悩める若人

 河川敷での性癖談義はとても実りのある時間だった。

 え? 柳? 知らない。まあ上手いこと自分なりに折り合いつけんだろ。

 大人なんだから気まずい奴とでも仕事上では上手くやれって話。

 これがね。会社の可愛いニュービーたちなら俺も配慮すっけどさ。

 柳も鬼咲も元々は俺の敵だし、俺よりも年上なんだからそこまで配慮してやる義理はないよねっていう。


(俺が気にかけなきゃいけんのは……)


 ちら、と視線をやる。

 皆、デスクに噛り付いて真面目に仕事をやって……いやちげえな。ぱらぱら漫画描いてる奴居る。

 まあ良い。ただサボってるだけならあれだが漫画家先生やってる彼は要領良く仕事をこなすタイプだ。


(早めに書類仕事終わったから、息抜きしてんだろ)


 なら許容範囲だ。

 営業つっても外回りだけやってれば良いってわけじゃない。書類仕事も普通にある。

 こういう時間が上司である俺にとっては地味にありがたかったりするのだ。部下の様子をじっくり観察出来るからな。

 外に出てる時の様子は流石に分からんからこういうとこで気を付けるべき対象を探したりするのだ。


(……今年は新人、三人ともかぁ)


 仕事だからな真面目にやって当たり前なのだが、真面目にやり過ぎてるのはちょっと怖い。

 やる気があり過ぎて空回りしてるとかならまだ良い。そういうのはほっとけば勝手に落ち着いて良い感じになる。

 だがそれ以外の理由でとなると危険信号の可能性が高い。

 例えばそう、営業がダメだからせめて書類仕事ぐらいは……なんて感じで必要以上に気負ってたりな。

 正直な話、新人がいきなり戦力になるなんて誰も思ってない。

 まだ半年も経っていないんだから生温く見守って然るべきだろう。や、流石にこれはやべえってミスとかなら叱るけどな。

 話がずれたな。俺らは長い目で見てるのだが厳しい目で見てしまう奴も居る。


 ――――他ならぬ自分自身だ。


 入社したての頃は期待と不安が半々……いやちょっと期待が大きいぐらいか。

 これからやってやるぞー! ってなるがある程度慣れて来ると、な。

 先輩らの仕事ぶりなんかを見てて「俺も同じようにやれるのか?」「向いてないんじゃ……」なんて思っちゃう。

 だがさっきも言ったように俺らはこの段階でアイツはダメだなとか思いはしない。独り相撲だ。

 今っとこ教育係につけてる子らから新人のそういう危うさについての報告は入っちゃいない。

 だが俺が見る限り彼らはもうネガティブ独り相撲春場所を開催してるっぽい。

 教育係が悪い……とは言わん。向き不向きや慣れもあるからな。

 今回教育係に抜擢した面々はそろそろ下の子の面倒見させても良いかな? と思い配置した。

 だからこれは俺のミス。教育係の子らのケツを拭くのは俺の役目ってわけだ。


(……やるか、今年も!!)


 軽く気合を入れ、終業までの数時間仕事に取り掛かった。

 そして終業のベルが鳴ったところで新人三人。佐伯くん、塩崎くん、須藤くんのさしすトリオを呼び出した。


「別に君らが何かしたとかじゃないからさ」


 露骨に不安がってるのでカラカラと笑い飛ばす。


「ところで君ら、今日はこの後予定あるかな?」

「いえ……」

「特には」

「大丈夫ですけど」

「ならちょっと付き合ってくれないかな? 大丈夫。全部俺の奢りだから」


 上司からこう言われたら断わり難いよな。

 好きなやり方ではないが単に寂しくて若い子を飲みに付き合わせるわけじゃないので勘弁してほしい。

 思った通り、乗り気ではなさそうだが承諾してくれた三人を連れ新宿の高級キャバへ。


「いらっしゃいませ。今年もお疲れ様です」

「いやいや迷惑かけるね」

「いえいえ。売り上げという意味でも、それ以外の面でも“コレ”は大きく店の利益に繋がっていますので」


 事前に話を通していたのでオーナーが直々に出迎えてくれた。

 本当はオーナーにこそ相手をして欲しいんだが……オーナーはキャストじゃねえからな。やってくれとは言えん。

 確保してくれていた奥の席に行くが……さしすトリオはどうも落ち着かない。


「あ、あの……こういうとこって高いんじゃ……」

「平気平気。オジサンね、稼いでるから」


 高いは高いが銀座の高級クラブってわけでもねえしな。そういうとこは次のステップからだ。

 三人を座らせ、まずはおしぼりワイパー。あー……スッキリした。


「単刀直入に聞くけどさ。君ら、営業部でやってけるかどうか不安なんじゃない?」

「「「!?」」」


 ビクリと身体を震わせる三人。

 素直なリアクションだぁ……苦笑しつつ、彼らを宥める。


「責めてるわけじゃない。まずは俺の話を聞いてくれるか?」

「「「……はい」」」

「俺も先輩らも入社して一年も経ってねえような子が即戦力になるなんて思っちゃいない」


 まずはしっかり言葉にしないことには始まらない。


「それは君らの能力がって話じゃなく当たり前のことなんだよ。

小学校、中学校、高校、大学……わりとトントン拍子で進めてたから勘違いするかもだが学校と会社は違う」


 学校は初手、小学校で躓かなければある程度勝手が分かる。

 だから環境が変わる際も以前のノウハウを引き継いだまま新しい環境に上れるが会社は違う。

 まったく未知の世界だ。だから上手くいかなくて当然。

 当たり前のことだがそれまで上手くやって来た子ほど、その当たり前が見えず自分を責めちゃうんだ。


「君らはまだ海のものとも山のものとも分かってない状態だ。

営業部に入ったけど本当の適正は別にあって異動した方が上手くいく可能性だってある。

でもそういうのさえまだ分かってないのが今の君らだ。だからさ、あんまり自分を責めてやるなよ」


 このままじゃいずれ潰れてしまう。

 キラキラ輝く二十代を自分の手で台無しにする必要なんてないのだと諭す。


「でも……お、俺本当にやってけるのかなって……」

「……確かに部長の言う通り、小中高大学と順風満帆で……だから、社会に出てもやってけるもんだと……」

「なのに全然上手くいかなくて……」


 ぽろぽろと涙と共に本音がこぼれ始めた。


「幾ら上司が大丈夫つっても不安は不安だよな。だからさ。少しでも不安が軽くなるよう自信をつけさせてやるよ」

「自信、ですか?」

「おうとも。小学校の時さ。跳び箱のテストとかやったろ?」

「は、はあ」

「知らされてからテストのこと考えると上手くやれるかって不安だったろ?」


 でも跳べるようにって何度も何度も練習したら少しはマシになったんじゃなかろうか。

 俺も小学校の時、昼休みに友達とめっちゃ練習してたわ。


「それは……そうですけど具体的に何を……」


 困惑する三人にフッと笑いかけ、


「カモォオオオオオオオオオオオオン! キャバ嬢ティーチャァアアアアアアアアアアアアアアアズ!!!」


 叫ぶ。

 その声に応えるようにピンクちゃんを手にした女教師ルックのキャバ嬢が六人、姿を現す。


「「「「「「は~い♪」」」」」」


 佐藤英雄主催、キャバクラ教室の始まりだぜぇ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る