あ、吉野さん」」

「や、見事な立ち回りだったよ」


 二人の教導役を務める吉野彰が姿を現した。


「とは言えキツイ相手だったから相当お疲れみたいだし少し休んでから帰ろうか」


 途端に蒸し暑い廃墟に冷気が満ちる。

 子供らの顔が和らいだのを見て吉野はクスリと笑いスポーツドリンクを差し出した。


「ありがとうございます……そうですか、あれで雑魚なんですね」

「そうだねえ。厳しいことを言うが才能のない人間でも三年ぐらい裏に居れば楽に対処出来るだろう」

「……何というか、キリがありませんね」


 上を見上げても果てがなくここまで鍛えれば安泰……なんてラインがないのはキツイ。

 そう愚痴る光に吉野は苦笑する。


「そればっかりはしょうがないさ。何があっても大丈夫なんてのは世界で佐藤さんぐらいじゃないか?」

「オジサンかぁ……会う人会う人やばいやばい言ってるよね」

「実際やばいからね。裏の世界に入りたての頃からやばかったよ」

「あ、そういや吉野さんってオジサンの先輩なんだっけ」

「先輩っていうか……二か月ぐらい早く裏に足を踏み入れただけだよ」

「あのやばいって……? 才能が尋常ではなかったとか最初からとても強かったってことですか?」


 佐藤は自分たちと似たようなものだと言っていたが……首を傾げる光に吉野は言う。


「いや力とか才能って意味ではそうでもないよ? 同じぐらいの時期で比べるなら二人のが強いぐらいさ」


 才能についてもそこに注目している者は居なかったとのことだ。


「じゃあやばかったってどーゆーこと?」

「……まず前提として裏の新人教育は年々、優しいものになってる。私らの頃は最初からハードなのも多かった」

「「はあ」」

「裏に入って一か月目ぐらいだったかな? 表の人間に害を成すある取引を潰せって依頼を請け負ったんだ」

「え、そんなのやらされるんですか? たった一か月で?」

「……まあ複雑な事情もあってね。ともかく佐藤くんたちはその依頼をこなすことになったんだが」


 正面からでは半ば無理ゲーレベルの敵だったのだという。


「私も心配でさ。互助会の施設で会った時に撤回してもらうよう掛け合おうかって言ったんだが」

「「が?」」

「よゆーよゆーで笑い飛ばされた。そしてその夜のことだ――――港が燃えた」

「「は?」」


 取引が行われていたのは多くの作業員も居る大きな港の一角にある使われていない倉庫だった。

 佐藤はあろうことかその港全体に火を点けたのだ。


「一応言っておくと一般人の死者や怪我人が出ないように考えてたみたいだよ。実際、死人はゼロで怪我人も軽傷のみだ」

「い、いやそれもそうですが……な、何のためにそんな……」

「相手の動きを封じるためさ」


 裏の人間は認識阻害の術を多用するが、別に万能というわけではない。

 誤魔化す人数や事象の規模が大きければ大きいほど使うのが困難になっていく。

 佐藤は一般人を巻き込み目を増やすことでそれを封じたのだ。


「外道働きをしていた連中は多くの一般人に紛れて避難することを選んだ。

転移やコッソリ逃げ出すという方法もあったけどそうならないよう誘導したんだ。で、避難のどさくさで後ろからグサリさ」


 二人は唖然としていた。

 彼らにとって佐藤は気の良いオジサンでそんな過激なことをしているとは思ってもみなかったのだ。

 裏の世界に足を踏み入れてそこそこ経ち、尚且つその人柄を知っているので恐怖や忌避感などはないが……それでもその衝撃は大きかった。


「目撃者も居たけど彼は互助会のルールを熟知していたからね」


 取引されていたものの危険度と悪質性を鑑みるに仕留めることの功績が上だと判断したのだ。


「庇ってくれるラインだと踏んで実際その通り、互助会は後始末をして佐藤さんたちが罪に問われることはなかった。

被害の補填にかかるお金とかでうるさく言われても「屑どもから吸い上げたの使えば良いじゃん」で押し通した。

当時の互助会はわりと腐っててそういう連中から吸い取った金は懐にしまわれるのが常だったんだけど……」


 佐藤は周囲を巻き込み、金を使わざるを得ない状況を作り上げたのだ。


「腐ってるし権力もあるが絶対ってわけじゃない。

ここで金を使わない方が後々損をすると判断させて全額、裏の金で賄わせたんだよ」


 さっきの庇ってくれるギリギリのラインを突いたのもそう。

 あそこで庇わなければ信頼を失い結果的に損をするからというのを分かっていてやったのだ。

 と、そこまで語ったところで吉野は遠い目をした。


「信じられるかい? 裏に足を踏み入れてたった一か月だよ? やばいだろ」

「「やばいですね……」」

「あの三人が揃ってるとホントもう、ロクなことが起こらない……」

「「三人?」」

「え……あ、ああ。佐藤さんと一緒に裏へ巻き込まれた人間が二人居てね。その人たちとチームを組んでたんだよ」


 誤魔化すように吉野は続ける。


「二人はもう裏から退いてるけど三人でやってた頃は本当にやばかった。悪ガキって言葉があれほど似合う人間を私は知らないよ」


 しみじみとした言葉に二人は愛想笑いを返すことしか出来なかった。

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