眩い若さ

 日曜である。

 リーマンにとっては日々の疲れを癒すヒーリングデイ。

 明日から始まる仕事に備えるためという言い訳で存分にダラダラできる素晴らしい日だ。

 まあ家庭があればそう上手くはいかんけどな。家族サービスとかもあるだろうし。

 世のパパさんってすげえよな。ガキの頃は駅とかでどんよりしてる湿気た中年見て馬鹿にしてたがよ。

 冷静に考えるとやべえぞ。毎日くたくたになるまで仕事して偶の休みにゃ子供にどこそこ連れてけとか急かされてさ。よく身体がもつな。

 父親のすごさというものを知ると途端に湿気た中年も実力隠してる系の強キャラに早変わりだ。


「……すいません、お休みの日に」

「良いよ良いよ。どうせ暇してたしね」


 頭を下げる光くんを気にするなと笑い飛ばす。

 昼飯食い終わってゴロゴロしながら撮り溜めしたドラマを見ていた時だ。光くんから連絡が入った。

 もしよければ鍛錬に付き合ってもらえないかということで俺は即快諾。

 何せ俺は嫁も子供もいねえ暇なおひとり様だからな。

 そして今、俺は貸し切りにした互助会の訓練場の一つで光くんと共に準備体操をしている。


「なあ光くん。こういう準備運動って何のためにやってるか分かる?」

「へ? えっと、急に動いて身体を痛めないように……ですか?」


 突然話を振られて戸惑いつつも、答えてくれた。

 そうだな。それは正しい。体育の授業とかでもそう習うよな。


「そうだ。でもそれは一般人の話。俺らみたいなんは別にこんなんせんでも身体を痛めたりはしない」

「え? じゃあ何で……」

「身体に恩恵はないが、意味はあるんだよ」


 屈伸しながら説明を続ける。


「精神的なスイッチさ。これから動くぞ! って気持ちに持っていくためにやってんだ」


 力ある人間には色んな区分があるけど基本的にどれも肉体より魂の比重が大きい。

 千佳さんとか見た目は綺麗な大人の女って感じで戦いからは縁遠いように見えるがその気になれば目にも留まらぬ速さで動ける。

 それは力が肉体ではなく魂に依存しているからに他ならない。


「魂ってのはメンタルに大きく影響を受ける。その時々のパフォーマンスだけじゃなく成長って意味でもな」

「な、なるほど」

「ただ肉体を鍛えるのも完全に無意味ってわけじゃない」


 肉体が魂に与える影響も皆無ってわけじゃないし鍛えるという行為そのものがメンタルにも影響を与えるからな。

 こんだけ鍛えたんだ。俺は前より強くなってるぞ。そう思えばその通りになる。

 まあ効果は千差万別で目に見えて効果が出ることもあれば微々たる量しか……ってこともあるが。


「じゃあメンタル関連でもう一つ。戦ってる時の精神状態はどんなのが良いと思う?」

「……今までの話からして……強気でいけ、ですか?」

「それじゃ100点はあげられないな。50点ぐらい?」

「え」

「確かに俺最強! 俺が負けるわけねえだろ! って心の底から思えるならそれが良い」


 でもさ、それを常時維持出来るか?

 格下相手なら問題なかろうさ。だが同格、格上相手に常にその精神状態を保てるか?


「どう見ても不利な状況なのに一切の曇りなく自分を信じられる?」

「それは……無理、です」

「だよな」


 まあそういうタイプも居るには居る。

 不利だな……なるほどこっから俺の逆転劇が始まるのか! ってな具合にな。

 でもそういう奴は稀有だろう。普通の奴はそこまでおめでたくはなれない。


「だからフラットな状態を維持するよう心がけるのがコツだ」


 もしくは光くんみたいなタイプなら家族を意識するってのも良いな。

 死ねば泣かせてしまう。そう思えば必死になれるだろう。


「泣かせたくないよな。あんな可愛い妹さんたちをさ」

「はい! ちなみに佐藤さんはどんなことを考えて戦いに?」

「俺? 俺はぁ……ごめん、俺はあんま深く考えてねえ」


 今はもう苦戦することすら稀だし、昔もなぁ。


「必死でやってはいたけど……じゃあそれのお陰かっつったら別に……」


 そういうのがババアの言う“踏み倒し”なんだろうな。

 柳にもふらついた部分は変わらないとか言われたし……あぁ、凹む。


「まあ俺はダメな例だから気にしないで」

「は、はあ」

「じゃ、そろそろ始めようか。実戦形式の組み手だ。さっき言ったことを意識しながらね」

「はい!!」


 目を閉じすぅ、と息を吸い込む光くん。

 スイッチを入れたのだ。彼の力が何なのかは分かっていない。

 互助会側や光くん本人は超能力者で異能は身体強化というシンプルなものだと認識してるけど……。


(主人公っぽい子だしなぁ)


 そして超能力者と言っても関わりがありそうな星の落とし子じゃないのも気になる。

 星の落とし子を巡る第二の物語っつーんなら光くんもそうじゃないかと思ったんだけど違うっぽいし。

 ……まあ良いか。今分かってる範囲で鍛えても無駄にゃならんし。


「準備は良いか?」

「何時でもいけます!」

「良い返事だ。じゃ、おいで」

「行きます!!」


 ダン! と強く床を蹴って殴りかかってきた彼の手を取りそのまま上へ放り投げる。

 ギリギリ天井に当たらん高さに調節したが光くんは「????」顔だ。

 何をされたかまるで分かっていないのだろう。

 着地した光くんは戸惑っているようで足を止めてしまった。


「足を止めるな。緊張を切らすな。ペナルティだ。腹に行く」


 視認出来るギリギリの速度で接近し、大仰に腕を振りかぶる。

 咄嗟に腕をクロスさせ腹を守る光くん……良い判断だ。


「うぶっ!?」


 でも無駄……ではないが防いでも相応の威力になるよう調節させてもらった。

 ペナルティと言った以上はな。あとは痛みを感じることでより緊張感を持ってもらおうって狙いもある。

 逆に委縮してしまう可能性もあるが、


「……ッ……気合、入りました! 続きお願いします!!」


 そうだ。君はそういう奴だ。

 それから数時間。日が暮れるまで休みもなくぶっ通しで組み手を続けた。

 終わる頃には疲労困憊で喋る気力も残っていないようだったが、その瞳に宿る輝きに衰えはない。

 スポドリを差し出し俺も動けるようになるまでは付き添うことにした。

 三十分ほどして何とか動けるようになった光くんはスポドリを一気した後で深々と俺に頭を下げた。


「今日は、ありがとうございました」

「ああ。毎週ってのは無理だが、都合がつく時は付き合うよ」

「……お世話になります」

「んじゃシャワー浴びて汗流そうか。くたくたになった後のシャワーはきんもち良いぜ~?」

「はは、そうですね――……あ、そうだ」

「うん?」

「佐藤さん。この後の予定は?」

「特に何も。俺ぁ嫁なし子なしの独身貴族だからな。いやそろそろ独身皇帝ぐらいにはなってるかも」


 そんな独身皇帝の予定とか……ねえ?

 強いて言うなら帰りに飯食ってくか買ってくかだな。どちらかと言えば今の気分は後者だ。

 コンビニで後先考えず山ほど色々買い込みたい感じ。


「じゃあ、うちに来ませんか?」

「はい?」

「その、母が佐藤さんにどうしてもお礼を言いたいと」

「……あぁ」


 裏の世界に足を踏み入れる時、家族に伝えるかどうかは当人の判断に委ねられる。

 伝える場合は互助会の人間が同行し注意事項なんかを説明してくれるのだ。

 俺は親には何も言わなかったが光くんは悩んだ末、告げることにしたらしい。

 親御さんからすれば色々気になるよな。


「分かった、付き合うよ」

「ありがとうございます」


 にしてもあれだな。この子、ホント爽やか。


(……何て眩しい青さだよ)


 俺は心で泣いた。

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