出会い、そして訣別

 俺たちはある組織の抗争に巻き込まれ裏の世界に足を踏み入れることになった。

 本当にいきなりだった。ダチと駄弁りながら渋谷を歩いていたらいきなり強烈な眩暈に襲われたのだ。

 で、気づいたらダチどころか通行人も居なくなってるし風景も妙にサイケデリックな感じになってやがる。

 当時の俺には分からなかったがカスどもが抗争のために作り出した位相のずれた空間に巻き込まれたわけだ。

 連中はカスだが裏の不文律。一般人を巻き込まないというルールは最低限だが守っていた。

 位相のずれた空間。異界、鏡面世界、スライドスペースなんて呼ばれるそこに一般人は入れない。

 しかし不運なことに俺は……俺“たち”は一般人認定から外れる力の持ち主だった。


『ここは何だ! 何がどうなってやがる!?』

『人!? あぁ、良かった……僕だけじゃなかったんだ』

『まあ落ち着けよ。まずは自己紹介から始めね?』


 そして俺たちは出会った。出会わなければ良かった――……なんて思っちゃいない。

 決別した今でも、俺はあの出会いを後悔しちゃいない。

 ともかくだ。偶々そこに居合わせ偶々巻き込まれた“ついてない”俺たちの道はここで初めて交わったんだ。


 意図せず抗争の真っただ中に巻き込んでしまったガキ三人。

 抗争を起こした連中はどうすると思う?

 外に出す? 出来なくはないがかなり面倒だ。どこかに避難させる? 安全圏なんてありゃしねえ。

 面倒になった連中は俺らの始末を下っ端に命じたが俺もアイツらも黙って受け入れるほど諦めは良くない。

 力を合わせ何もかもを総動員して抗ったさ……そのお陰で俺たちは千佳さんに間一髪助けてもらうことが出来た。

 そこから一緒に巻き込まれた三人ってことで組まされて高橋、鈴木とつるむようになったんだ。


『よォ、俺らのツラぁ覚えてっかよ? まあ覚えていようがいまいが関係ねえ』

『ああ。やっちまおうぜ』

『リベンジ、キメるよ』


 力をつけて俺らを裏の世界に巻き込んだ組織にリベンジかましに行ったっけな。


『見たかボケがァ! 俺らをガキだと思って侮りやがったな!? ケツに爆竹ぶっこんだらァ!!』

『待て待て佐藤。爆竹は可哀そうだからここはビールにしようぜビール。おいチンピラァ! 一気の準備は良いかよ!?』

『佐藤くん、高橋くん。品がなさ過ぎるよ』

『あ~ん? こんだけ舐めた真似されてただで済ますのかよ!?』

『まあそうオラつくなよ高橋。じゃあよ鈴木~おめえはどうするつもりなんだよ』

『全身の毛を剃り上げて写真を撮り、それをネットに放流するのはどうだろう?』

『天才現る』

『どうせなら全部乗せでやろうぜ!』


 アイツらとの日々は本当に楽しかった。

 しんどいこともあったけどさ。それを乗り越えた後は三人で馬鹿笑いしてさ。

 ずっとずっと、続くと思ってたんだ。青い春は終わらないって。

 だけど俺たちは道を違えた。そして殺さなきゃ終わらないってとこまで行き着いちまったんだ。

 最初に決着がついたのは高橋だった。


『……っぱつええなお前はよぉ』


 倒れ、天を仰ぐ高橋は笑っていた。


『でも、まあ、お前に負けるなら……良いさ』


 俺に殺されるならそれはそれで悪くないと。


『さあ、殺せよ。殺さねえと俺は止まらねえぞ?

俺は俺が選んだ道が……命を賭けて追うに値するもんだと今も思ってる。

負けたからって諦めるつもりはねえ。お前が俺を殺さねえならみっともなく何度でも夢を追っかける』


 俺を見上げる高橋の瞳には妄執染みた強い光が宿っていた。

 それを見れば嫌でも分かる。もう殺すしかないって。ああ、頭では分かっていた。でも納得できなかった。

 そもそもからして俺は世界の在り様なんかどうでも良かったんだ。

 二人と道を違えたのはアイツらの目指すものが「何かちょっとなー」と思ったから。

 千佳さんと共に戦ったのは「まあうん、現状維持なら特に文句は」程度のもの。

 個々人への好意はあれど三人が見つめる未来にはそこまで関心を持てなかった。

 そんな程度のものでダチを殺さなきゃいけないなんて納得出来るかよ。


『ざっけんな!!!!』


 ――――そして俺はキレた。

 トドメを刺そうと思ったわけではない。ふざけた二択を突きつけてくる馬鹿を一発殴ってやる。

 本当に……本当に、それだけのつもりだったんだ。

 胸倉を引っ掴み高橋をブン殴った。高橋は吹っ飛んだ。

 高橋は何かを言おうとしたが、それよりも早く異常が起きた。


『な……ぐぅ……あぁああああああああああああああああああ!!?!?!』


 俺とやり合った時でさえあげていなかった凄まじい悲鳴。

 嘘、何で? お、俺はそんなつもりじゃ……焦った。心底焦った。

 高橋の身体がドロドロに溶けて、溶けたよく分からないものが繭のように高橋を包み込んだ。

 どうすれば良いか分からずしばし立ち竦んでいたが、どうにかしなきゃと駆け寄り俺は必死で繭を剥がそうとした。

 今なら無理矢理引き剥がせるだろうが当時の俺はどうにも出来ず、ただただ焦燥に焼かれていた。

 そうして十分ほど経過したところで、突然繭に罅が入った。亀裂が広がり繭が砕け中から現れたのは……。


『――――うん?』


 見知らぬ少女だった。しかも全裸。

 マジでそれまでの切羽詰まった感情が一気に吹き飛んだわ。訳分からなさ過ぎて。


『お、俺は……何が、どうなって……』


 開かれた目を見て、俺はそいつが高橋だと直感した。

 ただ先ほどまでの高橋と違いその目に妄執の光はなかった。

 よう分からんが兎に角ヨシ! 俺はその場で高橋を締め落として合流した互助会の面子に事情を伝え保護するよう頼んだ。

 互助会としては殺したかっただろうが、


『もし高橋に手ぇ出すってんなら俺はここで降りる』


 で押し通した。

 全部の戦いが終わった後、高橋と同じように女になった鈴木は解放された。

 取り調べの結果、以前のような思想が消えていることが分かったからだ。

 何で妄執に至るほどに焦がれていたそれが消えたのか。女になったからだ。

 思想に性差は関係ない? ああそうかもしれないな。

 ではその思想を持つに至った過程はどうだろう? そこには性差が絡むこともあるんじゃないか?

 男と女で考え方、ものの捉え方に差異は出る。高橋は男性的な思考の末、混沌を望むようになった。

 だが女になった高橋の思考回路では混沌という思想こたえには辿り着けなくなってしまった。鈴木も同じだ。

 それゆえ無害と認定され解放されたのだ。俺への配慮もあっただろうがな。


 女にして互助会に渡した後、俺は二度と高橋にも鈴木にも会うことはなかった。

 合わせる顔がないというべきか。互助会から思想が消えたことの説明をされその思いはより強くなったよ。

 二人は死なずに済んだ。でも、ある意味で一度死んだようなものだ。

 高橋と鈴木の♂を殺したのは他ならぬ俺。その事実は決して覆せない。

 本人的には戸惑いはあれども受け入れていたらしいが……なあ?

 そしてアイツらも俺に会いたいとは言わなかった。あっちは敵対した負い目だろう。

 俺もアイツらも互いに二度と会うことはないと思っていた。


(思って……いたはずなんだがなぁ……)


 何の因果か巡り合ってしまった。

 あちらは直ぐに気づいたのに俺は直ぐに気づけなかったこと。

 気付けないまま「エッロいチャンネーおるやんけー! うっひょー!」とはしゃいでいたこと。


(二重の意味で死にてえ……)


 殺せよォ! 誰か俺を殺しておくれよォ!?

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