人の叡智が生み出す光

「思うんだけど最近の新入社員って昔と比べて明らかにクオリティ高くない?」


 時たま、各部署の部長と集まって昼に飯を食う時がある。

 予定があるので全員が一同に揃うことはまずないが今日は四人集まった。

 営業部の俺。人事部の赤城。経理部の青葉。情報システム部の浅黄である。

 後者三人は信号トリオとか呼ばれているので俺は軽くハブな気分だ。まー、さして気にはならんがね。

 ちなみに浅黄が紅一点である。黄色なのにな。


「昔のルーキーたちが劣ってるってわけじゃないよ? ただ何て言うのかな」

「初期レベルが高いって言いたいんだろ?」


 俺がそう言うと赤城はそうそれ! と我が意を得たとばかりにコクコク頷いた。

 青葉と浅黄も同じ意見らしく言われてみればと頷いている。


「最終的には上行くような子はともかく普通の子らはどっこいどっこいのレベルに落ち着くんだけどさ。

新人の頃の能力で言えば絶対、最近の子のが高いわよね。あれ何でかしら?」


 ……どうでも良いけど浅黄さんよぉ、おめえの今日の昼飯肉ばっかな。


「あれじゃないか? 教育が見直され始めたからとか。ほら、佐藤くんや浅黄さんの時はゆとりとか言われてただろ」

「あー……そういや言われてたわねゆとり世代」

「若い子らも一応分類は同じだけど初期と後期では変わってるだろうしな」

「いや教育云々よりデケエのがあるっしょ」


 青葉のそれも理由の一つかもしれんがそれよりも大きい理由は別にあると思う。


「というと?」

「ん」


 サンドイッチをパクつきながらスマホを差し出す。


「「「スマホ?」」」

「正確には情報取得の簡易化だな」


 ガキの頃を思い出してみれば良い。


「小学校入りたてぐらいを思い出してみろよ。何か分からないことあって調べようと思ったら辞書ぐらいしか手段なかったろ」


 今でこそ一家に一台のパソコンも昔はそうじゃなかった。

 仮にあっても昔はネットに繋ぐと電話使えなかったり、やり過ぎると馬鹿みたいに金がかかっていた。

 平均的な中流家庭ではそう簡単に使えるようなもんじゃない。


「んでちょっと気になったからって直ぐに辞書引く奴はどんだけ居たよ?」


 少なくとも俺はそうじゃなかった。

 真面目で意欲のある子供ぐらいだろ。わざわざ辞書引いてあれやこれや調べてたのは。


「対して今の二十代の子らはどうだ?」


 物心つく頃にゃパソコンは家にあったろうしガラケーも気軽に使える時代になってた。スマホが登場し始めてからは更にだ。

 ちょっと分からないことがあったらネットに繋いで簡単に知識を仕入れることが出来る。

 知識を増やせば物の見方も広がる。理解力も高まる。


「調べるってことに対するハードルが低くなってんだ。そりゃ頭の良いガキも増えるだろうよ」

「「「あー……そういう」」」


 分からないことがあったら調べる。これが幼少期からストレスなく習慣化出来るのはかなり大きい。

 結果、初期レベルの高い子らがポンポン量産されるってわけだ。

 ただそれゆえの弊害もなくはないんだが……まあそこはしょうがない。

 何事もデメリットなしでとはいくまいよ。どの世代も問題点はあるんだし、それが変化しただけだ。


「しかしあれだね。佐藤くんってこの中じゃ一番テキトーに生きてそうなのに」

「ああ、結構考えてるよな」

「ウケる」

「何? 喧嘩売られてる?」

「「「誉めてるんだよ」」」


 クッソ疎外感……信号機めぇ……。


「それはそうと、さ。佐藤くん、ちょっとお疲れ気味かしら?」

「うん? あー……プライベートが色々忙しくてなぁ。まあ仕事にゃ影響出さねえから安心しろ」

「溜め込むのは良くないぜ? 一度どっかでリフレッシュしなきゃ」

「リフレッシュねえ……飲酒量増やすとか?」

「健康的な手段でだよ。プラネタリウムとかどうだ?」

「プラネタリウム~?」

「いや実は最近、ホームプラネタリウムにハマってるんだが良いぞ~」


 青葉が嬉々としてプラネタリウムを勧めてくるが……。

 これどう考えても俺を口実に自分語りしたかったパターンじゃん。

 ってか、


「星なんぞ夜に外出りゃ幾らでも見られんだろ」


 そりゃ東京の空は地方に比べりゃ曇ってるかもだぜ? んでも星空は星空だ。

 簡単に見られるんだしわざわざ金出すようなもんでもあるめえよ。


「分かってないなぁ。天然自然の光はそりゃ綺麗だよ?

じゃあ人の叡智で作り出した人工の光には価値がないのか? いや違う」


 そこから青葉の何か意識高い語りが始まったわけだが、それを聞く俺たち三人はとても白けていた。


「推しのAV女優が引退して二週間ぐらいガチ凹みしてた奴が何か言ってるぜ」

「そうだね。お気にのキャバ嬢が店辞めてマジ泣きしてた奴が何か言ってる」

「好きだったお菓子が生産終了してキレてた奴が何か言ってるわね」

「ひどくない?」


 昼休みが終わるギリギリまで駄弁って、その日の食事会は終わった。

 それからいつも通りに仕事をこなし終業を迎えた俺は外で飲む気分でもなかったので直帰。

 帰宅し親父スタイルに身を包みビールを呷っていたのだが……何か物足りない。

 そんな時、ふと頭をよぎるものがあった。


「……プラネタリウム」


 存外、青葉のダイマが効いていたらしい。

 生まれてから今に至るまで無縁の代物だった。

 デートとかで選ぶ男も居るかもしれんが、俺はウェーイ系だったからな。


「ちょっとやってみるか」


 ソファに座ったまま意識を集中させる。空間の書き換えだ。

 数秒でリビングはソファとテーブル以外は何もない真っ白な空間に変化した。


「夜空のテクスチャをコピペして……いや待て。普通の夜空じゃ面白くないな」


 折角だ。“日本以外の夜空”をここに再現しようじゃないか。

 それもどこか一か所だけでない。複数の夜空をパッチワークするのだ。


「……結構良さそうじゃないか」


 早速、パソコンで綺麗な星空が見れる場所を検索。

 幾らか見繕ったところで分身を転移で送り込む。

 場所的に今は昼のとこもあるがそこは問題ない。観測装置(分身俺)に過去視を使わされば良いだけだからな。

 そうして分身俺に各地の夜空のテクスチャをコピーさせコピったそれを片っ端から貼り付けていき全方位隈なく敷き詰める。

 完成するまでのお楽しみとして閉じていた目を開く。


「おぉ」


 ピザを口の中に放り込む。

 チーズましまし、具材ましましのピザはあまりにも濃厚。

 脳髄にガツン! と来る味の嵐に痺れつつ、ビールで流し込む。


「ふぅ」


 一息吐く。


「――――何か違うなこれ」


 全然心休まらねえぞこの俺式プラネタリウム。

 何だろ……期待していたそれと全然違う。感動とか以前の問題だ。何か違う感が半端ない。

 そういや言ってたな。人の叡智で作り出した人工の光がどうこうって。


「……過ぎたるはなお及ばざるがごとし、か」


 俺式プラネタリウムを破壊し現実に帰還した俺はノートパソコンを立ち上げ通販サイトを開く。

 そして一通り物色し評価の高いホームプラネタリウムをポチった。


「へへ、届くのが楽しみだ」


 出張が終わった日に届くようにしたのでそれまではワクワク感を楽しもう。

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