煤けた背中

「「はぁ……っはぁ……」」


 三十分か。結構かかったな。

 シバキ倒した変態の山の上に腰掛けながら二人の様子を観察する。

 宣言通り俺は二人の実力じゃ厳しい連中を一人も逃さなかった。

 あの子らが相手したのは五人ほど。数の上では敵が有利だが実力的には問題ないレベルだった。

 にも関わらずここまで消耗してるのは……。


「こ、こいつらしぶとすぎでしょ……」

「……いつも相手にしてる怪物よりは弱いぐらい……なの……に、尋常じゃない粘り強さだ……」


 雑魚どもが予想以上にしぶとかったからだ。

 ぜえはあと息を荒げる二人に俺は言ってやる。


「これが化けモンと人間の差だよ」


 依頼では人間を相手取ることもあるにはあるが、二人はこれが初めてだ。

 人間が敵の場合は変態案件を除けば大概、シリアスな事情が裏にあるからな。

 そういうところに踏み込ませるような段階ではないので当然だ。


「光くんにゃ前、教えただろ?」


 倒れた連中を拘束し、まとめて互助会の施設へ転移させる。

 ここから先は互助会の仕事だからな。


「……裏の人間同士がぶつかる場合、その時の精神状況が戦いを大きく左右する」

「そういうこと」


 ただまあ、


「こういう連中はある種、特殊な事例でもあるがな」


 例えば俺が倒した頭目や幹部連中。

 実力的にはコイツらより何倍も強い奴らでも、俺と対峙した瞬間に戦意喪失することがある。

 戦わずして折れずとも、相手してる内に彼我の絶対的な実力差に心折ってしまう奴も。

 だがコイツらは始終、戦意を滾らせていた。変態連中は大体そうだ。

 超常の力を徹頭徹尾性癖のために費やすような連中だからな。ある意味で信念を持っていると言えなくもない。

 だからだろうな。力はともかく精神面でのブレのなさが半端じゃないのだ。


「俺が裏の世界に足を踏み入れて二十年近くか?

合計すりゃ西暦ぐらいの数、変態をシバキ回してきたが大概の奴が最後の最後まで足掻き続けてたよ」


 脳内を駆け巡る記憶。ロクでもねえのばっかだこれ。


「二千以上の変態……もうダメだねこの国」

「……何で……何で、力を手に入れてこんなことを……」


 憂う梨華ちゃん、嘆く光くん。

 返す言葉もねえとはこのことだ。いやホント、どうかしてるよな。

 しみじみと頷きつつ、俺は二人を回復させてやる。

 突然身体が軽くなったことに驚きを露わにするが、


「あの、ひょっとして……」

「はい。もう一件あります」

「やっぱりぃ!?」


 賢い子たちだ。まあそれゆえに今、苦労してるんだが。

 初見のインパクトは十分なので次の相手についてはちゃんと説明してやろう。


「次の敵は純潔ヴァージン・戦線フロントラインだ。どんな奴らかはまあ、お察し」

「処女厨かよ!!」

「さ、西園寺さん! 女の子が……とか言っちゃダメだよ!!」


 敢えて触れずに来たけど現役JCの梨華ちゃんより現役DKの光くんのが乙女だよね。

 もしくは年下だからか妹さんたちを重ねてるのかもしれない。

 自分とこの妹がシモ発言平気でしてたらと思うとお兄ちゃん的には他人事に思えないよね。


「じゃ、次行くべ」

「「……はい」」


 項垂れる二人を連れ、今度は千葉県のとある埠頭。山の次は海である。

 変態ってのはマジでどこにでも生息してんなぁ。


「がさ入れの時間だオラァ!!」


 倉庫の扉を蹴破ると同時に一般人が巻き込まれないよう周辺に結界を展開する。

 倉庫の中では二十人ぐらいの男女が車座で駄弁っていたが、俺たちを見るや即座に臨戦態勢に入った。

 ……さっきもそうだがここも女も混ざってるのか。

 昔は男ばっかだったけど近年の変態集団は少数ながら女性が混ざってるのが多いんだよな。嫌だよこんな男女平等社会。


「さ、佐藤英雄!?」

「馬鹿な……何故、ここに!?」

「いやそれより」


 全員の視線が梨華ちゃんに。奴らはうんうんと頷き、無言で親指を立てた。


「キッモ! キッショ! 何コイツら!? キモキモキモキモォオオオオオオオオオ!!!!」


 仰る通りです。

 俺としてもここは怒る場面なんだろうが……如何せん気疲れが酷くてやる気が……。


「……ルーキー二人を見るに互助会の教導か?」

「佐藤英雄が教導役を務めているのは驚きだが……いやそれより!」

「互助会は我々を異端認定したのか!?」

「何故だ! 我らは別に何もやってないぞ!?」

「やってんだろうが」


 年頃の娘さんの前でこんなこと言いたくはねえけどよぉ……。


「知らない間に……を再生させられた女の子らが怪奇事件だっつってSNSとかで話題になりかけてたんだぞ」


 火消に奔走した政府や互助会が哀れでならねえよ……。

 唯一の救いは辻斬りならぬ辻再生で手当たり次第ってわけじゃないとこか。

 コイツらは基本、男から依頼を受けてやってる。

 自分以外の男と交際経験のある彼女を、もしくは片思いのあの子を、とかな。

 頼む方もどうかしてる。深くは考えない。頭がおかしくなりそうだから。


「大人しくお縄につきな」

「ええい! 大義を解せぬ愚か者がァ! 者ども、やるぞ! 最後の一人になるまで戦うのだ!!」


 そして戦いが始まった。

 先ほどよりも数は少ないがその分、平均レベルが高く長引いたものの二人は何とか勝利を手にした。

 無言で項垂れる二人に代わって俺は互助会に依頼達成の報告をしてやった。


「……とりあえず飯でも行こうか」


 二人は無言で頷いた。選んだのはファミレスだ。

 回らない寿司屋とか高い焼き肉屋とかでも良かったんだが今の状態じゃ味もわかんねえだろうしな。

 お高い店にはまた今度、頑張ったご褒美に連れてってやろう。


「……佐藤さん」

「うん?」


 メニューを眺めていたらこれまで無言だった光くんが口を開いた。

 ちなみに梨華ちゃんの方は店入った段階で立ち直ったようで今はドリンクバーで色んなドリンクを混ぜ混ぜしてる。

 やるよね、中学高校の時はやっちゃうよね。


「あの人たちは、これからどうなるんですか?」


 ……ああ、なるほどね。

 生真面目で深く物事を考える性質だからか光くんは薄々、気づいてる。裏で悪さした奴がどうなるか。

 でも今回に限ってはその心配はない。


「安心しな。ちゃんと生きてるから」


 あの変態どもは互助会お抱えの呪術師にこれから呪いをかけられ性癖を封印される。

 と言っても永続ではない。労役に就いて貢献度を稼げば封印は解除してもらえる。

 俺がそう説明すると、


「それ、罰なんですか? 労役だってぶっちしちゃえば……」

「罰だよ。連中にとって性癖は何よりも大事なもんだからな」


 労役をぶっちするとかはまずない。


「ちなみに連中を殺さない理由は奴らが有事における貴重な戦力になるからだな」

「戦力、ですか?」

「ああ。奴らにとって世界の危機=性癖の危機だからな。有事の際はめっちゃ協力的だぞ」


 ちなみに俺の時もそうだった。

 千佳さんと共にファイナルバトルに臨もうって時、頼もしい変態どもが続々と参戦して道を切り開いてくれたよ。


「……」

「光くん?」

「少し、疲れました」

「そうね……」


 残業100時間超えのブラックリーマンみてえでちょっと泣きそうだ……。

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