敗北

 旅行から帰還した翌朝の目覚めはとても爽快なものだった。

 二日目の夜に少々ケチはついたが子供らとの楽しい思い出に旧友との和解。総合で見れば大幅にプラスだ。


「皆おっはよー! 今日も一日、頑張ってこー!!」

「うわ、部長すごいご機嫌……」

「ホント分かり易い人だな」

「ただの有給明けじゃないね。あれはかなり有給を満喫してる」


 呆れ半分感心半分の視線が心地いいぜ……。


「ぶちょー、お土産はー?」

「土産話なら幾らでも……やめて、そんな白けた目で見ないで。ちゃんとあるから」


 つってもそう大したもんはないがな。

 レジャー的には中々良いとこだが名産とかはあんまなかったし。


「部長、こちら休暇中に溜まっていた分になります」

「はいはい、すまんね」


 上手いこと回るよう調整はしていたが、どうしたって俺じゃなきゃ捌けない分もある。立場的にな。

 そういった仕事から順々に片付けていく。

 休み明けのダルさなど微塵もなく心身共に冴え切っている今の俺には何てことのない仕事量だ。

 そのままロクに休憩も取らず仕事に没頭し、昼休みのチャイムが鳴った。


「部長ー、私たちとお昼行きません?」

「すまんねえ。今日は社長と食べる約束なんよ」

「社長と?」

「うん、自慢話に行くんだ」

「子供か」

「いやでも部長のそういうとこって良いと思うよ?」


 出社前に購入したパンの袋を手に社長室へ突撃するのであった。


「いや~やっぱ子供って可愛いですねえ。オジサンオジサンって弾ける笑顔で……天使かな?」

「開口一番それかい。僕ぁ仮にも社長だよぅ?」

「あ、すいません。飲み物はコーヒーでお願いします」

「うーん、この図太さ」


 言いつつもリクエストに答えてくれる社長はイイ男だと思う。

 と、そこで気付く。テーブルの上にあるお弁当箱。


「やけに可愛いお弁当箱ですけど今日は愛妻弁当ですか?」

「ううん僕の手作りさ」

「……料理とか出来たんです?」


 そこそこ長い付き合いになるが社長が料理出来るなんて一度も聞いた覚えはない。

 社長の性格上、料理とか出来るなら自慢げに作ったもの持って来そうなものだが……。


「最近、始めたばかりさ」

「ほう? やっぱあれですか。歳食うと何か知らんけど蕎麦とかうどんとか打ち始めるオッサンの習性的な?」

「そんな習性な……いやあるな。僕の父親とか近所のおじいさんとかそういや蕎麦打ってたわ」


 だが社長のは違うらしい。


「実はさぁ、二か月ぐらい前からネットの料理動画にハマっててさ」

「……まさか、その影響?」

「うん。最初はさ、美味しそうだなー楽しそうだなーって眺めてるだけだったんだけど」

「満足出来なくなったと」

「そう! それで妻に教わりながら色々やってるんだ」


 始める動機が子供のそれじゃん……。

 いやまあ、俺も人のことを言えた義理ではないけど。


「それでまあ修行の一環で弁当を持参するようになったのさ。今朝も横で妻に指導してもらいながら頑張ったよ」

「ある意味愛妻弁当ですね。朝から夫婦で共同作業とは……おお、熱い熱い」

「茶化すなよぅ」


 言いつつも社長は嬉しそうだった。


「ってか弁当見せてくださいよ。どんな感じなんです?」

「勿論。食事の誘いに乗ったのは君に見てもらうためでもあるからね」

「俺に?」

「うんほら、君って公私しっかりしてるけど私の部分では歯に衣着せないでしょ? 評価にはピッタリじゃないか」

「ふむ……じゃあ神の目と神の舌を持つ俺が評価して進ぜよう」

「急に図に乗り出した……じゃあ、はい」


 少し恥ずかしそうに社長が弁当箱を開いてみせた。


「あらやだ可愛い」


 パンダを模したミニおにぎり。ミニコロッケ、ミニハンバーグ。ウィンナーは赤でタコさん。

 野菜はミニトマト、ポテサラ、きんぴら。品数もそうだが見た目が良い。

 これをシャッチョが作ったのか……奥さんに横でケツ叩かれながらにしてもすげえな。

 いやだって男の手作り弁当だぜ? 茶色縛りでもしてんのかよって感じになると思うじゃん普通。


「見栄えは良いと思いますよ。うん、お弁当! って感じで俺は好きです」


 学生の頃に「これ、お弁当ね」って渡されても中身これなら不満はないと思う。


「そうかいそうかい。ふふ、まあでも見た目も大事だが一番は味だよ味ぃ。食べてみてくれたまえよ」

「はぁ……ってか社長はどうするんです?」


 流石に俺も全部は食べねえよ? 一口ずつぐらい頂くつもりだ。

 でも一口ずつでも満遍なくとなればそこそこ量も減る。昼からの腹具合が寂しいものになっちゃうぜ。


「ああ良いよ。足りなきゃあとで何かテキトーに買うし」

「じゃあ俺のパンをちょっと分けますよ」

「良いのかい?」

「弁当を食べさせてもらうわけですしね」

「頼んだのは僕の方なんだが……じゃあ、お言葉に甘えようかな」

「ええ」


 テンション上がってちょっとやり過ぎなぐらい買ったし三つ四つ譲り渡しても問題はない。

 社長に袋を渡し、俺は用意されていた割りばしを割って弁当に挑む。


「どれ……何から頂きましょうかねえ」

「うわ、何このラインナップ。統一性もクソもありゃしない。完全にテンションのままに選んだでしょこれ」


 うるせえな。

 まあ、まずはおにぎりからにしようかね。パンダさんを崩すのはちと悲しいがやむなしよ。


「ふむ……あー、社長これちょっと塩気効きすぎじゃないですか?」

「そ、そうかい?」

「しょっぱッッ!? ってほどじゃありませんがしょっぺえなこれ……ぐらいはあります」


 ガンガン身体動かす肉体労働系ならこれぐらい塩効かせててもありかもしれんが……。

 俺も外回りとかないわけじゃないが激しい運動量とは言えない。社長にいたっては基本会社だしさ。

 食べる人が誰なのか。その視点を忘れちゃいけないと思うのよね(謎の上から目線)。


「ハンバーグ……あーこれ火加減ミスったっしょ。外は焼けてるけど中は若干……」

「う゛……やっぱり気付くか」

「コロッケの方は逆に火が通り過ぎてちょっと焦げてるなこれ。ソースで誤魔化す小賢しさに減点」

「ホント、ズバズバ言ってくるなコイツ」

「いや忌憚ない評価をって言ったのアンタでしょ」


 その後も順次、気になったことを指摘していく。

 総合的には見栄え89点、味67点ぐらいかな。

 社長は俺の指摘を全部、事細かにメモしていてマジ料理にのめり込んでいるのが分かった。


「いやはや参考になったよ。また今度、リベンジしても良いかい?」

「はぁ、まあ俺で良ければ」

「ハッハッハ、じゃあその時は頼むよ。ところで君もどうだい? これを機に料理を始めてみたりなんて」

「料理~? いや俺は美味いのを食べるのは好きですけどぉ」

「面倒だって? まあ確かに最初はそうかもしれんがね」


 その後、俺は昼休みが終わるまで料理マウントを取られることになった。


(……あれ? マウントを取りに来たのは俺だったはずでは?)


 何この敗北感??

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