目覚める若人
「「「……」」」
「おやおや、どうした君たち。先生の登場だぞ。拍手で盛り上げなきゃ」
最初に断っておくが俺は決してふざけているわけじゃない。
真面目にやってるんだと告げるが三人は困惑したままだ。
俺はやれやれと肩を竦めながら言ってやる。
「営業に必要なスキルって何よ? べしゃり……つまりはコミュ力だろ?」
「そ、それは……そうですけど……」
「君らが自信を喪失したのは先輩についてった先での仕事ぶりを見たからじゃないか?」
「……はい」
彼ら自身、コミュ力には自信があったのだと思う。
だが先輩たちの姿を見て「……自分もあんな風に契約取れるのか?」みたいなことを思ってしまった。
書類仕事は明確なやり方があるから何とかなるが営業についてはな。
マニュアルもあるがそれ一辺倒でどうにかなるもんじゃない。感覚的なものが大きい。
「だからこそのキャバ嬢ティーチャーズだ」
今回集めたキャバ嬢ティーチャーズはこの店や他の系列店でトップや二番手、三番手を務める子らだ。
つまり喋りのプロってわけだな。っとと、この顔……分かってねえな。
「夜の蝶を舐めんなよ~? エロ営業で上に行けんのは二流、三流店だけよ。
一流の店でのし上ろうってんなら容姿だけじゃ無理だ。相応のトークスキルがなきゃな」
馬鹿な男をだまくらかして一晩でアホほど吐き出させる奴は居る。
だがそれは三流だ。そういう貢がせ方をすると男が逆上してやらかしかねないからな。
実際ニュースとかでもそういう事件あるだろ? リスクがあるんだよリスクが。
冷静になった後でも「良い時間だった」と金を使ったことに後悔がないよう調整するのは生半なことではない。
「なあオイ、君らがド美人だったとしてよぉ。一晩で百万とか稼げるかい?」
「それは……」
「だがここに居る子らはそれが出来る。しかも金を使った方に後悔をさせずにな」
それは何故か。彼女らのコミュ力が半端ねえからに決まってんだろ。
「だから今日はめいっぱい、コミュの何たるかを勉強させてもらいな」
その間、俺は飲む。
ティーチャーズが全員、ピンクちゃん持参なのはそういうことだ。
本業からちょいズレたことさせるわけだしな。
何時も以上にガンガン金を吐き出して、その間ティーチャーズには新人の相手をしてもらう。
「ほれ、挨拶しな!」
「「「よ、よろしくお願いします!!」」」
「やだ、可愛い~」
「この時期の子らって初々しくて好きだわぁ」
「元気もらえるよねえ」
「そんな緊張しなくて良いんだよ? 気楽にいこ、気楽に」
俺が意図を説明したことで新人くんたちは背筋を正したが……ぶっちゃけ、これは方便だ。
夜の蝶の上澄みがパネェコミュ力の持ち主ってのはその通り。
でも話聞いたところでそれが身に着くかって話よ。少しぐらいは何か得るものもあるかもだがあくまで少しだけ。
それで劇的に成長するかって言えばそんなことはねえ。
じゃあこの席に意味はないのか? んなことはない。
(人間ってのは単純だからな)
ティーチャーズにはそれっぽい話をしつつ学んだ、一皮剥けたと錯覚させるようオーダーをしてある。
ネガティブな方向に傾いてる思考回路をポジティブ寄りに調整して肩の力を抜かせるのが俺の目的だ。
彼らは自分を卑下してるが入社試験に受かってうちに居る以上、一定のポテンシャルはあるんだよ。
でもネガティブに傾いてちゃ宝の持ち腐れだ。このまま放置してどっかでミスしたら悪循環に陥ること間違いなしだ。
だからそうなる前に意識を切り替える。
そうすればこの先失敗してもポジティブ寄りの精神状態ならちゃんと省みて次に活かせるからな。
別にキャバ嬢を教師にする必要はないって? 言うてそこは男だからな。
どうせあれこれ教えられるんなら別嬪さんのが気分良いわ。女の子ならイケメンホストだ。
(しかし……何その格好?)
俺がキャバクラ教室を思いついたのは教育係になって初めて新人を指導した時だ。
そっからだから十年以上はやってるのかな?
最初とは当然、顔触れも変わってて今のティーチャーズも三年ぐらいの付き合いだと思う。
この子ら一年目、二年目は普通にドレス着てたはずなんだがなぁ……。
何でこんなあからさまな男が妄想する女教師ルックを? ドレスなら経費で落ちるけどそれは落ちんだろ。
自費? 自費でやってんの?
「ああ、大丈夫ですよ。これ経費で落としてますから」
俺の疑問を察したのかティーチャーズの一人、アリアちゃんがクスリと笑って補足を入れる。
「……落ちるの?」
「や、最初は私たちも自費でやるつもりだったんですよ。今年も佐藤さんが連れて来るんだろうなって思ってたから」
「自費でやるつもりだったんかい」
「佐藤さんには普段からお世話になってますし、私たちも楽しんでますからね」
「そりゃ良かったが結局、何で経費に?」
「店が終わった後に呼ばれるであろう面子で相談してたらオーナーの耳に入りまして」
経費で落とすからと言ってくれたのだとか。
「マジかよ何考えてんだオーナー」
スーツ自体は良いもんでもキャバじゃ使わんだろ。
何? 女教師デーとか始めるの? ……それなら是非、事前に教えてほしい。
「それがですね。このキャバクラ教室で先生やりたい子、地味に多いんですよ」
「マジ?」
まあこの日はめっちゃ金落とすから成績に繋がりはするけど……面倒じゃね?
あ、いや年一だからそうでもないのか。数字を稼げるちょっと変わり種のイベントって感じなのかもな。
「はい。でも呼ばれるのはそれなりに数字出してる子だけだから」
「モチベアップに繋がってんのか」
「ええ。ポジティブに切磋琢磨する要因の一つになってるからこれぐらいはってことみたいです」
「ほー……」
「あとここだけの話ですけどオーナー、女教師ものが好きなんですよ」
性癖じゃねえか。
いやだが……そうか。長いこと通ってるが初めて知ったぜ。
オーナーってばシャイなんだから……今度、改めて席を設けて語り合いたいもんだ。
「ってかそれらを差し引いても太っ腹だな。コスプレつっても結構良いスーツだろそれ」
「太っ腹って言うなら佐藤さんもじゃないですか。毎年毎年新人の子たちのためにかなり使ってるでしょ?」
「俺はまあ、副業で儲けてっからな」
うちは副業可なので俺は裏の収入の一部を副業で稼いだ金として申告している。
裏の金は非課税で申告しなくても問題はないのだが俺って金遣いが荒い方だから申告しといた方がプラスなのだ。
だってそうだろ? 明らかに収入に見合わない散財してたら怪しまれるじゃん。
気兼ねなく金を使うために投資で儲けた金って理由付けをしてんのよ。
政府としても余分に税金納めてくれるわけだから喜んで諸々の手続きしてくれたわ。
「だとしてもですよ。自分じゃなくて誰かのために大金を使うことを惜しまない佐藤さんのそういうところ、カッコイイです」
「嬉しいこと言ってくれるねえ。もう一本、ピンクちゃん貰おうかな?」
「ありがとうございます。でも飲み過ぎなところはちょっと心配かな」
「大丈夫大丈夫。毎年、健康診断パスしてっから」
そんなこんなで数時間後。
御覧ください。新人の子らの顔を。店に入った頃とは別人のように輝いてるじゃありませんか。
「タメになったろ?」
「「「はい!!」」」
善哉善哉。今年のキャバクラ教室も成功したようだ。
ただこれ、新社会人をキャバとかにドハマリさせてしまうリスクもあるんだよな。
最初の生徒の一人が正にそれだった。
気づいて節度を保った楽しい遊び方を教えて軌道修正したがほっとけば身持ちを崩しかねなかった。
その子は今じゃ支社でバリバリやってる。左遷じゃないぞ。能力を買われて管理職やってんだ。
節度とかアホみたいに金使う俺が言えたことかと思うかもだが、そこはそれ。
(あれば雑に使うがなきゃないで上手いことやれるしな)
仮に会社員としての給料だけでやってけと言われても大丈夫だ。
そりゃ物理的に買える物は減るけど不自由さもそれはそれで嫌いじゃない。
限られた資金をやりくりしてってのもまた違う楽しさがあるからな。
それはさておきこの子らだ。
賢者に転職せず遊び人レベルを上げ続けてる俺の目から見て怪しいのは須藤くんだ。
(今は何か言っても水を差すことにしかならんが、これからちょいちょい目を配ろう)
気持ちを切り替え三人に笑いかける。
「よっし、んじゃこっからは純粋に楽しもう! 行くぜ二件目!!」
「「「どこまでもお供しまーっす!!」」」
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