逢瀬

 柳を表舞台に戻す。

 その話を持ちかけた際、互助会の会長も政府のお役人も当然のことながら難色を示した。


『じゃー良いっすわ。俺、アメちゃんの靴舐めますんで』


 俺は即、同席してもらっていた駐日大使の靴をその場で舐めた。

 プライドはねえのかって? あるよそりゃ。でも物事には優先順位ってもんがあるだろ。プライドは決して最上位には来ねえ。

 俺の本気を悟ったのか会長と政府の役人は即座に手のひらを返してくれた。大使は俺にドン引きしていた。

 そうはならんだろうと思いつつも俺に貸しを作れるならと同席してくれたが靴を舐められるとは思ってもいなかったらしい。


『佐藤サーン、勘弁してくだサーイ……いや真剣にね?』


 ガチトーンだったわ。靴は弁償した。

 流石は一国の大使だけあって身なりにはかなり気を遣っていたので結構な値段だった。

 反省はしているがそれはそれとして、大使の靴を舐めるとか普通に生きてりゃそうない経験をさせてもらったのは地味に自慢。

 俺は駐日米国大使の靴を舐めたことありますけどそちらは? みたいなね。

 それはさておき柳の件で俺が出来るのはここまでだ。

 根回しやら何やらでまだやることは残っているがそっちは俺の仕事じゃないからな。

 ちなみにその柳だがホームレスの皆さんと一時とは言え別れることを惜しんでいるらしく、


『……寂しいな』


 とのことでギリギリまであの橋の下で暮らすらしい。

 復帰の段取りは終わってなくても普通の生活は出来るけどバッサリ断られたわ。

 とりあえず緊急用の連絡手段を渡しておいたので何かあっても問題はなかろう。

 ともかく俺に出来ることはやったので俺は気兼ねなく日常を謳歌していた。

 今日もそう。今日はデートなのだ。


「佐藤くぅううううん! お待たせぇえええええ!!」

「ううん! 俺も今来たとこぉおおおおおおお!!」


 まあ相手はオッサンだけどな。

 俺と社長はひとしきりはしゃぎ終えたところでスン……と冷静になり頷き合った。


「じゃ、行こうか」

「っす」


 デートってのは冗談で明日の出張に持ってくものを買いに行くため会社終わりに待ち合わせをしていたのだ。

 ちなみにさっきのあれは別に打ち合わせとかはしてない。

 何とかそういうボケかますだろうなと思ってたかノっただけである。


「いやしかし、毎度のことだがワクワクするね!」

「ですねえ」


 社長直々に出向くような大口の商談に胸を躍らせている……わけではない。

 俺と社長には共通の趣味趣向が幾つかあるのだがその一つが出張だった。

 当然のことながら出張は旅行ではない。というか旅行なら俺も社長もそこまでテンションは上らない。

 普通に「明日の旅行楽しみっすねえ」「だねえ」で済ますだろう。だが出張となれば話は別だ。

 出張と言っても始終仕事やってるわけではない。空いた時間はある。

 だがそれで満足に観光出来るかと言えば……まあ無理だろう。結構時間が出来ても観光メインの旅行ほどは行きたいとこも行けない。

 俺たちはその不自由さが好きなのだ。

 仕事という不自由の中で、ちょっとした楽しみを見出すのが良いんだよ。

 感覚としちゃ授業中にコソコソ隠れてやるゲームに近いかもな。

 こっちはバレたら説教&没収待ったなしのスリルも加わって最強に楽しいんだが。


「やっぱり最初はパンツっすよね」

「それな」


 そして出張の楽しみは準備にもある。これは想像し易いだろう。

 遠足前の準備にワクワクするあれと同じだ。

 俺と社長は大型ショッピングセンターの紳士服売り場に行きパンツを物色し始めた。

 パンツはゴムが緩くなった時とか使い古して破れてきたりした時が大体の買い替え時だろう。

 だが俺と社長はそれに加えて出張の時にも買い替える。

 出先で風呂入って新品のパンツにはき替えるのがまた気持ちいいんだ。

 あの感覚を何と例えようか……ロボアニメの主人公が窮地に新型機に乗り換えてこっから逆転が始まるぜ! みたいな無敵感?


「ところで佐藤くんさぁ。毎度のことだが戻さないの?」

「それ言うなら俺も毎度のことですけど社長もこっちにしません?」


 俺と気が合う社長だが何もかもそうってわけじゃない。

 出張の度にパンツを新調するのは同じだが、パンツの種類は違う。

 同じトランクス派なんだが俺はニットトランクスで社長はノーマルトランクスなのだ。


「僕ぁね。このひらひらの解放感こそがトランクスの売りだと思うんだよ」

「分かりますよ? 俺も高校卒業まではそうでしたし。でもね、ニットトランクスの良さもあるんですって」


 優しい肌触りだ。ひんやりではなくふんわりな感触がどうにも心地いい。

 そういう意味ではブリーフやボクサーパンツもそうなんだがあっちはピッチリしてっからな。

 トランクスの懐の広さにニットの優しさが加わってみろよ……最強じゃねえか。


「いやいや」

「いやいや」


 俺と社長がパンツディスカッションを繰り広げていると、


「あなたたち何やってるのよ」

「「あ、ママ」」


 呆れ顔のママが立っていた。


「ママ聞いてよ。佐藤くんがさぁ」

「ママ聞いてよ。社長がさぁ」

「とりあえずTPOを弁えなさいな社会人」


 ぐうの音も出ねえ正論である。

 結局今回も俺と社長のトランクス討論はノーゲームになったのでさっさと会計を済ませることにした。

 でもまた機会があれば俺と社長はパンツバトルを繰り広げることだろう。


「ところでママ、買い出しかい? 僕と佐藤くんが荷物持ちしようか?」

「ありがと。でも良いわ。私的な買い物だしそこまで量もないから」


 何でも明日から数日、旅行に行くとのことだ。


「どこ行くの?」

「福岡。昔私がお世話してた子が博多でお店やってたんだけど近い内に可愛がってる子に店を譲るらしいのよ」


 それでお疲れ様会的なのを開くことになり、ママが呼ばれたのだとか。


「へえ……ってか奇遇だね。俺らも明日から博多なんだよ」

「あらまあ、それは確かに奇遇。もし時間に都合がつくならパーティに来ない?」

「いやいや、僕ら完全に部外者だし」

「あなたたちなら平気よ。それに蘭ちゃん……ああ、私がお世話してた子ね? あの子も気にするタイプじゃないし」

「ふむ……どうする佐藤くん?」

「そうっすね。ママが世話してた子ってんなら良い店だろうし行けるなら行きたいです」

「さっすが佐藤くん話が分かる~。ママ、日時を教えてくれるかい?」


 ママが教えてくれた日時的に、問題はなさそうだ。

 まあ向こうでトラブルがあれば話は変わって来るが……そん時はしゃあない。


「じゃ、参加決定ってことで。ツレが参加するって伝えておくわ」

「「よろしくお願いしゃーす!」」

「……あなたたち良い歳なのに十代のノリ全然抜けないわねえ」


 出張の楽しみが増えたわけだ。やったぜ!!

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