夏が来た

 大人になると時間の流れが早く感じる。

 最近は色々あったってのもあるが、気づけばもう七月だ。


「……ッ隙アリ!!」

「いやねーよ」


 幾つかフェイントを織り交ぜてからの一撃。

 悪くはないが、ちょっと足りない。それじゃ食らってやれんわ。


(折角の休日だってのに真面目だなぁ)


 今日は子供らにとっては一番気兼ねなく楽しめる休みの土曜。

 にも関わらず「今日、お時間あるなら鍛錬に付き合って頂けませんか?」なんて誘いを飛ばして来るのだ。

 いや俺は良いんだよ。今日は表の用事で有給取ってたからさ。それが終わったらフリーだったしね。


(でもこの子らは貴重な青春を……おや?)


 連撃をひょいひょいと躱して光くんのバックを取りホールドしたところで気づく。

 ふと上を見れば梨華ちゃんが俺の真上で両手を突き出していた。


「ぶっっ飛べぇええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」

「うぇ!?」


 光くんがギョっとする。

 そりゃそうだ。自分ごと巻き込むような勢いで風が放たれたのだから。

 俺は煙草の煙で風を相殺し、そのまま煙を操作して距離を取ろうとした梨華ちゃんを捕縛。

 べちゃっと地面に叩き付けられたのを確認したところで、一旦休憩を宣言する。

 そろそろ水分入れとかないとね。熱中症になっちゃう。


「しっかり水分取るんだよ。まだ大丈夫は大丈夫じゃねえからな」

「はい!」

「はーい」

「んじゃ、休憩がてらさっきの立ち回りを評価してこうか」


 ……キンッキンに冷えた麦のあんちくしょうが飲みてえなぁ。

 スポドリに物足りなさを覚えながらもグっと堪えて続ける。


「まず光くん。動きは良くなってる。確実に」

「ありがとうございます」

「ただ戦闘中の取捨選択がちょっと出来てないかな」


 自分の強みを押し付ける戦い方。自分の弱みを潰す戦い方。もしくはその両立。

 戦いにおける立ち回りを大雑把に区分するならこの三つになる。

 そう告げた上で、


「光くんの気質的に一番合ってるのは自分の弱みを潰す戦い方だ」

「……はい、俺もそう思います」


 だよな。生真面目で堅実。

 そんなタイプは失点を極力減らす立ち回りをする傾向がある。光くんは正にそれだ。


「なら向いてないことをやっちゃダメだよ」

「向いてないこと、ですか?」


 思い当たる節がないのだろう。キョトンとする光くんに言ってやる。


「フェイントだよフェイント」


 虚実織り交ぜて攻撃を当てる。戦いの基本では? そうね、確かにそうだ。

 でも下手なフェイントは逆に足を引っ張る。それぐらいなら普通にやった方が当たる確率は高いって場合もあるんだ。

 光くんはまさにそれで実の方はまあまあ良いんじゃない? だけど虚の方は雑も雑。顔洗って出直してどうぞってなレベルだ。


「あの場面では変に小器用なこと考えずドストレートに攻めてた方が良かったね」

「暁くん、嘘とか苦手そうだもんね~。何だろ、嘘吐いた後とかめっちゃキョドってそう」


 それな。


「き、気を付けます……」

「光くんは基礎的な部分は良い感じだからそこはこのまま伸ばしつつ改めて自分の得手不得手について考えてみよう」

「……はい!」


 とりあえず光くんのはこんなところかな?


「じゃ次は梨華ちゃんね」

「うぃー」

「梨華ちゃんは逆に基礎的な部分がよろしくない。地味でつまらないかもだけどそこはしっかりやろう」

「う゛……はい」


 本人にも自覚はあったのだろう。バツが悪そうに頷いた。

 しかしこういうとこ親子なのに正反対だよな。

 千佳さんの場合は最初から強かったけど、基礎部分の鍛錬は地道に継続してたからな。


「ただ立ち回りは良かった」

「ホント!?」

「ああ。兎にも角にも思い切りが良い。さっきの区分で言うなら自分の強みを押し付ける戦い方が出来てる」


 性格的に失点を減らすやり方は向いてない。

 本人もそこは無意識の内に理解しているのだろう。そういう立ち回りは一切なかった。

 ガンガン行くぜ! とひたすら自分の強みを俺にぶつけ続けていた。


「特に良かったのは最後の風。あれ、俺が光くんを守るの分かっててやっただろ?」

「うん。だって、そーゆー性格的なとこも織り込んでの戦いでしょ?」

「その通り」


 光くんには無理なやり方だろう。

 光くんが逆の立場なら俺が防ぐと確実に分かっていても生来の優しさで気が引けてしまい全力では攻撃出来ないと思う。

 ただそれは短所ではなく長所だろう。そういう優しさ、嫌いじゃないよ。

 逆に梨華ちゃんが冷酷ってわけでもない。大胆な行動に出られるのも長所だ。


「ただ長所も使いどころを誤れば短所になるからそこは気を付けること」


 梨華ちゃんの思い切りの良さは思慮の浅さに繋がりかねない。

 光くんの優しさはやるべき時にやるべきことをやれない弱さに繋がりかねない。

 それじゃあ梨華ちゃんのまとめといこう。


「基礎を頑張りましょう。思い切りの良さはそのままでOK。ただもうちょい考えることも意識してみれば更に良くなるよ」

「考える……分かった」

「十分休憩したら再開しようか。次は今言ったことを意識して頑張ろう」

「「はい!!」」


 元気の良い返事だ。


「そういや二週間ちょいで夏休みだけど二人は予定とかあるのかい?」

「特にはないですね。例年通り宿題やって妹たちの面倒を見て……あとはこっちの仕事をちょっと増やしたいかなと」


 家にお金を入れたいので、って光くんの言葉がすげえ胸に刺さる。

 光くんは回復アイテムとかの消耗品の出費を差し引いて残った分は家庭に入れてるんだよね……。

 遊ぶ金にしか使ってなかったかつての俺が情けなく思うぜ。


「私も友達と遊ぶぐらいかなー。ママは旅行に連れてってあげたいみたいだけど……ねえ?」

「ああうん、最近忙しそうよね」


 この前飲んだ時「ここからが地獄だ……」みたいな感じだったもん。


「オジサンのとこはどうなの?」

「うん? まあ、暇ってわけじゃないけど余裕はあるな」


 有給とかも取ろうと思えば取得出来るだろうし、夏季休暇も問題ない感じだ。

 ま、あくまでこのまま何事もなければの話だが。

 つってもトラブルや緊急の案件が入りそうな気配はないし今年はゆっくり出来ると思う。


「じゃあさ、オジサンが遊びに連れてってよ」

「俺?」

「ダメなの?」

「別に良いけど……オッサンと遊びに行って楽しいか~?」

「楽しいでしょ。だってオジサンってオジサンだけど話してても普通に話合うし」


 感性がガキのそれだからだろうな。


「分かった。んじゃ七月後半のどっかで三日ぐらい有給取るからどこ行きたいか決めとき」

「やったね暁くん!」

「へ?」

「え、暁くんも来るっしょ? 妹さんたちを遊びに連れてったげる良いチャンスじゃん」


 ナチュラルに光くんと妹ちゃんたちをカウントするあたり陽の者だよなぁ。

 光くんは陰キャってわけじゃないが真面目だからこういうとこで遠慮しがち。


「いや、その……」

「子供が遠慮するなって」

「……じゃあ、お願いします」

「おう」

「ねね、暁くんどこ連れてってもらう? 夏だしやっぱ海? ああでも、山もありかなぁ」

「俺は……どっちでも。藍と翠もどっちだって喜ぶだろうし」


 おいおい……正気かこの子ら?


「ダメ、全然ダメだわ梨華ちゃん。発想が貧困」

「え、急にディスられた?」

「そこは両方だろ。昼間は海で遊んで夜は山でキャンプ。これっきゃねえべ」


 二日目は山オンリー。山をトコトン楽しむ。

 んで最終日は朝から海で泳いで夕方に帰る……完璧じゃんよ。


「あの、佐藤さんの負担大きくないですか?」

「え、何で? 子供連れてくつっても俺だって普通に遊ぶよ?」


 勿論、危険がないよう目を配りつつだけどな。

 自分も遊ぶんなら別に負担でも何でもないだろって話よ。


「オジサンって気持ちの部分はめっちゃ若々しいよね~」

「少年の心を忘れないから大人になっても夏を楽しめるんだよ。それより何するか考えようぜ!」

「だね! 暁くんは何かやりたいこととかある!?」

「えっと……」


 夏休みの話題で盛り上がる俺たちであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る