カレーの匂い

 光くんのアパートに向かうとお母さんが出迎えてくれた。

 お母さんは看護師らしく清潔感のあるショートカットの可愛い系の女性だった。

 高校生の息子が居るにしては随分若く見えるな……三十二、三ぐらいか?

 見立て通りならかなり若い頃に光くんを……詮索はよそう。


「暁 百合と申します。息子が大変お世話に……」

「いやいや、俺はやるべきことをやってるだけなので」


 とりあえず中へと促されたその時だ。

 パタパタと軽い足音と共に十歳ぐらいの双子の女の子が現れた。光くんの妹の藍と翠ちゃんだ。


「いらしゃーい! オジサン、お土産は?」

「お土産お土産!!」

「こ、コラ!!」


 百合さんが娘を窘めるのをまあまあと宥めつつ、俺はしゃがみ込んで二人にお土産を渡す。


「「わぁー!!」」


 お菓子やらぬいぐるみやらが大量に詰まった袋を抱え目を輝かせる双子。

 たまらねえ……癒しゲージがぐんぐん上昇してるのを感じるぜぇ……。


「え、ちょ……あの、い、頂けませんこんな……」

「ああお気になさらず。これゲーセンの景品なんで」

「け、景品?」

「ええ」


 晩飯の時間までそこそこ間があったからな。光くんを誘ってゲーセンに向かったのだ。

 俺の奢りだと言うと固辞しようとしたがオッサン一人で遊ぶのは寂しいからで押し切った。

 ゲーセンに行ったのは時間を潰すのもあったがお土産を調達するためでもある。

 普通に何か買ってこうぜつっても光くんの性格的に遠慮しちゃうからな。


「いやでも……」

「プライズ系のゲームは獲るのが好きなだけなんで」


 ゲットした景品に興味はないのだ。

 これは完全な方便ってわけじゃない。実際、ぬいぐるみとか玩具とか要らんもん。

 おめーよー、三十半ばのオッサンがぬいぐるみ抱いてるの想像してみろよ?

 いやそういう趣味の人も居るだろうし他人にゃ文句は言わんが俺は自分がぬいぐるみ抱いて寝てる姿想像すると吐きそうだわ。

 中には携帯ゲーム機とかもあるが俺は据え置きはやっても携帯機にゃあんま興味ねえし。

 ちょっとした合間の時間でゲームすんならスマホで十分だもん。


「量は結構なもんですけど、これ全部で一万も使ってないんで」

「……店員さん青ざめてましたね」


 光くんが少し呆れたように言う。

 まあこんだけ乱獲したからね。そりゃ店側としては堪ったもんじゃなかろうよ。

 ちなみに言っておくが異能の類は一切使ってない。純粋な技術テクのみだ。


「すっごーい! オジサン、プロなの?」

「まあプロを名乗っても良いかなとは思ってる」


 高校の頃、一時期ゲーセンに通い詰めてたからな。

 裏の依頼で金入ったらその足でゲーセン向かって一日で全部溶かしてた。

 クレーンゲームとか結局のところ経験値よ経験値。

 場数踏んで感覚掴めば余裕余裕。まあその感覚を掴むのに幾らかかったか考えると収支的にはまだマイナスだけどな。

 あとやってたゲームはプライズ系だけじゃないんでそれも含めると大企業の管理職の年収ぐらいは使ってると思う。

 我ながらクソみたいな金の使い方だが馬鹿なガキに大金渡せばそうなるよねっていう。


「お兄ちゃんは何かないの?」


 翠ちゃんの質問に光くんはすっと目を逸らした。


「……立ち話もあれなんで中に入りましょうか」

「お兄ちゃんな、不器用だから全然だったんだ」

「「あー」」


 ちょっと笑った。

 玄関先でもう匂いはしてたが中に入るとこれはまた……あー、食欲をそそりますね。

 今日の暁家の献立はカレーだ。お母さんが作るお家カレーとか寂しい中年にゃ特効だよ。

 ご相伴に預かれるなら十万ぐらいはポンと出しても良いと思う。

 ……かっちゃまのカレーとかもうどれぐらい食べてねえんだろうなぁ。

 光くんと並んで流しで手を洗い、食卓につくと百合さんが丁度良いタイミングでカレーを持って来てくれた。


「あれ? どしたのオジサン?」

「泣いてるの?」


 目頭を押さえる俺に心配そうに声をかけてくれる双子。


「……オジサンはね、こういう家庭の味に飢えてるんだ」


 ただのカレーでもやばいのに手作り感ある俵型コロッケも一緒なんだもん。

 ここでコロッケカレーとか出されたらそりゃオッサン泣いちゃうよ。

 あのー、外食でも家庭の味とか温かみを売りにしてるとこあるけどさ。

 リアルな家庭のそれと比べたらパチモンよ。清純派AV女優みてえなもんだ。


「あ、あはは」


 百合さんがどうリアクションして良いのか分からなくて愛想笑いしてる。

 ごめんね。でも百合さんは大人だから分かってくれると思う。

 職場にも俺みたいなしょっぱいオッサン一人は居るでしょ。


「と、とりあず食べましょうよ!」


 皆で手を合わせて“いただきます”。

 もうさ、この食前のいただきますだけで泣いちゃいそうになるよな。

 家だと言わねーもん。無言でもそもそ飯食い始めるもん。


「うめぇ……うめぇ……」

「でしょでしょ? ママのカレーはすっごいんだから!」

「こ、こらやめなさい恥ずかしい」

「オジサン、藍のコロッケあげよっか?」

「あはは、気持ちだけもらっとくよ」

「じゃあ私はサラダを……」

「こら翠。露骨に野菜を押し付けるんじゃありません」

「光くんの言う通りだぜ翠ちゃん。バランスの良い食生活は健康もそうだが美容にも響くからな。将来、お母さんみてえな美人になりてえだろ?」

「なりたい!」

「じゃあ好き嫌いはダメだ」


 そんなオジサンは好きなもんだけ食っててこのザマです。

 いやでも若い頃はなぁ……暴飲暴食しても太らなかったんだよマジで……加齢のミステリーだな。

 カレーだけに? ワハハハハハハハ!!


「ねえねえオジサン、お兄ちゃんはちゃんとやってる?」

「ん? ああ、勿論。職場でも評判上々だよ」


 オッサンと男子高校生。普通に考えたどういう関係だってなるよな。

 なので双子ちゃんたちには職場体験でうちに来てて俺が面倒見てると説明したのだ。


「そっかー。お兄ちゃんしっかりしてるように見えてこれで結構間抜けだから心配してたんだよね」

「おい」

「光くん大丈夫。普段しっかりしてるならちょっと抜けたとこは逆にポイント高いから」

「確かにそういう見方もあるかも。お兄ちゃん大丈夫? 職場の女の人にねっとりとした視線向けられてない?」

「お前らいい加減にしろよ」


 この気安い関係良いわぁ……家族って感じ。

 俺はひとりっこだったから余計に尊く思う。双子ちゃんが無限に可愛いくて油断すると口座あげちゃいそう。


「あ、佐藤さんおかわりはいかがでしょう?」

「やー、すいませんね。いただきます」


 和やかに食事は進み、食後。

 洗い物を終えた百合さんがエプロンを外しながらちらりとこちらに視線を送ってきた。


「光くん」

「……はい」


 認識阻害の術式を展開し、俺は百合さんを連れ外にでた。

 大人にとってはこれからが本番だ……いや、変な意味でなくてね?

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