男の戦い

 翌日の夕刻、俺とシャッチョは博多入りした。

 時間も時間だ。飯を食って明日の商談に備え英気を養うのが正しいリーマンの生き方だろう。

 が、俺たちは違う。飯食う前にやることがある――――宿探しだ。

 お前……宿ぐらい事前に取っておけよ……仰る通り。社会人としては教えられるまでもない当たり前のことだ。

 だがしかし、俺たちは特に問題がなさそうなら現地に入ってから宿を探すことにしている。

 俺と社長の数ある出張の楽しみの一つだからな。


「それじゃあ佐藤くん」

「ええ、ビジホバトルと洒落込みましょうか」


 あらかじめ目をつけていたあたりでタクシーを降りて社長と別れ、歩き出す。

 社長と部長。立場的には俺らなら高級な宿を取れるだろう。

 平社員ならともかく役職付きの人間だからな。度を越した贅沢でもなければ許される。

 だが俺と社長はそんなことはしない。いや時と場合によってはそうするがね。

 が、今回はそうしなくても問題はないのでビジホをチョイスするつもりだ。


 何故にビジホ? それも安いビジホ?

 経費削減や質素倹約を心がけているわけではない。完全な趣味である。

 俺と社長はビジホの空気が好き好きでしゃあないからビジホに泊まりたいのだ。

 シャレオツなビジホじゃないぞ? 可もなく不可もない微妙なとこが良い。

 広くない部屋で備え付けは最低限。部屋の日当たりが悪ければ最高だ。

 しみったれた空気が拭えない部屋の雰囲気に堪らなく興奮するんだよね。

 しょっぱい部屋の中で有料放送見ながらコンビニで買ったカップラーメンやおにぎり、ホットスナックをビール片手にむさぼり食うのよ。


(たまんねえ……想像するだけでトキメキがとまらんわ……)


 きっと社長も同じ気分でビジホ探しに勤しんでいることだろう。

 ビジホ勝負とは互いが見つけたビジホをプレゼンし合ってどっちに泊まるかを決める崇高な戦いだ。

 ちなみに今んとこはどっこいどっこい。言うて同好の士だからな。

 俺が選ぶのはあっちも好きだし、あっちが選ぶのもこっちが好むものになるんだからそりゃ泥仕合よ。

 だからこそ勝てたら嬉しいし、負けても楽しむことが出来る。


(ビジホ選びのコツは不便さだ)


 駅近くの一等地にあるようなのはダメ。

 そういうとこは俺たち基準でクオリティが高過ぎるからな。

 良い立地だからとあぐらを掻いて手抜きをするようなとこもあるにはあるが……傾向的には少ない。

 折角良い場所ゲット出来たんだから稼ぎたいと思うのが人情だろう。

 それに好立地は他も選ぶから自然と競争が生じてしまうから、他所より自分とこを選んでもらえるよう努力するのが大体だ。

 小さい町とかならともかく、福岡市みたいなデケエとこは競争も激しかろう。


(外れってほどではないが微妙な場所にあるホテルは当たりが多い)


 好立地をゲット出来なかったがゆえに、それを覆さんと逆にクオリティ上げて来るとこもある。

 あるにはあるがクオリティを上げるってことはそれだけ初期投資と維持に金がかかるってことでもあるからな。

 よっぽどやる気のある経営者でなければそうはしない。

 大抵はそこそこどまりだ。普通の域を出ない。失敗しても傷が小さくなるようにってな。

 利用者側としても長期滞在でもなければ駅に近いそこそこのノーマルビジホと駅から遠いがクオリティと値段の高いビジホなら前者を選ぶだろうし。


「お」


 しばらく歩いたところで良い感じのを発見。

 外観良し。塗装や修繕でも誤魔化しきれない経年劣化の具合からしてン十年は堅いな。

 外見だけで全てが分かるわけじゃない。だが外見からだけでも出来得る限り情報を攫えるのが出来る営業マンよ。

 仮にも営業部のボスを務めるこの俺を舐めるなって話だ。

 営業マンとして培った感覚が叫んでいる。コイツは当たりだ、と。


(受け付けは……二階か)


 微妙に狭い階段……当たりの気配がぷんぷんしますねえ。

 高まる期待と共に二階へ上ると、


(……受付が草臥れたオッサン!!)


 しかも接客態度がなってねえ! チラっとこっち見たけど直ぐ新聞に視線戻しやがった!

 それに“アレ”は……あそこも……ふ、ふふふ……これはこれは……!


「シングル二つ、空いてますかね?」

「ああ、はいはい。大丈夫ですよ」


 最低限の情報を幾つか聞くだけ聞いて即、ホテルを出る。

 ちょっとどうなのって感じだがあっちも接客態度良くないし問題はなかろうて。

 俺はホテル近くの自販機でコーヒーを買うと、プライベート用のスマホを取り出しプレゼン資料の作成にかかった。


(一発目からこれは! ってのに出会えるとは……ふふ、運が良い)


 これは吉兆と見たね。今回の出張は“大成功”と見た。

 商談も下手打たなきゃ普通にまとまるだろうってのが俺と社長の見立てだが、それ以上の成果が得られるはずだ。

 今、間違いなく俺の幸運値は上昇してる。だって感じるもん、風を。背中から吹き付ける追い風に乗ってどこまでも飛べそうだぁ……。


「む」


 そうこうしていると俺の私用スマホにメールの通知が。

 確認してみると……社長だ。どうやらあっちも既に見つけていたらしい。

 ざっと目を通す。当たりだ、これも。だが確信がある。今回は俺の勝ちだ。

 プレゼン資料には敢えて載せてないセールスポイントもあるんだろう。隠し玉としてな。

 だがそれは俺も同じこと。トークで使う隠し玉は絶対、俺のが上だろう。


(にしても……社長まで短時間で当たりを引くとは……)


 大成功どころの話じゃねえなこれ? 入ったな確変。やっべえぞこれは。

 資料をまとめ終えた俺は即座に社長の私用スマホに送信。

 五分ほどすると社用スマホに着信アリ。社長だ。


〈資料には目を通させてもらったよ。……やるじゃあないか〉

「恐縮です。そちらもええ、中々のものかと」

〈時間的にお互い初手だろう? 初手でこれほどとは……佐藤くぅん、これ今回の商談やべえことになるね!〉

「同感です」

〈仕事の話はさておき、本番だ。バトルを始めようじゃあないか。まずは僕からだ。良いかい? このホテルは――――〉


 社長の言葉を遮り、告げる。


「無駄に時間を使う必要はないでしょう」

〈……ほう?〉

「受け付け付近に売店がありました。“独立した店員が居ないタイプの売店”です」

〈何……だと……?〉

「雑なスチールラックに雑に商品を並べただけの売店と呼ぶのもおこがましいスタイル。店員は受け付けが兼任なんでしょう」


 電話越しで社長が息を呑んだ。


「ラインナップはド定番のカップラーメン三種にカップ焼きそばとカップうどんと蕎麦が一つずつ」

〈そ、それは……〉

「そしてスナック菓子数種。これまた昔っからのド定番で味もうすしおとコンソメだけ」

〈何て、やる気のない……だ、だがこちらには古き良き有料放送が……!!〉

「こっちもありますよ」


 最近はないとこもあるよね。有料放送(エロ)。


「終わらせましょう。受け付けのあるフロアの隅にですね。そっと置かれてたんですよ」

〈な、何が?〉

「フリーペーパー……“地元の風俗情報”が載ったフリーペーパーですよ」

「――――」


 おめえ、ラブホじゃねえんだぞ。

 色々緩い時代ならともかく今もあんな……申し訳程度に隅に置いてっけど意味ねえかんな。


〈……どうやら僕の負けらしい。直ぐにそっちへ向かう。夕飯は僕が奢るよ〉

「ゴチんなります」


 今回のビジホバトルは俺の勝利に終わった。

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