蘇る記憶

 有給を取得するのと旅行をめいっぱい楽しむため三割増しぐらいで気合を入れて仕事を頑張り辿り着いた旅行当日。

 昨日も残業でロクに寝ていないが俺のコンディションは最高だった。


「すいません、お世話になりっぱなしで」

「何の何の。俺も楽しんでるんで御気になさらず」


 まだ日も昇り切っていない早朝。

 俺はキャンピングカーで光くんの住むアパートの前に乗りつけていた。

 準夜勤であまり寝ていないであろう百合さんを起こすのは忍びないが……何もなしに行くわけにもいかんからな。


「百合さんもご一緒出来れば良かったんですが」

「いえいえ、子供たちだけでもありがたいですし」


 俺の有給に合わせて都合良く休みが取れるわけでもなく百合さんも千佳さんも旅行には不参加だ。

 かと言って二人に合わせると今度は引率の俺が有給取れず……申し訳ない。


「万が一がないよう全霊で子供らを守りますんで、どうぞ安心して子供らの帰宅を待ってあげてください」

「はい、お願いします。あ、そうだこれよろしければ朝食に」


 百合さんが風呂敷を差し出す。

 中を確認するとたくさんのおにぎりが入っていた。運転手の俺が食べやすいようにとの配慮だろう。


「ありがたく頂きます」


 そうこうしていると光くんが双子ちゃんの手を引き下に降りて来た。


「「オジサン、おはよー……」」

「おはようさん」

「……すいません」

「いやいや、子供だししょうがないだろ。車ん中で寝かせてあげな」


 寝れるよう準備は整えてあるからと言って光くんを促す。

 光くんは一礼し車の中へと入って行き少しして戻って来た。


「じゃあ母さん、いってくるよ」

「ええ。佐藤さんにあまりご迷惑をおかけしないようにね?」

「勿論」

「それじゃあ百合さん、俺たちはこれで」

「お気をつけて」


 二人で車に乗り込み、発進。

 これから梨華ちゃんと梨華ちゃんの家に泊まってるサーナちゃんを迎えに行くのだ。


「これってレンタルですか?」

「私物だよ。表で使うのはこれが初めてだけど」

「表で……え、これ裏で何かするために買ったんですか?」

「ああ。五年ぐらい前かな。裏でバトルカーレースが流行ってね」


 どうしてそんなことになったのかは未だによく分からん。

 ただあの時期、裏の世界が妙な熱気に包まれていたことはよく覚えている。

 皆、違法改造した車両で空・陸・海を狂ったように走ってたわ。


「大型トラックと装甲車で迷ったんだが」

「何故そのチョイス……」

「ごつい車が好きなんだよ」


 そして金はあるのにセコいのが俺だ。

 どうせデカイ買い物するならバトル以外にも使えるのが良いなと思い大型のキャンピングカーを購入。

 まあ結局、本来の用途で使うのはこれが初めてなわけだが。


「車で行くとは聞いてましたけどこんな本格的なキャンピングカーで来たんでびっくりしましたよ」

「まー、普通のバンとかでも良かったんだがな」


 キャンプするわけじゃん?

 俺や光くんは外でテント張って寝るのも問題ないが女の子はどうか分からん。

 実際やってみてこれ合わないかもってなったら寝られる場所が必要じゃん。


「そこまで考えて……佐藤さんってホント、気遣いの人ですよね」

「気兼ねなく楽しむためだよ。あ、おにぎり食べて良いかな?」

「あ、じゃあ俺が出しますんで」

「悪いね」


 光くんからおにぎりを受け取り、口に運ぶ。

 ……おかか……おかかじゃん……これは幸先良いな。

 基本、おにぎりの具はどれも好きだが一番好きなのはおかかだ。何かほっとする味なんだよね。


「俺も食べようっと」


 パクつきながら車を走ることしばし。千佳さんのマンションに到着する。

 五分ぐらい前に連絡を入れていたので既に出ていた三人とは直ぐ会えた。


「悪いわね、ヒロくん」

「気にすんなって。それよか昨日も遅かったんだろ? 無理しなくて良いのに」

「流石にそういうわけには……梨華、ヒロくんにあんまり迷惑をかけないようにね?」

「はーい」

「サーナちゃん、困ったことがあったら遠慮なくヒロくんに頼るのよ? こう見えてすっごく頼りになる人なんだから」

「はい。お気遣いありがとうございます」

「あ、ヒロくんこれ朝ごはん。簡単なもので悪いけど」


 千佳さんもか……悪いねえ。

 中身はサンドイッチか。良いね良いね。おにぎりもサンドイッチも大好きよ俺。


「サンキュ。ありがたく頂かせてもらうよ」

「ええ。それじゃあ、気を付けてね?」

「ああ。それじゃあまた」


 さあ、改めて出発だ。


「ねえねえオジサン、双子ちゃんは?」

「後ろで寝てるよ」

「ああ、朝早いもんね。私も結構眠いし」

「眠くなったら寝て良いぞ」

「うん。ってかさ、キャンピングカーなんだね。外で普通にテント張るんだと思ってた」

「テントも積んであるよ。外で寝るのが合わない時はこっち使えば良いさ」


 それに寝床以外にも色々使えるからな。

 簡易キッチンやら充電やら、まあまあ不自由はしないと思う。


「英雄さんはこんな車も所有しておられるぐらいですしキャンプはよくされるのですか?」

「ははは、まあそれなりにね」


 こんな車持ってるけど本来の用途で使うのは初めてです、とは言えんわな。

 じゃあ何のために所有してんだよって言われたら答えられないもん。


(にしてもキャンプ……キャンプか……)


 キャンプの経験がないわけではない。

 小学校の頃に学校の行事で一回と中学で友人と二回ぐらい。そして……。


『あぁあああ! 下痢が! 下痢がとまんねぇえええええええええええええええええ!!!!?』

『佐藤ォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!! ん? あれ!? 俺も腹の調子が……!?』

『佐藤くぅううううううううううううううううううううううん!!!! ちょっと待って僕も……あ、あ、あ……!?』


 蘇る、青い春……いや青くはねえな。

 どっちかっつーと茶色っつーか……。


『『『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?!!』』』


 そしてキャンプでもねえな。あれはサバイバル訓練だ。

 互助会がニュービー向けにやってたやつでいきなり拉致られて無人島に放り込まれたっけな。

 流石にあれはどうなのよと今は廃止になったが……もっと早くにその判断を下して欲しかった。

 いや当時の互助会は腐ってて訓練にかこつけて気に入らないのを排除しようって思惑もあったっぽいし無理か。


「佐藤さん? 何か顔色悪くなってますけど大丈夫ですか?」

「……すまん。ちょっとキャンプの嫌な思い出が蘇った」


 文字通りクソみたいな思い出だ。

 でもまあ、


(悪いことばっかでも……なかったかな)


 今思えば、だけど。

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