恐怖の象徴

「……教師、ねえ」


 日曜。昼飯のソーメンを啜りながら俺は昨日のことを思い出していた。

 訓練終わってシャワー浴びた後、施設のラウンジでビールを飲んでいたら会長がやって来たのだ。

 俺に頼み事があるとのことで最初はまたぞろやべえのが出たのかと思ったらそうじゃなかった。


『裏の学校~?』

『正式な決定というわけではありませんが』


 裏に巻き込まれた子供らを通わせる学校を作ったらどうか。そういう話が出ているとのこと。


『佐藤さんもそうだったように裏に巻き込まれてしまう子供たちが一定数居ます』

『ああ。梨華ちゃんや光くんもそうだからな』


 まあ梨華ちゃんの場合は避けられぬ運命、ってな気がしないでもないが。

 ともあれ裏の世界に引きずり込まれてそのまま裏で何とかやってる子供ってのはそこそこ居る。

 そういう子らのために互助会は指導役をつけているのだが……。


『今はまだ何とかなっていますが、今のままでは対応し切れない時が来ると思うんですよ』

『それは……まあ、増えることはあっても減ることはねえからな』


 裏の悪党、化け物、その対処が十全に出来ているとは言えない。

 裏の秩序を守る側は基本的に人手不足だからな。

 その取りこぼしによって一般人に被害が出たり超常の存在との接触で力が目覚めたりする例は微増し続けている。


『個人個人をよく見られる今のやり方の方が質は上りますが……』

『数には対応出来ない。だから画一的な教育をってわけね』

『はい。その一環として学生の夏期講習みたいな形で試しに一つ教室を立ち上げようということになりまして』

『んで俺を?』

『ええ、教師の一人として是非とも参加して頂きたく』

『ンで俺よ?』

『西園寺梨華さんと暁光くんへを見れば指導力は十二分にありますし……何より、あなたは誇張なしの“最強”だ』

『?』

『ぶっちゃけるとなまはげになって頂けないかなって』

『ぶっちゃけ過ぎだ』


 圧倒的な力を見せ付けイキりがちな子供の心を圧し折ってくれってことだろう。

 俺もそうだが多感な時期にこんな世界に巻き込まれちまうと調子に乗っちゃうんだわ。

 そのせいで死ぬこともあれば、道を踏み外すこともある。

……いや俺は違うか。力を手に入れる前から調子乗ってたわ。

 力を手に入れて増長するガキのがまだ弁えてるな。


『指導役もそこらは気を付けてはいるんですがねえ』

『……自分よりちょっと長く裏に居るだけ。鍛えれば追い越せるって軽く見られちゃうか』

『全員が全員、そうというわけではありませんがね』


 子供らを責めるのは酷だろう。

 大人であろうと降って湧いた力に溺れることはあるのだから。

 多少は物事の道理を知っている大人でさえそうなるのだ。子供ならば尚更だろう。

 実際、わりと順調に育ってる梨華ちゃんでさえそういう部分はある。

 光くんみたいに最初っから良い意味で弁えられる子供は稀だ。


『まあやりたいことは分かった。でもよ、下手に圧し折っちまうとあんた方としても不都合なんじゃねえのか?』


 自衛出来る力を得た時点で選択が可能になる。このまま裏でやっていくか、足を洗って表に戻るかの二択。

 光くんは最初は後者のつもりだったようだが予想以上に危険が溢れていることを知ったからだろう。

 今は家族をそんな危険から守るため裏に残ることを考えている節がある。

 互助会としては裏に残ってくれる人材はありがたい存在で調子乗ってるようなのは大概、裏に残ることを選ぶ。

 全員が全員、互助会に所属し続けるってわけではない。他所に引き抜かれることもある。

 だが面倒を見たという事実は意外と大きい。互助会に残り裏の秩序を守る側になってくれる者も多い。

 互助会のサポートにはそういう情を利用した面もあるのだ。


『バキバキに圧し折れちまったら、もう嫌だってなるだろ』

『そこはまあ……こちら側でフォローをしますよ。それでも無理なら……』

『戦力としては期待出来ないから放流しても問題なし、と』

『ええ』

『ふぅむ……』


 上手いことやれば分を弁えた戦力が増える。

 下手を打てば戦力は減るが……まあ、そこを含めて色々試したいってことなんだろうな。


『……俺は表の仕事もあるんだが』

『勿論、日中ではなく夜学のような形にして週に二回程度に抑えますので』


 結局、押し切られてしまった。

 梨華ちゃんと光くん、柳や鬼咲のことで色々便宜を図ってもらってるし……その借りを返すべきなんだろうな。

 ちなみに柳と鬼咲だが奴らは少し前、表舞台に完全復帰した。

 今は準備を整えつつ、かつての二大勢力の残党たちへの対処を行っているようだ。


(……あの時捕まえた二人からは結局、情報浚えんかったんだよなあ)


 家宅捜索なんかでも表向きの調査理由を裏付ける証拠は見つかったがそれ以外は見つからなかった。

 残る情報源は捕らえた二人だがこちらは頑として何も吐かず。

 長期戦になるだろうと互助会側は考えてたんだが……やられた。隙をついて自害したらしい。


(柳と鬼咲に任せるしかねえわな)


 元は同胞だ。思考回路もよく分かるだろう。

 俺の力が必要な時は連絡してくるだろうし、それまでは静観するしかない。


「ふぅ……ごっそさん」


 手を合わし食器を流しへ持っていく。

 時計を見ると……まだ余裕はあるが、やることもないし出ようか。

 今日は梨華ちゃんと光くん、そして双子ちゃんと一緒に水着を買いに行くのだ。

 昨日の話の後、梨華ちゃんに提案され光くんたちも予定はなかったので善は急げってことになったのである。

 それぞれ住んでるところが違うので西園寺家と暁家の中間ぐらいの駅で待ち合わせすることになったのだが……。


「あ、こんにちは。ほらお前たちも」

「「オジサンこんにちはー!!」」


 二十分ぐらい前なのにもう居た……流石は光くんだ。

 双子ちゃんは帽子被ってて水筒もバッチリなあたり本当、しっかりしてるわ。


「ねえねえオジサン、海連れてってくれるんでしょ?」

「ねえねえオジサン、キャンプって何するの? カレー? カレー作る?」

「こ、こら!!」

「良いって良いって」


 わらわらとまとわりついて来た双子ちゃんを抱え上げる。

 光くんは気にしてるようだが、良いじゃないの。子供は元気なぐらいが丁度良いんだから。

 双子と遊んでいると十分ぐらいして梨華ちゃんも姿を現した。


「え、もう来てる……早くない?」


 だよな。


「藍、翠。俺の友達の西園寺さんだ。挨拶しな」

「はーい。はじめましてお姉ちゃん、藍です!」

「はじめましてお姉ちゃん、翠です!」

「あらまあ、ご丁寧にありがとね。私は西園寺梨華。梨華で良いよ」


 あぁ……何だろ……この微笑ましい光景……。


(い、癒しゲージが……癒しゲージがドンドン貯まっていくよぉ……)


 草臥れたオッサンのハートには覿面だぜ。

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