異邦人

 海水浴場に到着したのは十時を少し過ぎた頃だった。

 これぐらいに着くよう出発時間を決めたが、予定通りに事が進んで俺もご満悦だ。

 こっから昼までの二時間ちょっとを全力で遊び倒して昼飯は海の家で……ええやん。


「ん? どうした光くん」


 小さい子供も居るので煙草はまずかろうと棒キャンディを舐めながら女性陣の着替えを待っていたのだが……。

 ふと見れば光くんが俺をじーっと見つめているではないか。


「……いや、何というかその格好すっごく似合ってるなぁって」


 感心したような呆れたような、そんな感じだ。

 今の俺の出で立ちは下は派手な海パン、上はこれまたド派手なアロハにグラサン。

 軽薄。その二文字がピタリとハマるファッションだと思う。


「イケてるだろ~?」

「は、はあ」


 まー、これ似合う良い歳こいたオッサンってどうなのよって気持ちも分かるがね。

 でも俺はこういうんも好きだから問題ない。


「光くんもアメちゃん食うか?」

「……いただきます」


 二人でぺロペロすること十分。

 元気な声と共に女性陣がやって来た。


「おっまたせー!!」

「「せー!!」」

「お待たせ致しました」


 梨華ちゃんはセパレートタイプの水着。スポーティな感じと形の良いおへそが大変グッド。

 双子ちゃんは色違いのワンピースタイプ。可愛いね。

 サーナちゃんはビキニだが……デッッッ! エッッッ! としか言えんですわ。はい。


「皆、似合ってるぜ~? 俺も中々のもんだと思うがね」

「「オジサンちゃらーい♪」」

「ほどよい軽さが売りの佐藤英雄、佐藤英雄をよろしくお願い致します!」

「選挙か」

「それよか日焼け止めはちゃんと塗ったかい? 塗り忘れるとマジで地獄見るからよ」

「だいじょぶだいじょぶ。ね?」

「問題ありません」

「藍と一緒にぬりっこしたよ!」

「変な感じに日焼けするようにしようと思ったけど我慢した!」


 よしよし、問題はなさそうだな。


「「ねえねえオジサン! 行って良い? もう海行って良い!?」」

「準備運動してからな」

「「えー」」

「お前たちワガママ言わないの! ほら、始めるぞ!!」


 子供らが準備運動を始めた横で俺は拠点作りを開始。

 まあ拠点つってもパラソル突き刺してシート敷くだけなんだが。


「こんなもんか」


 設営を終え、シートに寝転がる。

 軽くビールでも……と行きたいがそうもいかんのが引率の辛いとこだ。


「「ひゃあああああああああああああああああ!!」」

「あ、ちょ、ちょ、待ってよ藍ちゃん! 翠ちゃん! サーナちゃん、うちらも行こ!」

「は、はい!」


 準備運動を終えた双子ちゃんが横を駆け抜けて行き、その後を追うように梨華ちゃんとサーナちゃんも。

 うっお、サーナちゃんすげえ。ぶるんぶるんって擬音が聞こえてきそうだぁ。


「光くんは行かないのかい? 監視はバッチリだから気兼ねせずに遊んでも良いんだぞ」


 海は楽しいが危ない場所でもある。

 親御さんから預かった以上、万が一も許されない。

 なので俺は複製した自分の目を上空に配置し何があっても即応出来るように準備してある。


「ちょっと疲れたので休憩してからにしようかなと」

「ああ、そこそこ長い時間車乗ってたもんな」

「佐藤さんは泳がないんですか?」

「それは後だな。最初は砂遊びをするって前々から決めてたんだ」

「す、砂遊び……ですか?」

「おう」


 遊びに行くと決まった日からね。海行ったら何しようって考えてたのよ。

 考えた結果、本気で砂遊びをするのが楽しそうだなって。


「どうだ? 光くんも一緒に城作らねえ? ちゃちなそれじゃなくてマジなのを」

「……じゃ、じゃあちょっとだけ」


 この顔……楽しそうだと思ったな。

 子供のやるシンプルなのじゃなく本気で砂城を作るとなればねえ。男の子だから擽られるものがあるに決まってる。


「どんなの作ります?」

「ベースは日本風で、めっちゃ強そうなの作るぞ。最強無敵佐藤丸……いや佐藤丸は何か間抜けだな。暁丸にしよう」

「あ、暁丸ですか……ちょっと恥ずかしいような……」

「いやでも佐藤よりカッケーじゃん」

「……まあ、自分で言うのも何ですが暁って苗字はカッコ良いって俺も昔から密かに思ってます」

「暁丸に決定だな。っし、それじゃまずは基礎だ。手は抜けねえぜ?」

「分かってます。しっかりした基礎なくして堅固な城塞なんて夢のまた夢ですからね」


 男二人、気を引き締め築城に取り掛かった。

 水を運び砂に混ぜ、しかし混ぜ過ぎないよう気を遣いつつ、ペッタラペッタラ土台を作っていく。

 言葉も少なくマジに作業をしていると、


「あれ? 佐藤じゃんよ」

「良い歳こいて砂遊びっておめー」


 その声に顔を上げるといかにもなチャラそうな外人二人が呆れたように俺を見ていた。


「有馬ブラザーズじゃねえか。テメェらこそこんなとこで何してやがる」

「バイトだよバイト。ここの海の家でバイトしてんだよ」

「マジか。昼、海の家で食べるつもりなんだがおススメある?」

「どれも外れはねえが、強いて言うなら焼きそばかな? ソースがちげえんだソースが」


 ほう?


「あの、佐藤さん……こちらの方々は?」

「ん? ああ、光くんも何となく察してるみたいだが裏の人間さ。互助会にも所属してる」

「有馬勇一ってんだ。よろしくぅ」

「有馬真央だ。よろしくな」

「更に補足すると異世界人だ」

「はぁ!? いせ……異世界!?」


 しかもコイツら元の世界では勇者と魔王だったりする。

 ブラザーズの世界では定番の勇者と魔王、人類と魔族の対立構造があった。

 二人はそれぞれの代表でバチバチやり合ってたんだが、


「実は俺らん世界にゃ対立構造を作り出した黒幕が居てよぉ」

「広く信仰されてる神が実は邪神で人類も魔族もそいつに良いように操られてたわけ」

「何やかんやあって俺とコイツも一時休戦して人類と魔族が力を合わせ邪神をぶっ倒したんだが」


 そこで話は終わらなかった。

 長年の対立による溝? まあそれもあったらしいがそこは双方、何とかしようと歩み寄り始めてた。

 でも、コイツらだけは納得しなかったんだ。


「人類魔族云々よりコイツが気に入らねーって決着をつけようとしたんだが……分かるだろ?」


 人類、魔族の代表とも言える二人がやり合えば色々台無し。

 どちらの陣営も必死に説得したんだが「個人の問題だ」と聞く耳を持たず……。


「「お前らもうどっか行けって世界から追放されちまったんだなこれが! わははははは!!」」

「えー……?」

「んでこっちに流れ着いたとこに俺がバッタリ居合わせてよ」

「「二人まとめてシバキ回されたぜ! ぎゃはははは!!」」


 事情を聞いて、その上でこちらの説明をすると流石に他所の世界に迷惑はかけられんと二人は矛を収めてくれた。

 そして元の世界に戻る方法もないしと互助会に所属し日本で生きていくことに決めたわけだ。


「……そういう事情のわりには、何か仲良くないですか? それに兄弟って」

「ああ、実際最初はこっちでも仲悪かったんだわコイツら」


 異世界をエンジョイしようとあっちこっち行くんだがどこ行ってもかち合ってしまう。

 最初はイライラしてたみたいだが、


「最終的にゃ牛丼屋でコイツと和解したのよ」

「ぎゅ、牛丼……」

「食の好みってのは重要だぜ~?」


 お気にの牛丼屋が同じ。これが切っ掛けになったらしい。

 同じ牛丼を愛する者同士ってことで、そこから徐々にまっとうな交流を始めたのだ。

 そんで最終的には偽造戸籍で兄弟になるぐらいに意気投合。今に至るってわけだ。


「……牛丼……牛丼……」


 頭を抱えて何度もそう呟く光くん。まあ、気持ちは分かる。

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