夏の日暮れ

 四時を少し回ったところで海水浴を切り上げ、キャンプ地の山へと向かった。

 互助会が保有している山なので勝手に道を作ったりキャンプをし易いよう土地を整えたりと好きに出来た。

 本来は訓練だったり異形の飼育に使っているのだが今日は貸し切りだ。

 安全面についても子供らに害が及ばないよう事前に何度も確認したので問題はない。

 事前に予定していた場所に車を停め、早速準備を始める。


「さて、早速テントとカレーの準備をしようか」

「「はーい!!」」

「藍ちゃんと翠ちゃん、梨華ちゃん、光くんはカレー班だ」

「……私、ぶっちゃけ調理実習ぐらいしか料理の経験ないんだけど大丈夫かな」

「俺も似たようなものだけどカレーくらいならまあ……ああでも飯盒でご飯炊くのは初めてだからちょっと不安だな」


 飯盒と炊飯器で悩んだのが、悩んだ末前者にした。

 折角のキャンプだからな。キャンプっぽい方が良いだろうと判断したのだ。

 まあ失敗した時用にパックご飯も用意してあるからダメだった時はパックを湯煎で作れば良いだろう。


「んでテント班は俺とサーナちゃんだ。頑張ろうな」

「はい。初めてなので拙い部分も多々あるかと思いますが全霊で取り組みます!」


 そこまで気張らんでも良いんだが……まあ良い。


「っし! じゃあ全員、行動開始!!」

≪了解!!≫


 さて、俺もやるかぁ。

 車に積んでいたテントを運び出し設置予定の場所まで持っていく。


「まずは女性陣のテントから立てるか」

「はい」


 四人で使っても大丈夫な大き目のを用意したから若干面倒だな。

 サーナちゃんと二人、マニュアルを読みながらテントを設置していく。


「そういやサーナちゃんってお父さんと二人暮らしなんだっけか」

「ええ」

「何も言われなかった? 女の子も居るとは言え男と一緒に小旅行なんてさ」

「特には。生真面目で融通の利かない方ではありますが、だからと言って話が通じないわけでもないので」

「そりゃ良かった。ちょっと不安だったんだよな」


 サーナちゃんを見れば大切に育てられているのがよく分かる。

 男手一つでここまで立派な娘さんになってんだからホントすげえよ。

 でもそれだけにちょっと不安でもあったのだ。

 サーナちゃんが言うように生真面目なんだろうなってのは彼女を見てれば分かるからな。

 男と一緒の旅行なんて、って言われる可能性もゼロじゃないと思っていた。

 いざって時は直接出向いて話をすることもあるかと覚悟してんだが当日まで特に何もなし。


(サーナちゃんが親父さんに嘘を吐いてって可能性もあるからな)


 しっかり話をした上で来てくれたようなので何よりだ。


「……ところで」

「うん?」

「英雄さんは死というものについてどうお考えでしょう?」

「ううん?」


 何や急に。

 俺のリアクションに言葉足らずだと思ったのかサーナちゃんが補足を入れてくれる。


「夏休みの宿題で読書感想文がありまして」

「あー……あったなぁ、そういうのも」


 殆ど言いがかりみたいな感じで作中の要素を実体験と紐づけて自分語りで文字数稼いだ覚えがある。

 それで八割方埋め尽くして残り二割で本筋に戻って何か良い感じの結論書いて終わり! みたいな?


「図書館で深く考えずに選んだ本が死について考えさせられるものだったんです」

「ああ、それで」


 俺ならそういうお堅い本は二、三ページめくった時点で棚に戻すわ。

 課題図書があるならさっきみたいなやり方で茶ぁ濁して自由図書なら軽そうなの選ぶね。

 別に活字が嫌いってわけじゃないが感想文がセットになるとすっげえかったるいよな。


「はい。大人の方の意見も聞かせて頂けないかなと……楽しい場で、空気を読まずにすみません」

「いや良いよ。しかし……うーん……」


 死、死、死……あー、ダメだ。骸骨親父がチラつきまくってる。

 あのー、何だろ。ハデスくん死んだ後でも嫌がらせするのやめてくれます?

 追い出そうとしてもガンガン主張してくる俺の脳内ハデスくん。


(……ハデスくんのことを抜きにしても難しいな)


 おちゃらけた生き方してる俺だ。

 死なんてものについて思いを巡らせたことは一度もない。

 爺さん婆さんの葬式なんかで泣いたりしたことはあるけど、それは居なくなった悲しみに対するものだ。

 死というものに深く思いを馳せたかと言えばそれは違うだろう。


「あんまり考えたことないから難しいけど強いて言うなら」

「言うなら?」

「皆、死ってもんを大仰に捉え過ぎなのかもしれないとは思う」


 サーナちゃんの目がすっ、と細くなる。

 まあ誤解を招く発言ではあると思うが一応、最後まで聞いて欲しい。


「別に命を軽んじてるってわけじゃないぜ」

「では、どういう意図でそう思われたのです?」

「何て言うのかな。死ってのはさ。双子の兄弟とか自分の半身みたいなものだと思うんだわ」


 生まれた時点で死はもう直ぐそこにある。切っても切り離せない存在だ。


「そんな存在を嫌ったり、恐れたりってのは違うんじゃないか?」

「それ、は」

「いずれ必ずやって来るそいつを“よぉ”って自然に受け入れてやるためにもフラットに見つめるべきなんじゃねえかなって」


 言っといて何だがこりゃ単なる理想論だ。

 自分が死ぬのも大切な誰かが死ぬのも怖いだろう。嫌だろう。

 俺自身、実践出来ているなんて口が裂けても言えねえよ。

 でも真面目に死について考えるなら……うん、俺の答えはそれになるんだろうな。


「多分、そういう風に長いこと生に付き合ってくれた死を自然に労える奴が聖人とかそういう人種なのかもな」

「……」

「参考になったかい?」

「え、ええ……自分にはなかった視点のご意見で大変、ためになりました」

「そりゃ重畳」


 その後は他愛のない雑談に興じつつテントの設営を続けた。

 それなりに大変だったが中々どうして。悪くないんじゃないの?


「おーい! 手が空いたしそっち手伝おうかー?」

「「だいじょーぶー!!」」

「お疲れ様です。こっちは問題ないのでゆっくりしててください」

「そうそう、デーン! と構えてて」


 手伝いを申し出たが大丈夫だとのこと。

 ならテキトーにダラダラすっかとキャンプチェアに座り、ラジオの電源を入れた。

 別にラジオが特別好きってわけではない。番組の内容もぶっちゃけどうでも良い。

 ただラジオを垂れ流しにして寛ぐのが好きなのだ。


(夏の夕暮れ、自然の中でラジオと子供たちの声をBGMにコーヒーを啜る……)


 控え目に言って最高だわ。

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