譲れぬもの

 変態が今回の標的。

 俺がそう告げると梨華ちゃんはハテナ顔で光くんの方はフレーメン反応を起こした猫みたいな顔になってしまった。


「じゃ、現場行こうか」

「ちょちょちょちょ! え、は!? 佐藤さん! 説明! 説明! どういうことなんですか!?」

「……百聞は一見にしかず。見れば分かる」


 事前に依頼についてしっかり説明しないのはよろしくない行為だ。

 本来の教導役ならしっかりと説明を行っていただろう。

 だが今回は俺が居る。俺が居れば滅多なことはまず起きない。

 なら骨の髄まで理解してもらうためには初見のインパクトを優先した方が良い。


(俺の時は正直、どうとも思わんかったが)


 これは性格だろうな。

 体験する側とさせる側。大人と子供。立場の違いによって見え方がこうも変わって来るとは……。


「二人とも、準備はもう終わってる?」

「オッケ~」

「……い、一応は」


 梨華ちゃんの方は図太いな。

 千佳さんは真面目系だが、梨華ちゃんは物事を深く考えない性質なんだろう。


「じゃ、行くぞ」


 二人を連れ、埼玉県のとある山中へ転移した。


「少し歩くよ」

「りょ」

「は、はい!」


 直で拠点に飛ぶことも出来るが少し歩いて心の準備をさせようという判断だ。

 そして目論見通り、夜の山中を歩いている内に光くんの気持ちも整って来たようだ。

 十分ちょっと歩いたところで目的地に到着。


「オジサン? 何もないよ?」

「あるんだな、これが」


 咥えていた煙草を灰皿に押し込み、思いっきり煙を吐き出す。

 吐き出した煙が勢い良く広がり偽装を吹き飛ばすと何もなかったはずの場所に洋館が現れた。


「この手の偽装についてはまあ後日、教導役の人に教えてもらうと良い。じゃあ行くぞ」


 扉をけ破り、叫ぶ。


「御用改めである!!!!」


 するとわらわらと屋敷のあちこちから構成員らしき連中が姿を現した。

 ざっと数えて……おぉぅ、五十人は居るな。それだけの支持を集めるとは……いや気持ちはわかるけどね?


「あ、あれは……佐藤、英雄!?」

「バレていたにしても何故、奴ほどの男が……」

「り、りりりリーダー!!」


 俺の顔を見て七割強が動揺。残る三割は小揺るぎもせず。

 態度もそうだが実力的に見ても三割が幹部とトップだろうな。


「落ち着けお前たち。ああ、確かに恐ろしい男だ」


 階段の踊り場に立つ小綺麗な男が口を開いた。奴がリーダーだろう。

 しかし……歳は俺と同じぐらいか? 結構な男前なのにマジかお前……。


「“人類最強”、“地球の最終防衛ライン”、“核の擬人化”、“梅田のヨルムンガンド”。

大層な二つ名の数々に負けていないどころか、逆に物足りんほどの実力を奴は備えている」


 梅田のヨルムンガンドはちげーだろ。

 出張で大阪行った時、梅田で死ぬほど酒かっ食らってたのを見た裏の奴がつけたあだ名だし。

 うわばみなんてレベルじゃねえ……って意味で強さとはまるで関係ない。


「――――が、それがどうした?」


 動揺が収まり始めた。

 ……そうそう、懐かしい感覚だ。この手の奴らって妙にカリスマ性ある奴多いんだもん。


「力で己を曲げるのか? 我々が仰いだ光をたかだか強い奴が現れただけで捨てるのか?」


 カッケーなぁオイ。


「笑わせる。人の尊厳とは力程度に屈するものではなかろうに」


 反射的にロング缶を取り出しそうになったが我慢した。

 自分ひとりだけならともかく子供を教導するという役目を担っているのだから酒に逃げるわけにはいかない。


「というか、だ。今見るべきは佐藤英雄か? なるほど、女ならば途方もないポテンシャルを秘めていただろうが奴は男だ」

「……」

「今、我々が見るべきはあの子だろう」

「え、私?」


 ギュン! と全員の視線が向けられたことで梨華ちゃんが軽くたじろぐ。


「……確かに」

「かなりの素養を感じる」

「が、それだけに惜しい」

「ああ。飾り気がなさすぎる」

「何を言う。それを教え導くのが我らの役目だろうに」


 梨華ちゃん? 褒められてるわけじゃないからね?

 いや連中にとっては誉め言葉なんだ……む!


「オジサン!?」

「佐藤さんッッ!!」


 頭目からノーモーションで放たれた光線。

 梨華ちゃんに向けて撃たれたそれの射線上に割って入り、敢えて受け止める。


「大丈夫だ。ダメージはない」

「う、うん……うん!? いや何かオジサン金髪になってんだけど!?」

「……出し抜けんか。染髪魔術……当たっていればそこな少女は見事な金髪になっていただろうに」

「一番、出が早い染髪魔術でさえこうもあっさりと」

「これではメイキャップビームや褐色光線は当てられそうにありませんな」

「待て待て待て! 何を褐色にしようとしている!? ここは美白光線だろう!!」


 ああ……やっぱ一枚岩ではないんだ。

 辿り着く先は同じでも構成する要素については好みが分かれるよな。

 俺はどっちも良いと思うけど。


「染髪? メイキャップ? 褐色? 美肌? さ、佐藤さん……あの人たちは一体……」

「……見ての通り奴らは組織だ。その組織名を教えよう」


 ふぅ、と溜息を吐き俺は言う。


「――――“オタクに優しいギャルを作る会”だ」

「「は?」」

「オタクに優しいギャルを作る会」

「いや聞こえなかったとかじゃないです! な、何を言って……」

「裏の世界にゃ超常の力を使って悪事を働く奴が居る。コイツらもその一種だ」


 不当に大金を得たり人を殺したり女拉致ったりする外道系も居るが、そういう分かり易い悪党とは別種。

 性癖を満たすためにアホな力の使い方をする変態がさぁ……一定数、居るんだわ。

 そして性質の悪いことに一つ潰してもまた別の変態がポップして切りがねえの。

 外道系に比べりゃ小悪党……いや小悪党って呼ぶのも小悪党に失礼な気がする変態どももまだマシだが迷惑なことに変わりはない。

 堅気に迷惑をかけんよう処理するのも互助会の役目なのだ。


「そこな少女よ。君もギャルにならないか?」

「勧誘ヤメロ」

「君ならばオタクに優しいギャルとして多くのシャイシャイボーイを救えるはずだ」


 クッソ話が通じねえ……。

 いや俺も性癖談義は好きだけどさぁ。押し付けるのは違うじゃん?

 気が触れた……もとい気の置けない仲間たちと駄弁るだけで十分楽しいし。


「どうかな? 答えを聞かせてくれ」

「……オジサン」

「無視して良いよ。さて、それじゃ強そうなのは俺が相手するから二人はそれ以外をよろしく」

「はい……あぁ、まるでやる気が起きない」

「ま、頑張ろうよ」


 軽く肩を回しながら一歩前へ出る。


「よォ、始める前に一つだけ良いか?」

「何だね?」

「お前らさぁ、勘違いしてない? オタクに優しいギャルはまあ、居ると思うよ」


 でも、


「そういう子はオタクだけに優しいわけじゃねえからな? オタク“にも”優しいギャルなんだよ」


 瞬間、時が止まった。

 しかし直ぐに我に返ると、


「――――それ言ったら戦争だろうがッッ!!!!」

≪殺せェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!≫


 戦いが始まった。

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