ある日のJC

 窓の外はしとしと涙雨。

 例年より早い梅雨入りだとニュースは言っていた。

 毎年毎年、この時期はあまり好きじゃないんだけど今年は違った。じめじめとした空気も気にならないほど私の心は弾んでいた。


「梨華さぁ、ゴールデンウィーク明けぐらいからめっちゃご機嫌だよね」


 一番仲のいい友人のカナが開口一番、そう切り出した。


「そう?」

「そうだよ。一時期は万年生理かよってぐらいピリついてたじゃん」


 し、失礼な……とは思うけど否定も出来ない。

 まあ確かに春休みぐらいからもう色々限界でむしゃくしゃしてたし。


「うちに泊まりに来ることもなくなったしさ」

「ああうん。その節は大変お世話になりました」


 家に帰りたくない時は友達の家を泊まり歩いていたこともある。

 まあ、本当に無理って時だけだからそこまで頻度は高くないけど……本当に感謝してる。

 何も聞かずにうち来なよと言ってくれる友達は得難い存在だと思う。


「いーよいーよ。梨華の気持ちもわかるし。でも、そっちの問題は解決したんだよね? 苗字変わったし」

「うん、バッチシ。ようやくあのゴミを捨ててくれたよ」


 浮気をする夫を子供のためと嘯いて見て見ぬ振りをする母。

 大嫌いだった。ホントもう、気持ち悪いことこの上なくて顔を見るのも苦痛だった。

 ホントに私のためってんならさっさと別れろよって話。ママのが稼いでるんだし。

 大体さぁ。両親揃ってるからって何なのよ。

 世の中にゃ女手一つで子供を立派に育て上げてる家庭だって幾らでもあるじゃん。


(新しい苗字はまだちょっと慣れないけど……こうなる前と比べたら全然気になんないレベルだし)


 西園寺梨華。それが今の私の名前なんだけど……。

 私が前に聞いたママの旧姓と違うからそこでちょっと戸惑う。

 ママが言うには表で生きると決めた時に苗字も名前も全部変えたとのこと。

 でも全部抱えて生きると決めた以上はってことで苗字だけは西園寺に戻すと決めたらしい。

 下の名前はね。離婚したからって変わるものじゃないからしょうがないよね。


「でもさぁ、それだけじゃないよね? 他にも何かあるんじゃない? 具体的に言うとぉ……コレ?」


 カナはにやりと笑って小指を立てた。


「……それ、女じゃないの?」

「え? 気になる異性って意味じゃないの?」

「いや私も詳しくは知らないけどさぁ。女を指すジェスチャーっしょ」

「じゃあ男は?」

「……中指?」

「喧嘩売ってんじゃん」


 いやでも男らしくない?


「ってかそうじゃないの! 実際、どうなん? 出来たの?」

「……まだカレシって、わけじゃないけど……まあ、イイ人には出会えたかな」


 オジサンだ。

 あの人と出会ってから私の人生は上向き始めた。

 まー……うん、見た目はね。ちょっとだらしない感じのオジサンだけどさ。

 男は見た目じゃないよ。ハートだよハート。元父親が顔だけは良かったから尚更そう思う。

 オジサンは初対面から既に中身がやばカッコ良かったもん。


(ベンチでぐてーってしてたのはあれだけど……その後がさ)


 私への対応がオトナのイイ男って感じでさ。

 正直、あの時から気になってた。そこに……あれだもん。

 会うのは二度目だったけどさ。初対面の印象でわりとクールな感じだと思ってたの。

 燻し銀的な? 滅多なことじゃ取り乱さない感じ。そんなオジサンがさ、血相変えて駆け付けてくれたんだよ?


(キュンキュン来るに決まってるじゃん)


 ……まあ、後で私に良くしてくれた理由がママの子供だからって知ってショックだったけどさ。

 でもイイ男はそこで終わらないの。


『千佳さんの娘ってフィルターは不満か? でもな、人間関係って大体そんなもんだよ。

友達の友達を紹介されて友達にとかよくあるだろ? それと同じさ。

最初はフィルター越しでもちゃんと相手に向き合うつもりがあるならフィルターなんざ直ぐになくなる』


 カッコ良過ぎて心臓止まるかと思ったわ。


「……か……梨華ってば! あんた今ひと様に見せられない顔してるよ!」

「おっと」

「おっとじゃないってば。で、どんな人なの? 教えてよ」

「えーどーしよっかなー」

「意地悪しないでさぁ……ってやば」


 そこでチャイムが鳴り先生が教室に入って来た。

 カナは後で詳しく聞かせてよ! と言って自分の席へと戻って行った。


(まあでも、問題がないわけじゃないよねえ)


 年齢差? そこはまあ、好きに年齢とか関係ないし。

 ただママからすれば複雑だろうなぁ。

 昔、仲が良かった親友が娘のカレとかリアクションに困るわ。

 そんなことを考えていたら、


「はい、全員静かに。今日は転校生を紹介するぞー」


 転校生? 突然のことに目を丸くする。

 そんな話、聞いてなかったけど……急だったのかな?

 ああでも、よくよく見れば私の隣に席出来てるじゃん。昨日まで何もなかったのに。


「じゃ、入ってくれ」


 先生が促すと教室の外から一人の女生徒が入って来る。

 銀髪、蒼い瞳……外人さん? いやそれより!!


「デッッッッ……! エッッッ……!? 何それマジでタメ!?」


 デカイ! 胸が! 尻が! 何その胸!?

 小さい子供の頭ぐらいない!? お尻もデカくてエッッ!!

 でもデブじゃない! キュッ! って……うわぁ、うわぁ、うわぁ……!!


「なか……西園寺、お前それ同性でもセクハラだからな」

「いやでもこんな……! えぇええええええ!?」


 顔もお人形さんみたいに可愛いし! あの、前髪で片目隠れてるのがまた……また……!

 何この男の妄想から飛び出して来たような美少女! ありなのそれ!?


「……すまんな。アイツちょっと馬鹿なんだ」

「いえ、御気になさらず」

「そうか? じゃ、改めて自己紹介を頼む」

「はい」


 頷き、彼女は教壇に立ちチョークを走らせた……フッ、読めん。

 何あれ英語? 違うよね?


「ギリシャから来ましたサーナ・ディアドコスと申します。

日本に来たばかりで不慣れなことも多く皆さんにはご迷惑をおかけするかもしれませんがよろしくお願い致します」


 ぺこりと頭を下げる転校生さん。

 お辞儀まで綺麗じゃん……やばいってこれ。女として勝てる要素ゼロだ。


「このまま質問タイム……と行きたいがそんな時間もないんで、そういうんは休み時間にでもしてくれ」


 それじゃあそこの席へと先生が促す……うわぁ、歩き方もふつくしい……。


「お隣ですね。改めてよろしくお願いします」

「あ、うん。えっと、私は西園寺梨華。梨華で良いよ」

「では私もサーナと」

「サーナさんね。うん、よろしく!」


 これから毎日この御胸を見れるのか……。


(別にそっちのケはないけど何か嬉しいわ……ありがたやありがたや)


 思わず拝んでしまう私なのであった。

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