心の柔らかいところ
「あー……もう、夜か……」
数日の出張を終え帰宅した俺は一日丸ごと休みを貰ったので酒をかっ食らい寝て過ごすことにした。
今しがた目が覚めたので時計を確認すると時刻は七時半。
約束の時間までには起きることが出来たらしい。
セットしていたアラームを解除し風呂場へ。シャワーを浴びて汗を流し身を清める。
さっぱりしたところで家に帰る前にコンビニで買った菓子パンを食べ、軽く腹を満たすことに。
もっしゃもっしゃ菓子パンを食べながらテレビを見ているとインターホンが鳴った。
「やあ千佳さん」
「こんばんは。寝起きかな?」
「ああ、ちょっと前まで爆睡してた」
「出張お疲れ様」
「あんがと。さ、入って入って」
千佳さんを家の中に招き入れる。
……思えばプロのお姉さん方以外の女性を家に入れるのは初めてだな。
実家で暮らしてる時は同級生の女の子が遊びに来たりはあったが社会人になってからはそれもないし。
「へえ~……意外、って言ったら失礼かもだけど片付いてるね」
物珍しそうにキョロキョロと部屋の中を見渡す千佳さん。
まあ確かに俺の性格的に散らかってても不思議じゃないってのは分かる。
実際、一人暮らし始めた頃はゴチャついてたしな。
じゃあ何で片付けをする習慣がついたかっつーと……へへ、家にね? 呼ぶじゃん? プロの人を。
流石に汚い部屋に入れるのは申し訳ないかなって。
(じゃあホテルに呼べよって話だが、俺は自宅派なんだ)
自宅という完全な日常。
その中に一時の非日常が混ざる感が好きなのだ。
まあ馬鹿正直にそんなことを千佳さんには言えないけどな。
「俺だって何時までもガキのままじゃねえんだ。こんぐらいの成長はしてるさ」
「ふぅん?」
どこかしらーっとした視線だ。
嘘を吐いてるのは見抜かれてるがどんな嘘を吐いてるかまでは分からないってとこか。
「ま、テキトーに座ってよ」
「うん」
千佳さんを座らせ、茶を用意する。
つっても一から淹れるとかじゃなくペットからコップに茶ぁ注ぐだけだがな。
(…………しかし何だ。やっぱ緊張するな)
キッチンからリビングをチラっと見やる。
自分の家に千佳さんが居る。その事実にドキドキが止まらん。
上機嫌な彼女の横顔を見ていると……こう、こう……道を踏み外してしまいそうになる……。
い、いやもう道義上の問題はないんだけどさ。
ただ千佳さんは特別な人で、だからこそ俺も結構拗らせちゃってて……。
「どうぞ。やけにご機嫌だね」
「ありがと。うん、何か落ち着くなって」
「落ち着く?」
「だってここヒロくんが生活してる場所でしょ? だからかな。ヒロくんの匂いに包まれてるみたいで……えへへ」
「え、加齢臭!? やっぱ加齢臭漂ってる感じ!?」
興奮が一気に鎮火した。
におい……目ぇ逸らしてたが頭髪に続いて気になってる部分だ。
「いや違うんだ。俺もね、念入りにケアはしてるのよ?」
風呂入る時もさ。耳の裏とか危ないところは丁寧に洗ってるんだ。
「でも……消えてくれねえんだ! 枕からァ!!」
オッサンみてえな臭いがさぁ! 消えないのォ!
ガキの頃に嗅いだとっちゃまの枕からしてた臭いがどうして……どうして俺の、俺の枕から!?
さめざめと泣く俺。今、俺は深く傷ついていた。
「……そうくるかぁ」
え……あ、そういうあれか。
千佳さんの地蔵みたいな顔を見てズレていたことに気づく。
これは遠まわしなアピールだったようだ。
ラブコメの鈍感主人公みてえなすれ違いだがこれは俺、悪くないだろ。
においというオッサンが気にし始めるデリケートなところに踏み込んだ千佳さんが悪い。
まあそれはそれとしてアピールに気づきはしたがスルーしよう。ここで照れるのも何か変だし。
「あのさ、俺が相手だからって気を遣わないで正直に言って欲しいんだけど」
「いや大丈夫大丈夫。特にそういうのはないから。ね?」
「ホント? 嘘じゃない?」
「……ホントだし、そこまで気にすることかな?」
「オッサンにとっては死活問題なんだよ。多分、ここを気にしなくなった時……老いに歯止めが利かなくなる」
恐怖に身を震わせる俺……何だこの時間?
アホやってる場合じゃねえだろ。千佳さんを誘った目的を果たさにゃ。
いや誘ったつっても俺は普通に千佳さん家に行くつもりだったんだがね。
千佳さんがヒロくんの家に行きたいっつーから受け入れただけだし。
「まあ悲しい問題はさておくとしてだ。これ、お土産ね」
デン、とテーブルに大き目の紙袋を三つ置く。
「……買い込んだねえ」
「仕事がバチクソ上手くいったからね。財布の紐も緩む緩む」
それはそれとしてだ。
「このピエロのシールが貼ってるのが梨華ちゃん用ね。リク通り変なの買ってある」
んで残り二つが千佳さんってよりは西園寺家用だな。
千佳さんの場合は特に、変わったの要求されんかったから。
「ありがとう。じゃ、これお返し」
そう言って千佳さんは虚空からデン! とそれを取り出した。
これは……ビールか。それも外国の。イギリス、ドイツ、アメリカ……色々あんな。
「友達がビールフェスに行ったみたいでね。貰ったんだけど折角ならヒロくんと一緒に飲みたいなって」
「……へへ、嬉しいお返しだ。よっしゃ、早速あけようじゃないの」
「そうこなくっちゃ」
常温で飲むのが美味いのも幾つかあるし、冷えたの欲しけりゃ異能で冷やせば良いからな。
美味いビールを飲むための術は幾つか開発してあるので何の心配も要らん。
「そういやさぁ。前に千佳さん家に行った時、もしも鬼咲が生きてたら大喜利やったじゃん?」
「やったねえ。あ、これ美味しい」
「あれ答え分かったよ」
「はい?」
「アイツ、オカマになってた」
「……」
「福岡のオカマバーでママやってたよ」
「……?」
「いや大丈夫だから。熱とかないから」
身を乗り出して右手を俺の額に、左手を自分の額に当てる千佳さん。
まあ分かる。そういうリアクションも分かるよ。でも事実なんだよなぁ……。
ってか胸。見えてる。あのー、何だろ。露骨な色仕掛けも……千佳さん相手だと興奮するけどさ。
こういう意図しないエロは更に効くな。アルコール入ってるせいか止め処なくムラムラが……ッ!!
ブラチラたまんねえ!! という心の叫びを押し殺し、俺はスマホを見せてやる。
「はいこれ証拠」
スマホの画面に映っているのは鬼咲の写真だ。
千佳さんは穴がぐらいの勢いでスマホをガン見している。
「こ、これは……確かに面影が……いやでも……」
目の前の現実が受け入れ難いのだろう。千佳さんはコロコロと表情を変えている。
無理もねえ。かつての宿敵が生きててオカマになってるとか意味わからないもん。
「オカマになってるのもそうだけど……なんで、生きて……おかしいじゃん。あの状況で生きてるとかあり得ない……」
う、うぅ……と頭を抱える千佳さん。
当然の疑問だ。あの状況でどうやって生き延びるんだよってのはマジで意味わからんもん。
「ああ、実はねえ」
生き延びた経緯を話してやると、
「ありなのそれぇ!?」
まるっきり俺と同じリアクションで笑うわ。
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