未来を憂いた彼のイマ

 混沌の軍勢の頭目たる柳誠一が智慧と力の男なら真世界の首領である鬼咲乱丸は運と力の男と言えよう。

 力とカリスマ、共通点もあるが二人の強みは異なる。

 柳は切れ味鋭い頭脳を以って混沌の軍勢を裏社会の一大組織に押し上げた。

 こちらはある意味で分かり易い。筋道立った成り上がりだからな。

 しかし鬼咲は違う。奴は幾つもの小さな偶然、些細な幸運を積み上げて真世界を裏社会の一大組織に押し上げてしまった。

 これはもう、どうしようもない。柳のように理屈が背骨にあるなら同じく智慧者をぶつけて邪魔も出来るだろう。

 だが運……こればっかりはどうしようもない。何せ本人も意図していないのだから止めようがない。


『私を怪物だの魔人だのと言う者が居るが私からすればあの男の方が余程だよ。手が付けられん』


 全盛期の柳をしてそう言わしめるほど鬼咲は厄介な手合いだ。

 俺自身、かつては幾度も煮え湯を飲まされたので柳の発言には敵ながら「それな!」と即同意したもんだ。

 最終的に俺が勝利したとはいえ本当に厄介な敵だった。

 そんな厄介な敵が……。


(何で、オカマ……ッッ!!)


 あのさぁ、いい加減にしろよマジで。

 かつての宿敵二人がよぉ! 片やホームレス! 片やオカマバーのママ!

 どうリアクションしろってんだ!? 素人相手に求める難易度じゃねえだろ……!!


「ヒデちゃん? それに蘭ちゃんも。あなたたち――――」


 ママの言葉でハッと我に返る。

 思うところは多々あるが……今は“そうじゃない”だろ!


「ああうん、ちょっとした知り合いさ。ま、気にしないでよ」

「そうね。そうするわ」


 さらりと流すとママは店の従業員たちと談笑を始めた。


「あなた……」


 鬼咲が目を丸くしている。


「俺やテメェが取り繕ったところでママの目は誤魔化せねえだろ?」

「……そうね」

「そしてお互い、ママに気を遣わせたくない」

「……ええ」

「だからこうさせてもらった。文句あるか?」

「……ないわ。お礼を言わせて頂戴な」


 俺がやったのは認識の歪曲だ。

 俺と鬼咲についての認識を“そういうもの”と受け流せるよう捻じ曲げた。違和感を覚えることはない。

 例えば今この場で奴と殴り合いをはじめてもママを含めて他の人間は何も思わないだろう。

 あまりよろしい手ではないがママに妙な気遣いをさせるのは嫌だし、何よりこの場の空気を壊したくなかった。


「……諸々の話はこの宴席の後だ」

「ええ」


 クッソ……やっぱ違和感半端ねえなこのオカマ口調!

 かつての姿がチラついてモヤモヤ感半端ねぇ!!


(飲まなきゃやってられんて……いやマジで)


 それから深夜まで宴は続いた。

 上機嫌の社長と一緒にビジホへ戻った俺は自分の部屋には戻らずホテルの屋上へ。

 普通に立ち入り禁止で施錠もされているのだが俺には無意味だ。


「ふぃー……」


 酔い覚ましに買ったカップみそ汁を啜りながらぼんやり考える。

 鬼咲乱丸。柳誠一と並ぶ俺のかつての宿敵。

 最終的にはどちらにも勝利を収めたが当時の俺にとってはどちらも生半な敵ではなかった。


(……柳にこのこと教えたらどんなリアクションするだろうな)


 柳にとって俺は無視出来ない敵だったかもしれないが奴にとって一番の敵はと言えばそれは鬼咲だろう。

 鬼咲に聞いても一番の敵は柳だと答えると思う。

 柳誠一と鬼咲乱丸。二人はどこまでも対照的な人間だった。

 柳は混沌の果てに新たな地平を望んでいたがその本質は実に紳士然としている。

 鬼咲は秩序を以って絶対の安定を望んだがその本質は荒くれ者。飾らず言えばチンピラだ。


(お前ら逆じゃね? と何度思ったことか)


 何でそんなチンピラが絶対の秩序を求めたのか。

 事情を知らない人間からすれば意味が分からないだろう。ちゃんと理由はある。

 何故奴が絶対の秩序で世界と人を縛ろうとしたのか……根っこの部分にあるのは自戒だ。

 鬼咲乱丸も元は表の人間で不運に巻き込まれ裏へと足を踏み入れたクチだ。


 ただ奴を保護した連中がよろしくなかった。

 表から裏に来る人間が全て互助会に保護されるというわけではない。

 裏には幾つも勢力があるからな。そいつらからすれば元パンピーは兵力増強のチャンスでしかない。

 鬼咲を保護したのは分かり易いヒャッハーな中小勢力で鬼咲自身も最初は好き勝手やっていた。

 後に一大勢力の長になる男だ。その素養はそんじょそこらの雑魚とはモノが違う。

 ぐんぐん頭角を現していったそうだ。だが、奴はある時気づいた。

 自分や周囲の人間を見て思ったのだ。


 ――――こんなんを野放しにしてたらやばくねえか?


 とな。

 そこでヒャッハー連中だけを標的にするなら良かったんだが……分かるだろ?

 以前も述べたがデカイことをやろうってんならプラスであれマイナスであれ強い情熱が必要だと。

 鬼咲もそう。奴は人類全てを危険視したのだ。

 自分や他のヒャッハーは決して特別ではない。一皮剥けば皆、ヒャッハーだと。

 人の歴史は解放の歴史。時代が進めば進むほど人は解き放たれていった。


 ……このまま放置すれば取返しのつかないことになるのでは?


 鬼咲はそんな危惧を抱いたのだ。

 じゃあその危惧を現実のものとしないために何が出来るだろう?

 奴が求めたのは絶対の秩序。ガッチガチに縛り付けることで人の未来を守ろうとした。

 根っこの部分がチンピラつっても善性寄りのチンピラだったわけだ。

 そこで奴は人類の未来を守るという題目を掲げて真世界を立ち上げたわけだが……。


(余計なお世話極まりねえ……)


 柳もそうだけどさぁ。

 このままじゃ人類はダメになる? あの、それあなたの感想ですよね? としか言いようがない。

 巻き込まれる側からすれば堪ったもんじゃねえよマジで。

 ちなみにその手の反論は幾度もやったが……まあ聞いてくれなかったよね。

 そりゃそうだ。十代のガキの言葉で自分の意見を翻すような奴が世界を変えるとか言い出さねえよ。

 その頑なさが……人を惹き付ける要素でもあるんだろうなぁ。


(……しかし奴は何を考えてんだか)


 お疲れ会の様子を見る限りでは……危うい何かは感じなかった。

 かつての思想を掲げて再起を狙っているとかそういうのではない、と思う。

 だが何か腹に抱えてるのは確かだ。

 今回お疲れ会が開かれたのは奴が面倒を見ていた子に店を譲り渡すからだ。

 じゃあ、譲り渡した後は? ママもその辺について聞いていた。どこかに新しい店でも出すのか? と。

 奴はふるふると首を横に振りこう言った。


『ちょっとやり残したことがあるのよ』


 柳を許した以上、鬼咲についても迷惑をかけないなら好きにやれば良いと思ってる。

 だが奴の言うやり残しについて聞いておかなきゃ見逃すことは出来ない。過去が過去だからな。


「……来たか」


 振り向くと同時に鬼咲は音もなく屋上へ降り立った。

 真剣な面持ちだが……。


(女装のせいで気が抜ける……!!)


 せめて今ぐらいは男のカッコで良かったんじゃねえかなぁ!?

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