一時の癒し

 変態集団の相手をした翌日。

 俺は約束通り松本くん川田くんを行きつけの店へと連れて行った。

 馴染みの店は幾つかあるがその中でも一番、川田くんに合いそうなのをチョイスしたつもりだ。主にマスターの性格だな。

 どこのマスターも良い男ではあるが穏やかで紳士的なマスターのが合ってるかなと。

 ちょい悪系のダンディさんだと気おくれしちゃいそうだし。


「ああ佐藤さん、こんばんは。そちらが例の?」

「そうそう。初心者くん。むかーし俺にしてくれたみたいに色々教えてやってよ」

「喜んで。しかし……ふふ」

「うん?」

「昔の佐藤さんを思い出して少し、懐かしくなりました。本当に落ち着かれましたねえ」


 やだもう、恥ずかしい。

 というか落ち着いたってのは少し違うかな。その場で一番楽しめるテンションを学んだってのが正しいと思う。


「えっと、その、今日はよろしくお願いします!!」

「川田、落ち着けって」


 若人二人を見て微笑ましげに目を細めるマスター。

 こういう何気ない所作が一々渋いんだよなあ。


「さて、何頼む?」

「えっと……私、お酒自体あんまり詳しくなくて……」

「ふむ。今まで飲んだことあるお酒は?」

「チューハイとかビールで……チューハイはともかくビールはちょっと苦手かなって」


 はいはい、なるほど。酒らしい酒はあんまりってところか。

 まあでもチューハイがいけるならアルコール自体ダメってことはなさそうだな。


「んじゃ最初はカルーアミルクあたりにするかね」

「え~? 部長、それって何か女の子とかが飲むもんでしょ?」


 イメージするカッコイイのとは違うと思ったんだろう。

 松本くんが茶々を入れて来る。川田くんも主張はしないが同じことを思っているっぽいな。


「美味しく飲めない酒を背伸びして無理に飲む方がカッコ悪いだろ?」

「それは……」

「それに自分が出した酒をそんな風に飲まれちゃマスターが可哀そうじゃん」

「……佐藤部長の仰る通りです」


 ハッとしたような顔をする川田くん。

 まあでも、実際のとこマスターはそういうの気にせんけどね。

 青い失敗を微笑ましそうに見守ってくれるだろうさ。


「ちなみに部長は初めての時は何を?」

「マティーニ。カッコ良さそうだなって思って頼んだよ」

「どうだったんです?」

「ハーブの風味がなぁ……ちょっと独特で普通にまずかったわ」

「ダメじゃないですか!!」


 松本くんのツッコミは尤もである。


「いえいえ、そんなことはありませんよ。佐藤さんは今も昔も根が陽気な方ですからね。

その失敗さえも楽しんでおられましたから。楽しく飲む。酒精を嗜む上で大事なことです」


 マスターがフォローを入れてくれた。

 こういう気遣いに若い俺の乙女な部分がキュンキュン刺激されたんだよなぁ。


「それに今はもう、マティーニも楽しめるようになられてますし」

「酒ってのは慣れだからなぁ」


 まずはとっつきやすいのから入るべきなんだ。

 美味く飲めるのを見つけてから、徐々に守備範囲を広げていけば良い。

 そうすりゃ自然と色んな酒が飲めるようになってる。

 まあそれでもダメなのはホントにダメだがな。


「つーわけでマスター、カルーアミルクよろしく。つまみはナッツをテキトーに」

「かしこまりました」


 甘い酒だからな。しょっぱいツマミで中和しつつ、ちびちび飲ろうじゃないの。


「一気に飲まず少しずつ、口に含むような感じで飲んでみ」


 注文が届いたところで軽くアドバイスをしてやると二人はコクコク頷き、グラスに口をつけた。


「あ……うま……」

「美味しい……カフェオレみたいで……でも、やっぱりお酒だからかちょっと違う……」

「地味に度数高いからさ。そこは気をつけな」


 一口飲んで、塩気の効いたナッツを放り込む。

 ナッツもまあ美味いけど、特別美味いってわけじゃないんだ。

 なのに何だろうなこの中毒性。皿にあるとあるだけ食べちゃう。


「ナッツって無限に食べられそうですよね」


 松本くんも同じ気持ちらしくパクパク口の中に放り込んでる。

 川田くんの方はまだちょっと堅いが、松本くんはすっかり店の雰囲気に慣れたみたいだな。

 物怖じしないところは営業マンとしてポイント高いよ。まあ、それゆえに失敗することもあるんだが。


「そろそろ空になるな。大丈夫かい? 気分悪くなったりとかしてねえよな?」

「あ、はい」

「同じく」

「じゃあ次はどんなのが良い? 名前じゃなくこんな味のが良い~みたいなのはあるか?」

「……ナッツがあったとはいえ口の中が結構甘いんで爽やかな感じのが」

「マスター、ファジーネーブルなんかどうかな?」

「見た目にも爽やかでよろしいかと」

「じゃよろしく。あ、ジャーキーもお願い」

「かしこまりました」


 ファジーネーブルはピーチリキュールとオレンジジュースで作るカクテルだ。

 見た目は完全にオレンジジュースで口当たりも良く飲み易い酒である。

 ピーチの甘さもあるがオレンジ強めで作ってくれるだろうしリクエストには合ってると思う。


「ところで部長」

「うん?」

「何か今日、テンション低くないですか? 普段飲む時はうぇーい! な感じなのに」

「こういうとこではしゃぐのは違うからな。その場を一番楽しめるテンションってのがあるのさ」


 海水浴にバッチリスーツ着込んでっても楽しめないだろ。それと同じである。

 その場を一番満喫出来る装いというものがあるのだ。


「肩の力を抜いて、少しだらけた感じぐらいで居るのが丁度良いんだよ」


 逆に大衆居酒屋とかだと腹の底から楽しんだるぜオラァ! ぐらいが一番好き。

 松本くんが言ってるウェーイ! な俺はそういう場所の俺だな。

 この子とはそういう店で飲んでたからちょっと違和感があったのだろう。


「へえ」

「参考になります」

「川田くんはそう真面目に捉えんでも良いよ。あくまでそういう考え方もあるんだー程度で良いのよ」


 それより、だ。


「川田くん、バーについて色々調べてたんならシガーバーなんてのも知ってるんじゃないか?」

「え、ええ」

「興味ある? あるならまた今度、連れてってやるぜ。三人で行こうや」


 別にここでも葉巻は吸えるが今手元にないし、どうせなら専門のとこで吸う方が良いだろう。


「……良いんですか?」

「勿論。松本くんも付き合ってくれるよな?」

「ごちんなりまーす」

「あの、どうしてそこまで……私は部署違いますし……」

「いや何、ちょっとしたお礼だよ」

「???」

「昨日、ちょっとしんどいことあってね。それで少しげんなりしてたんだが」


 若い子と飲むのは良いね。何か元気もらえるもん。

 だから気にするなと軽く川田くんの肩を叩き、届いたばかりのカクテルを呷った。

 松本くんはしんどいことについて知りたそうにしていたが……。


(……子供連れて変態シバキ回してたから疲れたとか言えねえわ)

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