試練の日

 仕事終わりのことだ。

 会社を出る前にルーティンである屋上での一服を楽しんでいると、


「部長、ちょっと良いですか?」

「おうどうした松本くん。それにそっちは……情報システム部の川田くんだったかな?」


 松本くんが他部署の社員を連れて俺の下にやって来た。

 自分とこなら直ぐに顔と名前が一致するのだが違うとこなので少し間が空いてしまった。


「え、あ、ご存じなんですか?」


 川田くんが驚いたように目を瞬かせる。


「ああ。松本くんとは同期の桜だろ? 知ってる知ってる」


 人の顔と名前を覚えんのは営業マンの必須スキルだからな。

 それを鍛えるため、ペーペーの頃お世話になった先輩に言われたのだ。

 まずは自分とこの社員の顔と名前、簡単なプロフを頭に叩き込め、と。

 その先輩は家業継ぐために辞めて、今は年賀状のやり取りぐらいしかしていないが……久しぶりに会いてえなぁ。


「んでどうしたのよ? 何か困りごとけ?」

「困りごとっていうか……部長、バーとかも行きますよね? オカマバーとかじゃなくあの普通のお洒落なとこ」

「ああ。基本、酒が飲めるとこはカバーしてるよ」


 何ならホストクラブとかにも行くからね。

 そう頻繁にってわけじゃないがホスト相手もこれで中々、楽しいのだ。


「な、なあ松本……やっぱ佐藤部長に相談するようなことじゃないって」

「バッカお前。佐藤部長はうちで一番の遊び人だぞ。この人に聞いとけば間違いないって」

「ううん?」

「いや実はですね。川田の奴、そういうお洒落なバーに興味あるみたいなんですよ。ほら、カッコイイじゃないですか。そういうとこで飲むの」

「ちょ、おま……やめろよ恥ずかしい!!」

「いやいや恥ずかしくなんてねえよ。実際俺も初めて行った時の理由、それだぜ?」


 何かカッコ良いから。ホント、それだけの理由だった。

 軽い気持ちで通いながらバーでの楽しみ方を他のお客さんやマスターから教えてもらったっけな。懐かしい。


「部長らしいですね。まあ部長は気にしないかもですが、やっぱそういうお店って敷居高いでしょ?」


 何その言い草。俺が雑な奴みたいじゃん。否定出来る要素がねえな?

 まあそれはさておきだ。何が言いたいか分かったよ。


「それで軽くレクチャーして欲しいってわけか」

「あの、ご迷惑でなければ……」


 メモを取り出す川田くん。本当に話だけで済ますつもりらしい。

 もうちょっと図々しくて良いと思うんだが……まあ、目上の人間に気安くは難しいか。部署も違うしな。


「迷惑なんてことはないさ。よしよし、そういうことなら今夜はオッサンが奢っちゃろう」

「え、いやいやいや! あの、そんなつもりじゃ……」

「良いの良いの。松本くんも当然、付き合ってくれるよな~?」

「甘えさせて頂きます」

「よしよし。そんじゃ早速……」


 と、そこでスマホが震える。確認してみると……。


「……すまん、急用が入っちまった。今日は無理そうだ。二人は明日の予定どうなってる?」

「俺は問題ないです」

「わ、私も……はい!」

「んじゃ明日にさせてくれ。今日の分も楽しませてやっからさ。悪いねホント」


 吸いかけの煙草をもみ消し灰皿にポイ。コーヒーを一気して屋上を後にする。

 会社を出て向かったのは互助会が経営している喫茶店。

 表向きは喫茶店だが空間弄って店の奥に会員が利用する施設があるのだ。

 ようはあれだな、ファンタジーに出て来る冒険者ギルドみたいなとこ。

 この手の施設は都内に複数あって今回、足を運んだのは俺がよく利用するところだな。


「すいません急に」

「いや良いさ。あの子らのことで何かあれば連絡するように言ってるのはこっちだしな」


 あの子ら、とは梨華ちゃんと光くんのことだ。

 二人は頻繁にというわけではないが週一、二ぐらいで教導役と共に訓練がてら簡単な依頼を受けるようになっていた。

 そこそこ慣れて来たから今日は裏の過酷さが垣間見えるようなちょいキツ目の依頼を受けることになったのだが……。


「それよかパイセン……吉野さんは大丈夫なのかい?」


 何でも奥さんが急に産気づいたとかで急遽同行出来なくなったのだ。

 普通ならその段階で今日の依頼は中止になるのだが、この手の新人に回せる良い塩梅の依頼ってのは常時あるもんじゃない。

 今回のを逃せば次は何時になるか分からない。じゃあ他のフリーランスに引率任せればと思うかもだがそうもいかん。

 教導役ってのは互助会が信を置く人間にしか任せられていないのだ。

 むかーし、フリーランスを装って互助会に入って新人にあれこれ吹き込んで自分とこに引き抜いてたりし例があったかららしい。

 だから互助会側も教導役を厳選してるんだが、その弊害で人的な余裕がないので代理を直ぐに見繕うことも出来やしない。

 が、今回に限っては俺が居たのでとりあえず話だけでも通しておこうということになったわけだ。


「ええ。今、病院で奥さんの傍についてるそうで」

「そうかそうか。んじゃ、今回二人に回す依頼について教えてくれるかい?」


 別室で待機してる二人にはどうなるか分からないのでまだ説明してないみたいだからな。

 俺がしっかり聞いておかんと。


「こちら、資料になります」

「はいはい。どれどれ……うげ!? えぇ……これ系? しかも二件も……」


 思わず顔を顰める俺に受け付けの子が困ったような顔をする。


「“コレ”もある意味、裏における洗礼みたいなものですし」

「わ、分かるけどぉ」

「ストレートな感じのは今のとこ、特にないので……」

「……ちょっと待って。一旦、千佳さんに相談すっから」


 光くんはさておき梨華ちゃんはなぁ。

 スマホを取り出しささっとメッセージを飛ばすと、


〈親としては正直、嫌だけど必要なのも分かるから……よろしくお願いします……〉


 苦み走った顔が想像できる返信が返って来た。

 千佳さんも昔は平然とこなしてたけど色々常識を身に着けた今だと普通に引くよね。分かるマン。


「……OKみたいだし引率引き受けるわ」

「了解です。手続きをしておきますね」

「よろしく」


 溜息を吐きながら梨華ちゃんと光くんが待機してる部屋に向かうと、


「でさ! 転校生ちゃんの胸がすごいの何のって! ぶるんぶるんって擬音が聞こえてきそうな乳初めて見たわ!!」

「あの、西園寺さん?」

「あんなんもうブルンバストだよ。ロボの名前かよっつーね?」

「……あんまり女の子がそういう話をするのは」

「暁くんは堅いな~女だって普通にシモの話ぐらいするよ? 女に幻想持ち過ぎぃ」


 ……梨華ちゃんの方は大丈夫そうだな。


「あ、オジサン! やっほ~」

「やっほー。話は聞いてると思うが今回は俺が引率を務めることになった」

「よろしくお願いします」

「ああ。早速だが今回の依頼について説明するぜ?」


 俺がそう告げると二人は居住まいを正した。

 自分でやる分には別にどうとも思わんが子供に相手させんのは気が重い……。


「――――君らには変態の相手をしてもらう」

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