えにしの糸を手繰り寄せ

「いやー……大勝利だったねえ」

「はー……大勝利でしたねえ」


 商店街の喫煙所。

 商談を終えて一息入れてるわけだが……いやぁ、ビックリするぐらい上手くいった。

 朝、社長と一緒に相手方の会社へ行ったんだがもう、進む進む。トントン拍子で話が進んであっちゅー間に話がまとまった。

 想定以上の成果で、あちらにとってもこちらにとっても有益な話が出来たと思う。


 ――――が、俺たちの幸運ブーストは止まらない。


 良い時間になってきたしと昼飯に誘われたのね。

 メディアとかで取り上げられたわけじゃないが、地元民おススメの隠れた名店。

 楽しみだなぁとキャッキャしながらそのお店に行ったらだよ。

 あちらさんと付き合いのある会社の社長さん含むお偉いさんとバッタリ。一緒に飯食うかってことになったの。

 したらもう、盛り上がること盛り上がること。

 んでそこの会社さんとも、ね? 良い関係を結べました。

 九州でも結構勢いのあるとこで関東進出の足がかりを探してたそうな。


「タイミング良過ぎるよね」

「俺ら、天に愛されちゃってますよこれ」


 社長と一緒ってのがまた良かった。

 俺だけじゃ決めかねるとこもあったが社長が一緒なら何の問題もない。

 スムーズに話が進んで……それがまた気持ち良いの何のって。

 まだまだ話さなきゃいけないことはあるが、後はもう気楽なもんだ。消化試合みたいなもんよ。


「幸運の女神が居るならこれ話もそこそこにホテルへ直行してるレベルですよね」

「休憩どころか宿泊レベルだよ」


 “持ってる男”なんだなあ、俺も社長も。


「それはそうとこれからどうします?」

「そうだねえ。約束の時間まで結構あるからなあ」


 ママの知り合いのお疲れ会は今日の夜、八時にあるんだが今現在の時刻は3時を少し過ぎた頃。

 予定では夕方ぐらいまでは仕事のはずだったんだが……あまりにも上手く行き過ぎた。


「早めに夕飯食べて、そこからホテルで良い時間になるまでゴロゴロしよっか」

「観光って気分でもないですしね」


 気分自体は良いんだが上手く行き過ぎた弊害だろうな。軽く賢者入ってる。


「何食べよっか」

「昼は蕎麦でしたからねえ。こってりしたもんでも食べましょうや」

「……ラーメン?」

「確かに名物ですけどぉ」


 昼も夜も麺類ってどうなのよっていうね。

 確かにパンチの効いた豚骨ラーメンにサイドでチャーハンとか頼めばコッテリ欲求は満たされるかもだが……。


「あ、じゃあもつ鍋。もつ鍋なんてどうよ?」

「もつ鍋! 良いですね~おぉぅ、酒が進む進む」

「いや飲まないよ?」

「んな!?」


 正気かこの男……?


「確かにもつ鍋で酒は進むだろう。だが敢えて我慢する。そうすることで夜、更に美味い酒が飲めるから」

「!」

「ママの薫陶を受けたヒトだ。素晴らしい店なんだろう。楽しみたいじゃあないか。存分に……」

「……己が浅薄を恥じる次第です」


 これが、社長……言われてみれば確かにその通り。

 しかし、言われなければそこに気づけないという時点で彼我の“格”は明確だ。

 俺は欲に目を曇らせ見るべきものが見えていなかった。


「一生ついていきますよ、社長」

「よせやい照れる」


 そうして俺たちはもつ鍋屋を求め、歩き出した。

 連絡先を交換した取引先の人らに聞けば美味い店を教えてくれるだろう。

 だが俺も社長も聞くつもりはなかった。何故って? 確信があったからだ。

 今の俺たちは無敵だ。勝とうとすら思わずに勝ってしまう。

 そしてそれは正しかった。ふと目についたもつ鍋屋に入ったのだがうめえの何のって。

 酒を欲する心を無理やり縛り付けながらハフハフもつを食べましたとも。

 腹が満たされた幸福と、酒が飲めない不満。背反する思いを抱えたままビジホに戻った。

 戻る前にコンビニでアイスを買っちゃった。シャワー浴びた後で食べるんだ。


「ふぅー……さっぱりした」


 ビジホに戻ると即シャワー。風呂上りは当然、パンイチ。

 家でのパンイチとビジホでのパンイチ。同じパンイチなのに解放感が違うよね。

 多分これは自宅という自分のテリトリーでやるからそこまで解き放たれた感がないんだと思う。


「あ、忘れてた」


 ベッドに寝転がりお高いアイスを食べていて気付く。

 そういや千佳さんらにお土産のリクエスト聞いてねえなって。

 とりあえずは西園寺親子(言い忘れてたが苗字は戻した)のリクから聞くべ。


「お土産何が良い? 梨華ちゃんにも聞いておいてください……っと」


 メッセージを打ち込んでスマホを置く。

 よっしゃ、有料放送でも見るかと思った正にその時だ。スマホに着信アリ。


「ひえっ」


 千佳さんからだ。

 別にどうってことはないのかもだがタイミングが絶妙過ぎて軽くビビった。


「もしもし、俺だけど」

〈千佳だよ。今、大丈夫?〉

「ああ。どしたん?」

〈えへへ、ちょっとヒロくんの声が聴きたくなって〉


 きゃわわわ……!


「そっか。ってか仕事中じゃ?」

〈大丈夫だよ。休憩がてらコーヒー飲んでたところだから〉

「へえ、ちなみに俺はホテルでアイス食べてる」

〈……え、休憩中とかじゃなくて?〉

「話がトントン拍子で進んでね。今日は早く終わったんだ。んで夜まで暇してるわけ」

〈それはそれはおめでとうございます〉

「ありがとうございます。それでお土産は何が良い?」

〈えっと、福岡だっけ?〉

「うん」

〈福岡ラーメンと明太子……とか?〉


 お約束だなぁと笑うと、


〈むぅ……いやでも、福岡って言ったらそうじゃない〉

「はは、そうだね。OK、千佳さんはそれに加えて何かこっちのお酒買ってくよ」

〈ありがと。梨華は……まあ聞くには聞くけど、多分変な物をお願いって言うんじゃないかな〉

「変な物?」

〈あの子ちょっと変わってるところがあるのよ。定番のお土産とかより何でこれ選んだの? みたいなのが好きなの〉


 そしてそれを見てゲラゲラ笑っているのだとか。

 いやでもちょっと分かるかも。ネタ系の土産は滑ったら虚無だけどツボったらめっちゃ面白いし。

 それから千佳さんとは三十分ぐらい話をして電話を終えた。

 その後は何をするでもなくダラダラ時間を浪費し、約束の時間がやって来た。

 待ち合わせ場所でママと合流し、ママの案内で件のお店に。

 ママんとこが春爛漫だからだろう。その店の名前は“夏真っ盛り”だった。


「蘭ちゃ~ん来たわよ~」


 そう声をかけると奥から蘭ママと思われる人がやって……うん?


「ママ! 久しぶりぃ! 今日はありがとね~」

「水臭いこと言わないの。私と蘭ちゃんの仲じゃないの」


 イチャつく乙女(♂)二人。

 あれは……いやでも、そんなまさか……だって……何かの間違い……。


「あ、そうだ。紹介するわね。こちら、うちの常連さん」

「あらぁ! どうも蘭子ですぅ。今日は本当……に……」


 愛想の良い笑顔が凍り付いていく。

 その視線の先に居るのは……俺だ。


「……あなた、佐藤英雄……?」

「……き、鬼咲きざき……乱丸らんまる、か……?」


 それはかつての宿敵との再会。俺はリーマンで奴はオカマだった。

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