夜半の語らい

「待たせちゃったかしら? ごめんなさいね。片付けが長引いちゃって」

「いや……」


 何だこのやり取り?

 やっぱ柳と正反対だな。アイツは俺と再会した時、平静を装ってはいたが気まずそうだった。

 対してこっちは旧知の人間に会ったような気軽さだ。いや旧い知り合いではあるけど……敵じゃん俺とお前。


「にしてもあなた……老けたわねえ」


 頬に手を当て、呆れたように呟く。しなを作るな。


「それに身体もまあ、随分とだらしなくなっちゃって」


 うるせえよ。


「昔のあなた、結構なお洒落さんだったけどあの頃の服、もう入らないでしょそれ」


 そうだな! その通りだよ!

 昔の荷物整理してる時とかに当時買った服見つけて穿こうとしたけど無理だったわ!

 腹回りが苦しくて苦しくて仕方ねえ! 無理やり押し通そうとしたらボタン弾け飛んだわ!!


「そういうテメェも随分と様変わりしたじゃねえか」


 いやそうじゃない。このまま奴に会話のペースを渡すのは良くねえ。

 俺は深々と溜息を吐き、鬼咲の言葉を遮るように言った。


「テメェ、自分の立場分かってんのか?」


 軽く力を開放する。

 当時の奴を簡単に殺せるぐらいの圧をぶつけてやった。

 俺の見立てでは鬼咲は当時よりも弱くなっている。が、奴は俺のプレッシャーには小揺るぎもせず頷いた。


「分かってるわ。今のあたしは無様に命乞いをする立場だもの」


 そう言って奴は跪き、両手と額を地につけ頭を下げた。

 あまりにも見事な土下座に俺はポカンと呆気に取られてしまうが、構わず奴は続ける。


「佐藤英雄。あなたがあたしに思うところがあるのは百も承知。殺しても殺し足りない怨敵だもの」

「……」

「でも、それでもお願いします。どうか、どうか今少しだけ……見逃してください」

「……」

「あたしには、やらなければいけないことがあるんです」


 ……若い頃の俺なら「そうか、だが死ね」で首を刎ねていただろう。

 だがまあ、曲がりなりにも歳を食って色々なことを学んだ今だから分かってしまう。

 コイツは今、どこまでも真摯に一時の許しを乞うている。そしてそれは命惜しさからではないと。


「……即答はしかねるな。テメェを殺すかどうかは話を聞いた上で判断する」


 頭を上げろと言って奴を立たせる。

 ゲザったままじゃ落ち着いて話も出来ねえからな。


「分かったわ。何から話せば良い?」

「まず第一に、何で生きてる?」


 柳は屈辱を与えるために敢えて見逃した。

 鬼咲もそうだったが柳とは少し違う。

 コイツにも屈辱を与えてやりたかったので直接、トドメを刺すことはしなかった。

 だがコイツのしぶとさはよく知っていたので致命傷は与えておいた。回復手段も奪った。

 その上で放置した。放置しとけば火事場泥棒的に奴の存在を快く思わん誰かが殺るだろうと。

 最後の戦いでは運にも見放されていた節があったし、正直死んだと思っていた。

 実際に後々、それっぽい話を聞いたしな。

 死体は見つからなかったが状況的に肉片一つ残らず消し飛んでいても不思議じゃなかったから死んだものだと……。


(鬼咲は強いは強いが搦め手は苦手だったからな……)


 柳のような頭脳もねえ。

 運に見放され、力もロクに振るえなくなれば詰みだろう。


「そうね。あたしも死んだと思ったわ」

「なら……」

「ただ幾つかの偶然が絡み合って、命からがら窮地を脱することが出来たの」


 うっそだろお前……。


「あの時、力のぶつかり合いによって空間が歪みそこに飲み込まれたの」

「いやだが……」

「ええ、あなたに致命傷を負わされていたし追手との戦いで更に消耗したわ」


 その命は風前の灯火だったはず。

 そこから一体どうやって生き残ったというのか。


「飛ばされた先で一緒に飛ばされた部下の子に助けられたのよ」

「部下?」


 解せない。何とか出来そうな幹部連中は俺が事前に皆殺しにしていたはずだ。

 鬼咲との最後の戦いに臨むにあたって俺は逃げ道を幾つも潰していた。

 幹部の皆殺しもその一環だ。転移や治癒に長けた連中は念入りに磨り潰したはず。

 訝しむ俺に鬼咲は言う。


「あなたの疑問も分かるわ。実際、あの時傍にいたのは部下と言ってもお世話係みたいな子だったし」


 裏の人間ではあるが雑魚も雑魚。

 追手との戦いで鬼咲を守ろうと割って入って来たがむしろ鬼咲自身がその部下を守るよう立ちまわっていたという。


「でも土壇場で力に目覚めたのよ」

「ありかよそれぇ!?」


 そんなん予想出来るわけねえだろ!?

 雑魚の覚醒まで織り込んで策を練るとかキリがねえじゃん!


「あの子が死を肩代わりしてあたしは生き延びることが出来た。

とは言え、あなたに負けて理想を阻まれその上守るべき部下を守れなかった事実を前にあたしは完全に圧し折れたわ」


 そんな時、ママに出会ったのだという。

 知り合いが大病を患って鬼咲が飛ばされた土地で臨時の代理ママをしていた彼女に拾われたとのこと。

 まあそうね。ママなら心身共にズタボロの奴を見捨てはせんだろう。


「ママの優しさに触れて幾らか立ち直ったあたしは最初、恩返しがてらボーイをやってたの」


 しかし次第にこういう生き方もありなのかなと思い……オカマにジョブチェンジしたらしい。

 掲げていた大義もママや色んな人と触れ合う内に間違っていたとスッパリ諦めたのだと言う。


「佐藤英雄。あなたは言ったわね」

「あん?」

「私の夢をお前の個人的な感想だろ。決めつけんじゃねーって」

「ああ。言ったな」

「その通りだわ。秩序で雁字搦めにしなくてもママのような素晴らしい人間は居る」


 そしてその逆も然りだと鬼咲は苦笑する。


「どれだけ強く縛り付けようとそれに反発して悪を掲げる人間だって……きっと、出て来る」


 それをママとの暮らしの中で鬼咲は悟ったのだと言う。


「結局のところ、夢を見つける前のあたしが無法に溺れていたのはあたし自身の問題。

人類なんて主語を大きくするまでもない……それは責任逃れの言い訳でしかないわ」


 ……ママは偉大だな。

 変な方向に突っ走ってた馬鹿にしなやかな生き方、考え方を生きざまを以って示してみせたんだから。

 ママ、実は主人公だった?


「話しを戻すわね。肩の力が抜けたあたしはママと一緒に楽しくやってたんだけど、ほら代理って最初に言ったでしょ?」

「ああ」

「結局、復帰は難しいってことで店を閉めることになったのよ」

「そりゃまた……」

「ママから一緒に東京へ来ないかって誘われたんだけど……ママに迷惑をかけるわけにはいかないから断ったわ」


 流石に東京でやってくのはリスクが高いからな。当然の判断だろう。


「そしたら福岡で知り合いがやってるって店を紹介されてそこで働き始めたの」


 やがて独立し、店を持ち幸せな日々を過ごしていたと奴は笑う。


「でもね、ふと立ち止まって過去うしろを振り返った時に思ったのよ」

「何を?」

「まだあたしが掲げた夢に囚われてる子が居るんじゃないかって」

「……」

「そしたらもう、このままでは居られない。だってあたしが始めたことだもの。あたしの手で終わらせないと」


 言葉で諭し、どうしても無理ならこの手で……。


「あの日生き延びたこの命に意味があるとすれば……きっとそのため」

「だから今しばらくの猶予をくれってか」

「ええ。言えた義理ではないけれど、お願いします」


 再度、頭を下げる。


「……まあテメェの懸念は間違っちゃいねえよ」

「! もしかして……」

「ああ。混沌の軍勢と真世界の残党が組んでやらかそうとしてたのを少し前に防いだ」

「ッ」

「つっても首謀者らしき二人を捕らえただけで再起を狙ってる奴はまだ居るだろう」

「……尚更、死ねないじゃない。佐藤英雄。お願い、あたしに出来ることなら何でもする。だから――――」

「良いぜ」

「え」


 虚を突かれポカンとする鬼咲に言ってやる。


「条件を呑むなら生かしてやる」

「……何をすれば良い?」

「俺の下で動け。連中をどうにかしたいのは俺も同じだからな。だがテメェを野放しには出来ねえ」


 だから俺の下につけ。命令には絶対服従。それが呑めるなら生かしてやる。

 俺が提示した条件に鬼咲は、


「呑むわ」

「即答かよ」

「今のあなたなら信じられそうだもの」

「ほう?」

「昔のあなたなら問答無用で殺していたでしょ? でもそうしなかった。真摯に話を聞いてくれた」


 それに、と鬼咲は笑う。


「あの子の……西園寺千景のためなんでしょう?

大切な人のために恨み辛みを飲み込めるほどイイ男になった今のあなたに従うことに否はないわ」


「……そうかい。なら契約成立だ。馬車馬のように働けよ」


 すっかり冷めた味噌汁を一気に飲み干す。

 何というか、マジで人生何が起きるかわかんねえなぁ。


「それで、具体的にどうすれば良いかしら?」

「柳の野郎と一緒に動いてもらう」

「…………あの男も、生きてたの?」

「ああ。アイツなりに答えを見つけたみてえでな。今はもう無害だよ」

「そう」

「表舞台に戻れるよう手配すっからそれまでは待機ってことで」

「了解」


 ……しかしあれだな。

 残党連中はかつてのボスがこうなってるの見てどう思うんだろ。


「ところで」

「あん?」

「柳は、今どうしてるの?」

「ああ……ホームレス」

「ホームレス!?」

「命からがら生き延びた後はホームレスになって身を潜めてたんだよ」


 そこで人の優しさに触れて改心したのだと言ってやると、


「あの男が……そう、ホームレスに……人生、何が起きるか分からないわねえ」


 いやお前も大概だからな?

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