触れてはならない心の傷
(あぁ! ションベン出し終わっちゃったァ!?)
出たくねえ……トイレから出たくねえ……。
高橋(♀)が近付いて来たけど順番が来たんでトイレ行かせてくれって言って中断しちゃったから……。
心底トイレを出たくないが……出なきゃ後ろのお客さんたちの迷惑になっちゃう……並んでるもんね。
「悪い、待たせた」
「いや、あたしこそ――あー……俺こそ便所待ちしてる時に悪かった」
とぼとぼとトイレから出ると高橋が出迎えてくれた。
ってか口調……あんま触れたくねえけど……。
「自然に話してくれて良いぞ」
「そ、そうか? じゃあそうする」
「ああ」
「うん」
そして無言。何か言ってよォ!?
「……とりあえず場所、移すか」
「おう」
高橋に促され、便所を離れる。
連れて行かれたのは高橋が荷物を置いてるパラソルの下だった。
「ツレか?」
「ああ、同僚と来たんだよ」
「同僚……今、何やってんの?」
「……保育士」
少し恥ずかしそうに言った。
ほ、保育士……保育士かぁ……いや立派な職業ですよ保育士。
うん、保育士という職業自体に含むところは一切ない。ないけど、そうか……高橋が……。
「その、同僚さんは?」
「……逆ナン。保育士ってあんま出会いがないんだわ」
「そ、そうか」
そして無言。何か言ってよォ!?(カウント2)。
そわそわと視線を彷徨わせる高橋。
気まずいなら俺のことスルーすれば良かったじゃん! いや俺が同じ立場でもつい声かけちゃうけどさ!!
「……それより、さ」
「お、おう」
「お前……だらしない身体になったなぁ。すっかりオッサンじゃん」
ぷにぷにと俺の腹肉をつまむ高橋。
「駅前歩いてる時に草臥れたリーマン見ては俺は四十になっても五十になってもあんなオッサンにはならねえとか言ってなかったか?」
「う゛」
「俺はオッサンになってもイケてるままだとも言ってたな」
過去の俺が現在の俺をグサグサ刺して来る……。
いやでもそんなもんじゃん。高校生って、男子高校生ってそんなもんじゃん。
「……そういうお前は随分とエロい身体になったなぁオイ」
話してて昔のノリを思い出してしまったのだろう。
つい軽口を叩くが、
「……そ、そうか」
クッソ! 噛み合わねえ!?
昔のノリがイマイチ噛み合わない! 性差か? これも性差なのか?
俺としてはね? セクハラ親父かよってツッコミをね。期待してたの!
クッソ……ミスった。でも営業マンを舐めるなよ。俺のトークスキルはこんなもんじゃねえ!!
「身体もそうだが、その髪もだよ。高橋くんさぁ、俺に言ってたよね? 男がチャラついてんじゃねえってさぁ」
当時の俺は金髪でピアスの穴とかもガンガン開けてた。
高橋も荒くれ者だったが、並べば俺のが不良に見えただろうな。
実際は高橋みたいに喧嘩三昧とかそういうことはなかったんだが。
そんな俺を見て高橋は常々「チャラついてる」「軽い」「それでも男か」とか文句言ってたもんだ。
それがどうだい? 金髪でピアスとかもガンガンしちゃってさぁ。
「……今は、女だし」
……そうですね。
そうしたのお前だろって言われたら返す言葉も御座いませぬ。
「表に戻ってしばらくは、何もやる気起きなくてよ。ぶらぶらしてたんだわ」
「……そう」
「でも流石にこのままなのはどうよって思ってさ。気持ちを入れ替えようとイメチェンしようかなって」
「まずは形から、か」
「ああ……んでも、あたしは佐藤と違ってさ。ファッションとか全然だろ?」
「お前も鈴木も何つーか服は服だろみたいな考え方してたよな」
だから俺が服を見繕ってやったり遊び方も教えてやったっけか。
「ファッション雑誌見ててもよくわかんねーしどうするかなって思ってたら……何となく、お前の顔が思い浮かんだんだわ」
「……だから金髪か」
そういやそのピアスも、俺が高校ん時に気に入ってたブランドのだ。
就活始めた時に髪も染めて穴も塞いでそれっきりだから直ぐに気付かんかったわ。
「似合うだろ?」
「ああ」
悔しくらいにな。
見た目だけで言えば俺の股間にドストライクだよ。
でも保育士的にセーフなんかそれ?
ちっちゃい子供とかにピアス引っ張られるのはまあ、仕事中は外せば良いけど金髪は……。
勤めてるとこの園長さんが理解ある人なのかねえ。
「ところでさ、あたしの話も良いけど佐藤の話も聞かせろよ。お前今何やってんの?」
「普通にリーマン。~~~ってとこだが知ってる?」
「結構良いとこじゃん。あたしの同僚に教えたら即食いつくレベルだろ」
「ちなみに営業部の部長です」
「管理職とかますますじゃん。ああでも営業マンか……佐藤は口が達者だったからなぁ」
ぴったりだと高橋は笑った。
良い感じに肩の力が抜けたのだろう。そこからは淀みなく駄弁っていたのだが……。
「オ~ジ~サ~ン~?」
ギョッとして振り返ると頬を膨らませた梨華ちゃんが腰に手を当て俺を睨みつけていた。
「全然戻って来ないから探しに来たのに……私ら放ってナンパとか良い度胸してんじゃん?」
「あ、いやこれは」
弁解しようとすると、
「さ、西園寺!? お、おお前……若作りどころか若返ってんじゃねえか……」
いや若作り云々ならお前もだろ。
千佳さんも高橋も見た目は二十代後半のそれだ。肌の色艶も三十半ばのそれじゃない。
普通に加齢してんの俺だけじゃん。
つか高橋は何でそこで若返りって発想が出て来るんだよ……。
「え、誰?」
「高橋。この子は千佳さんの娘だよ」
「え、あ、娘か……そうか、いやよく考えればそうだよな。西園寺がJCぐらいに若返ってるとか意味わかんねーし」
まあ若返りは出来るけどね。
「えっとぉ……オジサン?」
怒りは霧散したようだが困惑気味の梨華ちゃんが俺に話を振る。
……女になった云々は言えねえよなぁ。
あとで千佳さんに話を聞かれても何とかフォローしてくれるだろう。
「昔のツレさ。千佳さんのことも知ってる。名前は……」
名前どうなってんだ?
俺の疑問を察したのか高橋が言葉を被せるように自己紹介をする。
「あたしは高橋アリス。よろしくね」
苗字そのままで名前だけ変えたのか。
「西園寺梨華です。えっと、高橋さんはママのことも?」
「知ってる知ってる。もう二十年近く会ってないけどね」
「俺とも会ってなかったんだがさっき偶然、会ってさ。それでつい話し込んじゃったんだわ」
「あ、そういうことなら……ごめんねオジサン、邪魔しちゃって。皆にはテキトーに言っとくからゆっくりして良いよ!!」
ええ子やなぁ……。
「じゃあ失礼します!」
「ええ」
梨華ちゃんが見えなくなったところで高橋は不思議そうに首を傾げる。
「オジサン、とか呼ばれてたけどさ」
「? ああ」
「お前、西園寺とくっつかなかったの?」
「――――」
「え、嘘、マジで? 絶対そういう流れだったじゃん」
お前……お前……!!
「ぼっ゛どい゛でぐれ゛よ゛ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
俺は泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます